動き始める大樹の林
恵種 それは人が作り出した物だけに行使可能な
人類が創造した神の力
「これを小学生でも理解できるように纏めろ。最低でも五枚までだ」
立ち止まるのさえ時間が惜しいと、歩きながら十数枚の紙の束を渡す。歩幅は小さいが回転数が多く、ヒールを履いている女性は斜め後ろについて歩くのだけでも精一杯。
「しかし社長。これ以上簡潔には――」
「出来ない事はない。一枚にしろと言わない自分の優しさが嫌になるくらいだ。いいか、やらせろ」
反論の言葉を押さえつける高圧な態度だったが、女性は次の言葉を用意することなく受け取った。手から書類が離れると、男はさらに歩みを早くする。
「連盟の爺様が来るのが二時だったな」
返事が欲しかった訳ではない。ただ自分の意見を聞かせる為に、聞いたようにしただけの話。女性が返答する前に、男が喋り始めたのがその証拠だ。
「来るまでの間に昨日の話し合いの続きを俺がする」
「待ってください社長。あと三十分もありません。丸一月がかりでも無理だった話をそんな短い時間で――」
決して振り向くことのなかった男が立ち止り、顔を向けた。重たさが扉の質感だけで伝わってくるノブに手を伸ばす。開ける為でもあったが、それ以上に重要な事が男にはあった。
「俺を交渉すら纏められない無能と同じだと」
自分が他の者とは違う存在だと言いたかったから。
「申し訳あ、ありません」
自分が他の者に違う存在だと言わせたかったから。
「いいか、お前はさっさとそれを持って行け」
そのどちらも当然な権利で当たり前。男は態度を変えないまま、扉を勢い良く開け、中に入った。
見慣れた部屋。特に飾り気はない。会社のトップの部屋なのに、そこは仕事をするだけの部屋だった。誰よりも仕事をする部屋だった。外の音も、中の音も伝わらない部屋。
だからこそ目立つ。普段とは違うもの、いつもは無いものが。
「誰だ、貴様」
部屋の中の片手で数え足りる物の中、自分が座るはずの椅子に腰かけている誰か。後頭部しか見えない何者かに、怯えるわけでも警戒するわけでもなく、威圧する態度で男は接する。
「あぁ、やっとお帰りか。社長やのによう仕事するなぁ、あんた。もうちょいゆっくり遊んだらええのに」
聞きなれない方言。違う国の人間なのだろうが、言葉の意味はしっかりと伝わる。見知らぬものが勝手に部屋に入っているのだ。もう少し警戒してもいいはずなのに、男は明らかな苛立ちを見せて一歩踏み出す。その時になって初めて気づいた。目の端の切れ目に、影があるのに。
「それはあなたも同じでしょ、鉄夫」
違う。居たのでもあったのでもない。何もない場所から突然現れた。影でもなく機械でもない、人が突然、三人も現れた。
一人は男。質の悪いブラウンの短めの髪に、肌色を薄くしたような肌をしている。瞳の色も茶色で白人であるのは間違いなさそうだ。身長は平均よりも少し大きいだろうか。ガッチリでも、太めでも、やせ気味でもない、学生時代にスポーツをやっていたと言われれば納得する筋肉の付き方。彫りはあまり深くないが、女性には受けそうな顔だ。男から見れば理解できない男前と呼ばれるタイプ。
もう一人は少女。おそらくは中学生。肩に掛かる髪と瞳は黒一色ではなく、夕日に染まっていない暗くなった青空のような色をしている。これとは対照的に、肌の色は光り輝くような白色。少し、ほんの少しだけ青みがかって見える。目はそれほど大きくはないが、顔の大きさや鼻や口のバランスが計算されたように配置されていて、作り物ではないかと疑ってしまうほどだった。笑顔一つあればモデルになれそうだが、少女の表情は死んでいる。それこそ、マネキンのようにピクリとも動かない。
