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第三十話 『逃走者と実力者』

2月26日 09時30分


 アラーム音が俺を目覚めさせた。さぁ、今日1日頑張――


「少年、さっき奴らがホテルの下に居た。奴らがここに来るぞ、早く逃げる準備をしなさい。」


 坂城さんによって勢い良くドアが開かれた。残念だが頑張れなかった、どうやら今すぐ逃げなくちゃいけないらしい。

あと……奴ら?誰?


「坂城さん、奴らって?」

「寝ぼけているのか。とりあえず、着替えなさい。そしたら俺がコップギリギリまで注いだ熱い紅茶を出してやるから。」

「は、はい。」


 そう言って坂城さんはキッチンに向かった。俺は渋々着替え始める。キッチンがある部屋があるホテルって今まで泊まった事がない。もしかすると、人生で最後かもしれないな。

そんなことより、紅茶に何の意味があるんだよ。確かに紅茶は俺の好きな飲み物だからテンションが上がるかもしれないけどさ。

 俺がのんびり着替えていると坂城さんが戻ってきた。


「少年、着替えるのが遅いぞ。それと恐らくお前が考えているであろう質問に答えてやろう。紅茶には何の意味がない、重要なのは容器のギリギリまで注いだ熱い液体があることだ。人間はこぼれそうなものをなるべくこぼさないようにするものだ、脳は意地でも動き出す。それに加えて熱いのだから目は覚めるだろう。」

「……さて、逃げますか。紅茶を飲んでいる時間が無駄ですよ。」

「それもそうだな。」


 俺と坂城さんは適当に荷物を持ってエレベーターに乗ってホテルからロビーから出る。俺の場合は秘密兵器と財布だけ、坂城さんは財布と携帯を持っている。俺の携帯はスーツケースに……


