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青空オクラホマミキサー

 目が覚めたときに聞こえてきたのは、付けっぱなしになっていたラジオから流れてくる「オクラホマミキサー」という曲だった。

 小学校の運動会などで踊られるフォークダンスの曲として有名な曲で、元はアメリカの民謡なのだそうだが、曲を聴いた事はあったとしても、題名まで知っている人はそう多くないと思う。

 ゆったりとして、やる気などを起こさせない曲調が、まだ朦朧としている僕の意識と同調したのか、オクラホマミキサーを踊った小学生の頃の記憶を呼び起こす。


 運動会というものは、個人的な感想を言わせてもらえばあまり好きではなかった。

 別に足の早さは平均以上ではあるし、運動音痴というわけでは無いのだけれど、朝早くから集まった父兄の前で見せ物ようになる事が嫌だったり、フォークダンスを踊らなければいけなかったりしたからである。 

 普段は手を繋ぐ事などあり得ないクラスメイトの女子と、何が悲しくてフォークダンスを踊らなければいけないのかと思う。

 手を繋ぐのが嫌だからと、僕の手を人差し指と親指で摘んだ女子もいたのだけれど、まだその女子はかわいい方で、手を繋ぐ前に泣き出した女子には、小学六年生の僕の心に深い傷を刻まれたと言っておく。

 人権侵害だ!!謝罪と賠償を要求する!!と泣き叫ばなかったのは、せめてもの自尊心であった。

 それでも学校教育の一環ではあるし、長いものには巻かれろと言う僕の主義は、盗んだバイクで走り出す的な大人への反抗心を見せる事もなく、大人しく無暗に晴れ渡った青い空の下でオクラホマミキサーを踊っていたのである。


 「ちょっとター坊、きちんと手を握りなさいよ。踊りずらいじゃないのよ」

 そう文句を言ってきたのは僕より頭一つ背の高い 畑海 京 (ハタミ ミヤコ )だった。

 仕方なく、僕はミヤコの手をしっかり握りって、練習通りに体を動かすのだけど、もとより僕はダンスというものは香味もなければ、得意でもない。

 どう見ても、人数調整で女子の方に回された背の高い細身の男子に見えるミヤコに、僕が振り回されているだけだったように知らない人は見えたと思う。

 ちなみに、ター坊というのは僕の名前は、五所川原 真之介ゴショガワラシンノスケと言うのだけど、長すぎると言う理由でミヤコが付けてくれたあだ名だったりする。

 そんな振り回している僕を見て、彼女は楽しそうに笑い、曲の終わりと共に、次の相手へと突風のように移動して行った。

 

 そして、曲のリピート。


 当然のように僕にも新たなパートナーが現れる。

 「ミヤコちゃんって、こういう行事が好きだよね。何にでも一生懸命で頑張るというか、何というか」

 山田 珠恵 (ヤマダ タマエ)はそう言いながら、笑顔で僕の手を取りミヤコの方を見た。

 クラスで一番小さいタマエは、僕より頭一つ小さく、今度は僕が踊りづらい。

 「わたし、一生懸命な人って好きなのよ。自分もそうでありたいと思うけど、ほら、わたしって運動神経ゼロだったりするじゃない?」

 たしかにタマエが踊っているところを見れば、額でまっすぐ切りそろえられた前髪と、腰まで届く黒髪は、純和風な一松人形を思わせるかわいらしい容姿なのだけど、オクラホマミキサーには合っていない、ロボットダンスのような動きが、哀愁を漂わせ、なおかつ僕の足を何度も踏んだりしている残念な始末だった。

 そんなところが好きだという人も多いんだよと、もう少し大人になったなら教えてあげる事が出来たのかも知れないけども、僕はまだ子供であったのだから、それなりの答えしか出てこないのだ。