最後の一人は女性だ。男はスーツ、少女はワンピースを着ているが、女性の服装だけは明らかに異色だった。顔から下が、体の線だけではなく、女性なら隠したくなるような部分までもが浮き出るピッチリとした黒の全身タイツを履いている。身長は大きく、五センチくらいの低いハイヒール程度でも並んでいる男よりも大きくなる。髪の毛もずいぶん長く、お尻まで余裕で隠れ、少女の身長よりも長い。肌の色や顔の作りからして西洋人。髪の色と瞳の色は人工的な黒色をしている。光を当てても、吸い込まれて反射しないかもしれない。この三人に共通しているのは、耳に装飾品を付け、首にネクタイかリボンを巻いている事。
流石に男の態度にも変化があった。瞬きのタイミングが悪ければ見逃してしまいそうな短い時間だったが、恐怖が顔を出した。またすぐに尊大な仮面を取り戻したが。
「どうやって入った」
あくまでも、この状況でも優位なのは自分だ。言葉の端々に練り込む強きを、回転椅子の回る音が巻き取る。
「あんたの知らん世界を通って」
男は椅子に座る何かに初めて、明確に怯えを全面に出した。
黒い髪が簾になって隠しているが、完全にではない。頬や口は見えてしまう。距離にして五メートル。男と椅子に座る男にはあるが漂ってくる。痩けて頭蓋骨に皮膚を張り付けただけの頬や、痩せて厚みのない唇はとてもではないが生きているとは感じない。臭わないはずの死臭が視線を通して鼻を突く。
異様に白く感じる歯で、椅子に座る男が笑っていると知って、はっとなった。この状況で一番とってはいけない感情だった。ネクタイをきつく締め上げるように気持ちを整え、整わない息で繰り返す。何者だと疑問を。
だがもう手遅れだった。完全に呑み込まれてしまっていた。男もやっと理解できたから。この状況は常識では理解できないと。分かってしまったら最後、足掻くしかない。
見抜いているはずの椅子に座る男は、黒い暖簾の隙間を行き来する笑顔を変えず、膝の上においていたファイルを男の足元に投げた。何も言わない、何も言えない状況。男がファイルを拾い上げて中を確認するまでは事態が動かない。目を離したくても逸らすのさえ怖くなっていた男だったが、話を進めるキーパーソンが自分になってしまったのだから、覚悟を決めるしかない。
腰を屈めてファイルを拾い上げる。重さは感じない。黒いファイルを開く。何があるのか、どんなものがあるのか。一呼吸では決めきれず、二呼吸目を飲み込んで、三呼吸目で中を確認できた。
「なんだ、これは」
素直な感想。誰でも言いそうな言葉に、椅子に座っている男が楽しそうに話す。
「この会社を俺に譲るって書類」
ファイルに挟んでいたのは、たった一枚の紙切れと安物のボールペン。書いている内容も、椅子に座る男が言った言葉だけしか書いていなかった。『この会社をTETSUO KINOBEに譲ります』
「ふざけるな。こんな紙切れでそんな事――」
「ああ、心配せんでもええよ。一応やから一応。あの、あれやん、俺のけじめみたいなもんやから。何も言わんと奪うんは簡単やけど、そんなん節操ないやろ」
「それでこれにサインをしろと」
「そう。大丈夫、ちゃんとこの会社の看板やライン、今まで作ってきた関係やらは大事にさせるから」
「出来ると思うか、そんな事が」
椅子に座る男が立ち上がった。大きな窓枠に手を置いて地面に視線を落としている。
「簡単やろ。自分の名前書くだけやねんから。それとも書き方忘れたんかな」
違う意味だと声を張り上げても無駄だ。そんな事分かっていて言っているのだ。男はこの状況で一番いい判断を導き出そうとしていた。
もうすぐ誰か呼びに来るはずだ。そこまで粘るしかない。その為にはどうするべきか。まずは時間を稼ぐ必要がある。今のところは、危害を加えて来る気配はない。最後の手段として、書類にサインをするのもいいだろう。あとで奪い返せばいい。誰か来たら行けるはずだ。