「あ、スーツケース忘れた。」

「少年、何をしている。早くしないと奴らが来るぞ。」

「いや、ちょっと忘れも――」


 不意に坂城さんの目の前のビルが無くなった。いや、ビルなんかあったか? ビルがあったであろう土地はすでに景色に馴染んでいる。

こんな景色を何処かで見た気がする、アメリカ? いやもっと前だ。


「どうしたのだ、少年。ん?」


 坂城さんが、上空に目を凝らしている。俺もつられて上を見る。

空の上は至って平和でちょうどホテルの上空を飛行機が光を反射しながら飛んでいるだけだ。


「少年、あの光っている物体は何だか見えるか?」

「飛行機じゃないんですか。光を反射してるだけで……あれ?」


 段々と光が近づいてくる。光は四角い物に変化していき、形が見えてくる――ビルだ。


「坂城さん、見えます?」

「ああ、ビルだな。」

「ビルですね。」

「少年、走るぞ!」


 いや、ビルの落下速度が速すぎる……! 走っても間に合わないな、ここは一度過去に戻らないと。


2月26日 9時43分


 よし、まだエレベーターの中にいる。今から走って逃げれば間に合うはず。


「坂城さん、過去に戻ってきました。今から数分後に上空からビルが降ってきますから、走って逃げます。良いですか?」

「ああ、その状況で嫌だと言う奴はあまりいないだろう。人間の危機管理能力はなかなか良いからな。」


 坂城さんは全くビックリしなかった。でも、パニックになられても困るから期待していた訳じゃないんだけど。

 エレベーターの扉が開いた瞬間に二人同時にスタートダッシュを決めた。

 俺にはどれくらいの距離を逃げなければいけないか分からないから、走りながら坂城さんに質問する。


「七階建てくらいのビルが落下してくる場合、どれくらい遠くに逃げたら良いですか?」

「そうだな……速度によるが一キロくらい先で脇道に入れば良い。」

「分かりました、じゃあその方法で逃げましょう。」


 俺達は一心不乱に一キロ先まで走りだした。最初は坂城さんを誘導していたが、すぐに坂城さんに抜かされ、俺がリードされる形になった。

俺は16歳で坂城さんは28歳、何だか情けないな。

 しばらく走っていると坂城さんが右に曲がった。まだ500mくらいしか走ってない。


「ちょちょちょっと、坂城さん……はぁ…はぁ……どうしたんですか!?……はぁ……まだ500mくらいしか走ってませんよ。」

「はぁ……車の窓に反射して見えた……はぁ……そろそろ落ちる。」


 坂城さんより俺のほうが、息が上がっている。本当に情けない16歳だな。

 ビルが今どうなってるか確認するか。

頭だけを壁から出して確認しようとすると坂城さんが俺の服を引っ張ってきた。


「死にたいのか、少年。」

「いや、そういう訳じゃ――うわ!?」


 ものすごい地響きと共に体が吹き飛ばされそうな突風が俺達を襲ってきた、植え込みの木とか車が飛んでいるのが見えた。

次に聞こえたのは窓がたくさん割れる音、顔を出してたらガラスやら車によって死んでいたかもしれない。

 突風に耐えるため身を屈めていると、上から殺気を感じた。

風で目が上手く開けないので、詳しくは分からないが人間が下に落ちてきている。

敵の確率が高いから頭上に減速の力を働かせておく。


「あら? これはアレースさんと同じ能力じゃない。一体どっちが使ったのかしら。」

「この声……ジュノ?」

「覚えててくれたのね、嬉しいけど死んでもらうわ。」


 落下速度が少ししか遅くならなかったから、恐らくジュノもこの能力を使えるんだろう。

気づいたら風が止んでいた、坂城を引きずってでも逃げよう!


「坂城さんっ!逃げるアテありますか?」

「もう来たのか、これが運命なのか。ああ、アテならある。少年、付いてきなさい。」


 坂城さんはトランプを二枚、地面に投げて走り出した。俺は彼の後を追う。

俺も坂城さんも武器を持っていない、だから選択肢は一つだけ。

俺は武器を持っていなくともアメリカで手に入れた、攻撃能力があるから大丈夫だが、使うタイミングは今じゃない。


「逃がさないわよ。桜庭くん、あなたも坂城さんも使える能力は攻撃系じゃないから辛いと思うわよ?」


 ……今何か引っ掛かかる台詞があった気がする。気のせいか。

俺の顔を素早く何かが掠めた――ナイフだ。ジュノは加速の力を使ってきているから、俺は走りながら自分の背後に減速の力を働かせ続ける。

坂城さんは裏道などを使いながら攻撃を避けていく。

 付いていくのが精一杯だ、しかし確実にナイフを避けてる。

裏道を抜けてると大通りにG地区に近づいてきている。


「少年、この大通りの先の工場を目指すぞ。そこなら逃げ切れるかもしれない。」

「分かりました。」

「少年、止まるなよ。そろそろ始まる筈だ。」

「何がです?」


 そう質問した時、歩道の電柱が倒れてきていた。

それも一つじゃない、この通りの電柱がすべてが傾き始めている。

これが――坂城さんの能力!?


「電柱……これが坂城さんの能力ですか? 」

「電柱自体には意味は無いが、俺の能力は関係している。」

「うーん、分からないです。」

「少年、今は話している場合じゃないだろう。走りなさい。」


 電柱が倒れていくせいで普段生活してるだけでは絶対に聞かない音が何度も鳴り響いている。

 ジュノも少してこずっているようだ、さすが坂城さんだ。物の使い方が上手い。それにしても、みんな武器に良く電柱を使うなぁ。

工場まであと少しの所で段々と疲れて減速してきた、この秘密兵器は以外とずっしりしているしギターケースに入ってるから走りにくい。

――でも、もう工場の入口だ。


「瞬間移動を忘れたのかしら?」

「「っ!」」


 工場の入口を通り抜けようとするとジュノが現れた。後ろから追ってくるから、すっかり頭から抜けていた。この人は一つの組織のトップクラスの実力者だ、気を抜いてはいけない。


「丸腰で帰ってきたのは失敗だったようね。天才、坂城冬さん。」

「そのようだな。すまないな、少年。」

「いえ、別に。」


 使い時はここしかないか……よし使うな、アメリカで手に入れた攻撃系の能力――風の能力を。



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