 「お子様なんだよ。まったく、フォークダンスの何が楽しいのかわかんないな」

 そう考えるのが子供であって、成長するにつれてフォークダンスというものは、どんどん楽しくなっていくのだ。

 ただ、だからといって当時の僕を責めるのは酷というものであろう。

 「無邪気なのは良い事だと思うわよ。わたしはミヤコちゃんにはあのまま天真爛漫な大人になっていって欲しい」

 「天真爛漫な大人って、いわゆる社会不適合な大人だよ」

 「ミヤコちゃんなら、きっと社会を自分に適合させると思うの」

 そんな世の中は嫌だなと思いながらも、脳天気な世界の独裁者として君臨するミヤコの姿を思い浮かべたら、それは意外に似合っているような気がしたのであった。


 

 ラジオから流れていた「オクラホマミキサー」は急に止まりアナウンサーの声が聞こえてきた。

 「臨時ニュースをお知らせします。ただ今。○○県沖合を震源とした強い地震が発生しました。被害状況はまだ分かっておりませんが、多くの建物が倒壊した模様です。余震に注意し、ガスや火の扱いに注意して下さい。津波の危険もありますので海岸部へは近づかないで下さい。繰り返します。ただ今。○○県沖合を震源とした強い地震が発生しました。被害状況はまだ分かっておりませんが、多くの建物が倒壊した模様です。余震に注意し、ガスや火の扱いに注意して下さい。津波の危険もありますので海岸部へは近づかないで下さい」

 暗い部屋の中にラジオの音声だけが響き渡っている。

 部屋の中は瓦礫にまみれ、僕は倒れてきた家具に頭をぶつけて一瞬、気を失っていたらしい。

 幸い、大きな怪我でもなく、ちょうど僕の周りには狭いながらも空間が出来ていた。

 大学受験を控えて、学力の低い僕は深夜ラジオを聞きながら受験勉強に励んでいたのだけど、どうやら地震による影響でマンションが倒壊したらしく、一階にある僕の家族が住む部屋は、押し潰される形となった。

 両親の寝室は居間を挟んで反対側にあるのだけど、両親の様子を伺おうにも身動きは取れない。

 高校入学と共に買ってもらった携帯は手元にあったので、同じマンションの上の階に住むミヤコやタマエに連絡をとってみたのだけど、地震の影響のためか繋がる事はなかった。


  僕たちは同じマンションの一階、二階、三階に住み、小学校入学前からの付き合いであった。 同い年と言う事もあり遊ぶ事も多く、ミヤコに引きずられる僕、その後ろから笑顔で着いていくタマエという関係がすでに何年も続いていたのである。

 それが当たり前で、普通であったし、その事に疑問を持つ事はなかった。

 しかし、そんな関係性も、僕が変わってしまった事により、そのままというわけにはいかなくなってしまったのだ。 

 正確に言うならば、僕も変わったし、ミヤコも変わったのである。

 それまで見た事など無かったミヤコのスカート姿。

 単純に通っていた中学の制服でしかないのだけど、白いセーラー服に赤いスカーフ、黒いスカートを身に纏ったミヤコに僕は一発でやられてしまったと言う、思春期特有の熱病にかかってしまったという事である。

 性格までは変わらなかったので、僕はセーラー服に恋をするマニアックな性癖を持った変態中学生になってしまったのではないかと思い悩んだのだが、同じ制服を着たタマエは可愛らしく見えたけども、心ときめくまでには至らなかったので、ミヤコに恋をしたと実感できたのである。

 のばし始めた黒髪を、ポニーテールにしだした時などはあまりのときめきに心臓マヒを起こしそうだったので、ポニーテールマニアという異常性欲者になってしまったのかと思い悩み、タマエに頼んで、長い彼女の髪をポニーテールにして見せてもらった事があるのだが、やはりタマエはアイドル並みに可愛いが、ミヤコほどのときめきは感じられず、自らのノーマルぶりを実感できて安堵したという事もあったのである。

