第三十一話 『鎌鼬と移動』
2月26日 11時15分
風の能力を使う上で必要な条件は一つだ。
風通しが良いことだ、当たり前だけど風の吹いていない日が意外とあるから困る。
今日はあまり風が吹いていなかったのにビルが2つ消えたりしたからだろうか。今は風が吹いている。
「おとなしく死ぬ気になったかしら?」
「嫌だね」
俺は掌をジュノに向ける、後は頭のなかで考えるだけ。
風がジュノに向かって吹き始める、俺の掌から三日月状の光る物が放たれた。
その三日月がジュノの左腕を切り裂いた。
「え? う、腕が……私の腕があぁぁぁぁぁ!」
「坂城さんっ、今のうちに!」
「あ、ああ」
俺達は工場の中へと入っていく。
何でだろう、工場の中に入らない選択肢もあったのに。
まるで選択肢が一つであるかのように入ってしまった。
2月26日 9時45分
「……沙季……起きて沙季!」
誰かの声がする、もう朝?
目をゆっくりと開くと外の光が眩しい、すっかり昼の天気だった。
傍らには美季と――
「んー、プロメーテウスさんか、どうしたんですか?」
「榊原が来――ちょっと!」
私は反射で駆け出していた。ちゃっかり銃とナイフを持っている。
榊原、榊原、榊原香……どうしても自分の手で殺したい。
心くんを裏切り、ウルドの味方をした末に新田くんを殺した。いや、新田くんは自殺だった。でもあそこまで追い詰めたのは彼女だ。
玄関を飛び出して銃を構えて辺りを見渡す。
すると刀を鞘に納めて立っている榊原が視界に入った、アレースさんと対峙しているみたい。今がチャンスと思い狙いを定めると榊原がこちらに気がついた。
「聖条院さんですか、また厄介な人が来ましたね」
「よそ見するな!」
アレースさんが地面の石を蹴った、けど榊原はもう別場所にいる――瞬間移動だ。
瞬間移動もできるようになったみたいだけど、ウルドを一度切ったの?
ウルドが少し弱くなってることになる……チャンスなのかな?
「沙季! 落ち着けよ、そんな熱くならずに僕のようにクールに」
「イライラするから黙ってて」
「はい」
私の代わりにアレースさんが一喝してくれた。助かる、なかなかウザかったから黙らしてくれて。
「アレースさん、今は単体ですからチャンスですよ」
「ああ、ここで仕留めるぞ!」
「あなた方に出来ますかね?」
榊原が刀を鞘から抜くと、1mくらいの刀が姿を現す。あれだ、あれにだけは要注意。
すると榊原は刀を傾けて日の光を私に向けてきた。
人間の反射を利用されて、私は目を瞑ってしまった。
「沙季、危ないっ!」
プロメーテウスさんの声がしたと思ったら、足払いをされた。私はバランスを崩し腰を地面に打つ私、そして頭上を榊原の刀が通過した――だいたい全部で三秒くらいの出来事。
今の私はめちゃくちゃダサいと思う、恥ずかしい。
「大丈夫か?」
アレースさんが榊原に蹴りを繰り出しながら声をかけてくれた。
足払いをしたのはアレースさんだったらしい、 私を榊原の攻撃から避けさせるためにしたみたい。
「大丈夫です!」
私はすぐに立ち上がり、榊原に照準を合わせて引き金に指をかける。今から榊原の未来予知もしておけば、完璧だ。
未来の榊原は瞬間移動を使い今度はアレースさんの後ろに現れる、私がそれに照準を合わせると私の後ろに瞬間移動するみたい……それを狙おう。
榊原が消える瞬間に合わせて私はアレースさんに照準を合わせる。
「アレースさん、しゃがんで!プロメーテウスさんは私の近くに!」
私は引き金を引く。一瞬榊原が見えた気がしたけど、すぐに消えてしまった。
既に私の右側と左側に誰かがいる。多分右の気配はプロメーテウスさん……じゃあ左だ。
私は回し蹴りを左側の誰かに食らわせた――人が出せるスピードじゃない回し蹴りを食らわせた。
「ぐっ!」
左側にいて私のミラクル回し蹴りを食らったのは榊原だった。
大体30mくらい吹き飛んだ、道路の端で倒れている。
なんで、こんな蹴りが出来たんだろう。体がついていって無いみたいで少し体が痛い。もしかして――
「アレースさん?私の体を加速させたんですね!」
「ここは協力する場面だ、刀に気を付けながら肉弾戦で行こう。プロメーテウスも頼むよ」
「分かりました、じゃあアレースさんが加速と減速を繰り返して、僕が瞬間移動とかしましょうかねぇ」
適当に作戦を決めた後、私は弾の残りをチェックして、榊原の様子を伺う。榊原はムクッと起き上がって服をはたいている。
生きていてくれて良かった。情報源としては丁度良いかもしれない、なるべく情報を聞き出したい。例えば心くんの事とか……
「いくよ、二人とも」
アレースさんの声を合図に私は走り出した。
けど、二人はそんなレベルじゃなかった。プロメーテウスさんが瞬間移動して榊原の後ろに回り込んでナイフで切りかかったけど、すぐに振り返った榊原の刀によって防がれた。でも次の瞬間、榊原は横に吹き飛んだ――アレースさんのパンチによって。
「榊原、私が瞬間移動出来ないと思っていたんだろう。甘いよ」
アレースさんはまた瞬間移動して榊原の背中を踏んづけている。
私も頑張って走って後を追う。
「……ぐっ!……あなたには、瞬間移動の才能も時間停止の才能も無かったはず」
「ふん、ウルドから聞いたのか。確かに才能は無かった。でも瞬間移動する方法はいくらでもある」
「なるほど……目で追えないだけなのですね」
そうか! アレースさんは、ただ加速しただけなんだ。目で追えないくらいの速さまで加速したから瞬間移動してるように見えたんだ。
だけど、そんなことしたら体がついていかない。私がさっきのレベルで体を痛めているし、いくら鍛えていても女性が耐えられるとは思えない。きっと今も体が痛いはず。
「もう終わりだよ、榊原。私達の勝ちだ。」
「……! ふふ、どうですかね。まだ私達は負けてないですよ」
「いや、負けだ」
……私達?
もしかして、あいつらが来るの?
今の状況だと、マズい……テミスちゃんが帰ってきてくれないと確実に死ぬ。
いや、今はアレースさんが危ないっ!
「アレースさんっ! 逃げて!」
「良い判断だ、でも遅かったね」
「なっ――」
アレースさんが蹴り飛ばされた、蹴ったのは私達の最大の敵、ウルド。
「プロメーテウスさんっ、アレースさんを!」
「任せて~」
プロメーテウスさんは、瞬間移動してアレースさんの飛ばされている方向へ移動して受け止めてくれた。
後は彼に任せて、私はウルドに向き直る。
「今日は、テミスがいないのか……これは楽勝かな? ねぇ、聖条院さん」