男はある程度の道順を導き出せた。どう出てくるかはその時次第だが、対応はできる。たった一代で築き上げた城の頂上に立っている自信が戻ってきた。いける。
「もしサインを書いたとしても、脅迫によって書かされたものなら無効になる。知っているだろ」
窓の外から部屋に視線が戻ってくる。
「まあ、公の場所に出すんならそうやろうけど、言うたやろ。それは俺の気持ちが書かせてるだけ」
「サインを書こうと書かまいと関係なく、この会社を奪うということか」
椅子に座っていた男が頷く。「その通り」
「こんなふざけたやり方で会社を吸収できると?」
後どれだけ時間を稼げばいいのだろうか。部屋に時間を確認するものは置いていない。時計があれば、こなした仕事量よりも進んだ針の量の方を人間は満足の指標にしてしまいがちだから。
「吸収する気はないよ」
「だったらどういうつもりだ」
「だから、言うたやんか。人の話はちゃんと聞きいや。あんな、この会社にはそのまま、このまま存続してもらうんよ。そんで、上がった利益を俺らが貰う。それだけ」
あまりにも虫が良すぎる考え方に、話しているだけで腹が立ってきた。そういう感情が戻ってきたのは余裕が戻ってきたからだ。時間はまだかかるのか、後ろのドアノブは動かない。
「あまりにも酷い発想だな。仕事をしたことがあるのか。とてもじゃないが成り立たないぞ」
「サラリーマンやなかったからなぁ。今も殆ど会社経営は任せてるし。前は日本で警察官やってたわ」
「それなのにこんな事をしているのか。呆れるな」
「そう言わんといてぇや。色々あったんよ。で、サインはしてくれるん」
話を聞く限り、そこまで強情に拒む必要もない気はする。ただし、時間稼ぎは必要だ。三人がどうやって入ってきたのか分からないのだから、口ではこんな事を言っていても、サインをしたら態度が変わるかもしれない。
呼びに来るまでには、時間的に考えて十七、八分のはず。まだ十分足らずだろう。無駄な喋りで時間を長引かせるのがどれだけ大変な事か、知る必要のなかった苦労を男はしている。
「それにしても呼びにけぇへんな」
どう引き延ばそうか頭の中で高速で練り上げていた考えが、一瞬にして凍らされた。
これだけ落ち着いているのだ。今回が初めてではない。男の考えに気づかないわけがない。
「あんた忙しいんやろ。それやったらもう呼びに来んとなぁ」
どうする。いっそのことサインをするか。もし書いたとしても、そこで済むのだろうか。だったら振り返り、扉を開けて助けを呼ぶか。こっちは一歩でいける。四人は遠いのだからいけ――
「まあ、無理なんやろうけど」
椅子に座っていた男がゆっくりと近づいてくる。動かないといけないはずの体が動かない。
「だって痛いやろうし」
痛い? 一体何が。まだ断然男の方が扉には近い。だが動いてくれない。動いてはいけない気がして、動かせない。
走りもせずに徐々に、一歩ずつ距離が縮まる。いつの間にか握りしめていた拳に薄らと汗を掻いているのも男は気づかない。
今ならまだ間に合う。後ろを振り返り扉を開けて助けを呼べば。余裕だってあるはずなのに、男は結局動けなかった。椅子に座っていた男が目の前まで来た。が、そこで何かをするわけではなかった。ゆっくりとした動きでドアノブを掴んだ。
「こんな状態やし」
扉を開け放つ。音と風に引っ張られて振り返った男は言葉を失った。そこにあったのは現実のものとは思えない光景だった。
ここはいつから自分の知らない世界だったのか。答えは簡単だった。
「串刺しやもんな、皆」
この部屋に入った時からだ。
いくつもの見慣れぬ刃物が壁から突き出て、部屋にいた四人の女性を四方八方から貫いていた。一人は首から頭にかけて、一人は股間から背中を突き抜け、胸を貫かれて、一人は全身を。そして最後の一人は、
「あ、あ……」
「痛いなぁ」
腹を貫かれていた。息はあるが、意識があるのかは定かではない。声も出てはいるが、漏れ出しているだけ。腹を突き刺す刃物に全身を預け、両足は浮き上がっている。腹部を抑えているのか、刃物を掴んでいるのかも溢れ出す血が隠していた。
穴という穴から出る体液が、全身の筋肉から力が抜けていく様子を示している。そんな女性の横に、椅子に座っていた男が立った。一呼吸もおかずに振り返り男を見る。
目が合う二人。髪の毛に隠れているのにはっきりと視線を交わした。にやりと微笑む悪魔の瞳がそこにはあった。ふっと、貧血を起こしたように力を抜いて体を後ろに倒す。何もなければ倒れるが、椅子に座っていた男の後ろには人がいる。
雨粒一つの重さでも耐えきれないだろうに、大の大人の男がもたれ掛ってきたのだ。先に待っていたのは死の時だけだった女性が、現実世界に呼び戻された。体を中心から頭に向かって切り上げられていく痛みによって、部屋に悲鳴が木霊する。
僅か数分、十数分前の姿とは別物の姿。退いて、離れて、殺して。どの言葉とも聞き取れぬ言葉を、狂ったように上げている姿。男は何も話せない。思考回路は完全に繋がりを失い、情報の供給ができなくなっている。
椅子に座っていた男は悲鳴には耳を傾けず、男の為す術なく佇む姿に無いはずの頬の肉で目が隠れそうな笑顔を作る。出会った時から一時も経たない間に砕いた心に、狂った音量の声の間を縫って囁く。
「で、サインは?」
男の選択できる道など無いに等しい。無理やり、血で固められた線路の上に乗るしかない。
「したら、助けてやってくれるんだな」
視界の中から男が消えないくらいの小さな頷き。確認してからボールペンを手に取った。震える手。男はここまで酷い字の乱れ方をした事がない。一向に滑らかに進まない黒インクを懸命に滑らせ続けて、書き上げたサイン。男の人生の中で一番下手な名前を書き終えた。
全身タイツの女性がいつの間にか、悲鳴で感じられなかっただけかもしれないが、男の肩越しにファイルを覗き込んだ。確認を終え、頷きを受け取った椅子に座っていた男が腹を貫く刃物の先に触れる。
音はしなかった。だが先は欠けていた。椅子に座っていた男の手の中に納まっていた。長さは数センチ。ごく短い刃物だった。回転を始め、手を薙ぐその瞬間までは。
手の中で長く伸びた刃物が向かう先は白い首。上がる悲鳴の発信源。躊躇なく放たれた一太刀に、響き渡っていた音が途切れた。突然訪れた静寂だったが、男の耳の奥には悲鳴がこびりついて離れはしない。血も吹き上がらない完璧な一撃によって切り落とされた首が床に落ち、こちらを睨みつけているようにさえ感じた。
パチン。椅子に座っていた男が手を叩いた。とても柔らかく、優しい一つの拍手。喝采ではなく、終わりという合図。
「さぁ、ルリ、白、彼はお帰りになるそうだ。送って差し上げろ」
女の子の方も男に近寄ってきた。「あくまでも丁寧にだ」
「分かっています。貴方のように扱わなければいいんでしょ」
「え、まあ、俺も丁寧に扱ってほしいけど――」
「行きましょう」
椅子に座っていた男の言葉を最後まで聞かずに、女性は男の手を取り歩き出した。付き添いがなければその場で倒れてしまうかもしれない。男はそれほど弱り切っていた。
「心配しなや。あんたやったら再起できるって」
近づいてくる男に言葉をかける。部屋の惨状とは似つかわしくない明るい声で、楽しそうに。「そういう機会があったらの話やけどな」
この先に待っているものに、男は気付いたはずだ。この言葉があってもなくても変わらなかったかもしれないが、はっきりと分かったはずだ。
「ほなな」
走る車。車線も多く、渋滞なんて言葉とは無縁だろう。車輪が気持ちよさそうに回転している。
「あ、あれやで、ちゃんと水分補給はしぃや。流石に死体多いやろうし、明日くらいまで掛かりそうやからな。分かった? はい、はーい」
「大丈夫そうですか」
ハンドルには手を添えているだけ。力なんて入ていない状態で、前から一瞬バックミラーに視線を移し、また前に向ける。
「若いし大丈夫やろ。倒れられたら面倒やけど元気そうやったしな」
信号が黄色になった。ゆっくりとアクセルを緩める。
「で、そろそろ日本に乗り込まないんですか」
「もうちょい様子見が必要やろ。あいつら送ってどれ位経った?」
赤に変わった時には、車はすでに止まっていた。無理してなら行けただろうが、急いでいる様子はない。
「七ヶ月です」
「七か。もうそろそろ尻尾掴んどるかな」
「篠田 光太郎、ですか」
座席の横に置いていたスナック菓子の一つを開ける。何とも濃いそうな色をした一つを口の中に放り込む。「そう」
「人間で最も恵種に近い男、ですか」
「俺がまだ警察官やった頃には、ここまでの男になるとは思わんかったけどなぁ。でもまあ、最高の相手の一人になったんは褒めたらんとな」
「一つ疑問なのが、篠田光太郎は恵種ではないのでしょう。だったらあなたにとってはどうでもいい存在なのでは」
わざとらしく、はぁと、深いため息をついた。
「さっき一緒に居ったのにそんなんも分からんとか、お前ほんまアカンな。命賭けるんはな、何も殴り合い、斬り合いだけやないねんで。篠田とは最高の駆け引きが楽しめたらええねん。奪って奪われ、頭ん真中が締め付けられるような駆け引きが楽しめたらな」
袋の中からまた一つスナックを口に運ぶ。
「戦いなら紙谷 陽一ですか」
まだ赤なのかと、タイヤが文句を言いそうだが、二人は全く気にしていない。
「そう、紙谷。あいつの方は鈍感やからなぁ。まだ気づいてへんかも知らんな。俺を殺した本人やし、仕方ないかもやけどな。あぁ、楽しかったなぁあん時は」
「変に動かないで下さいよ。あなたはウチのトップなんですから」
「だからお前がついてんねやろ」
「えぇ、暴走しないように」
「なぁ」体を前に出して運転席の肩に顎を乗せた。「本気で暴走したらお前はどうする?」
信号が青に変わった。「放置します」
やっと動き出せたと、嬉しそうに黒いゴムが地面とすれ合う。
「今の俺が、あなたを止められるはずがないんですから」
「チィ、はぁ、お前はホンマおもんないわ」
「それならもう少し俺にも実践を経験させてください」
「お前みたいな考えのやつが戦ったら、かなり格下にすら負ける可能性があるゆうとんねん。だから俺の下について色々見せてんのに、成長せぇへんやっちゃ」
「ルリは戦っているのに、ですか」
「あぁ、そうや」
どちらも不満がありそうだったが、一旦止めた。それで強制的に次の会話にシフトした。
「粟島を追加して一ヶ月ですが、彼女は戻した方がいいんじゃないですか。あまりいない恵種ですから」
「それやったら心配ない。新しい恵種送るから」
「日本に送れる恵種なんてもういないはずですが」
バックミラーから運転している男の顔を除く。反応を確かめるように。
「橋本がおる」
目を見開いて、思わず振り返りそうになった。それは何とか止めたが、バックミラー越しでも十分の反応だったのか髪の後ろで表情が和んだ。
「橋本とは、あの橋本ですか」
「その橋本以外誰がおんねん」
「でも、どうやって。この間ウチに引き入れようとした時は、あなたですらあの布を貫けなくて無傷だったのに」
満足そうにスナックを口に運ぶ。
「だから、それができんのが俺なの。分かる? 交渉手段は何も力だけやないねんで」
「素直に凄いと言っておきます」
「どうも。ほなまた新しい会社に行こか」
「日本はやっぱり最後なんですね」
「そ、今は資金集め」
ウィンカーを点滅させると、車は大通りから少し細めの道に消えた。