 「ちょっと、ター坊。なんであんた、最近私を避けるわけ?私がなんかしたっけ?」

 ある日、僕は体育館裏の焼却炉前へミヤコに呼び出された。

 そのころ僕は、急激に身長が伸びて、ミヤコより少しだけ大きくなったのだけど、その分肉付きが追いつかないのか、華奢な体格の僕は不良少女に絡まれるような感じで、ミヤコに肩へ腕を回されて詰め寄られている様に見える状況だった。 

  避けているわけではなく、意識してしまってまともに目も見れなくなっていたのだけど、ミヤコはそんな僕の心境には全く気が付いている様子はない。

 僕は勢いあまって告白した。

 後先の事は全く考えてはおらず、偶発事故のようなものであると言って良い。

 これは天災である。

 ミヤコは両腕を漫画のように持ち上げて、驚きながら三歩後ずさりすると、あんまり驚くのも失礼と思ったのか、少し恥ずかしそうに右手の人差し指で鼻の頭を掻きながら言ったのだった。

 「……あー……そう言う事か……。わたしも好きな人がいるんだよね」

 「早ッ!!だっ、だっ、誰だよ!?そいつは、こんちくしょう!!」

 そこにミヤコが僕を拉致ったと言うクラスメイトの噂を聞きつけてタマエがやってきたのだ。

 「なに?カツアゲ?それともイジメなの?いままで仲良くやってきた三人じゃないの。これからもずっと仲良くするのよ」

 小学生の頃から身長は変わらず、髪だけ伸びたタマエが青い顔をしながらそう言った。

 「そういうわけじゃないのよ、タマちゃん。何というか、愛の告白というか、そう言うの」

 「誰が、誰に?」

 「僕がミヤコに……」

 「そうそう。告白されちゃった」

 「それで?」

 「轟沈?」

 「撃破?」

 「なんで?」

 「思い人がいるとか」

 「そうそう。すでに好きな人がいるんですよ」

 「誰?」

 「そうだよ、誰だよ、こんちくしょう」

 「タマちゃんに決まっているじゃない」

 ミヤコはそう笑顔で言った。

 僕は固まり、タマエはちょっとビックリしながらも、口を開いて言った。

 「わたしにも好きな人がいるのよ」

 僕とミヤコは口を揃えて言う。

 「誰?」

 「二人に決まっているじゃない」

 そうして僕らの関係は奇妙な三角関係を続けていく事になったのである。

 そう、ほんの数時間前までは。


  結局、僕が崩壊したマンションの瓦礫の下から救助隊に助けられる事になったのは、地震から三日目の事であった。

 両親は怪我をしていたものの、僕より1日早く救助されていた。

 そして、それから僕とミヤコとタマエは会う事はなかったのである。

 二人が生きているという事を、衰弱のために入院していた僕に教えてくれたのは両親だった。

 たいした怪我もな無いそうだったが、ミヤコは父親を、タマエは母親を亡くしていた。

 すでにこの町を離れて、被害を受けなかった親戚の家に避難しているとの事だった。

 後日、二人から届いたメールはだいたい同じ様な内容だった。

 「二人がが生きていますように、助かりますように。もし助かるのならば、私達は二度と会えなくても、話す事が出来なくても構いません。どうか、助けて下さい。そう神さまに祈りました。その祈りが神さまに通じたのか、二人は助かりました。だから、もう会えませんし、話も出来ません。わたしは二人が生きてくれればそれだけでいいのです」

 メールもその一度だけであり、僕たちの繋がりは切れてしまったのである。


 復興するまでに長い時間がかかった。

 その間に、僕は大学を卒業し、地元を離れて就職してから10年後に結婚をし、一男一女に恵まれた。

 日々の暮らしの中で、時折、ミヤコとタマエの事を思い出し、二人の消息を捜したりする事もあったのだけど、ついには見つける事は出来なかった。

 妻に先立たれた自分は、人生の終焉を控え、病院に時折に見舞いに来てくれる孫達を楽しみにしながら残り僅かな時間を穏やかに過ごしている。

 窓の外の初夏の空は晴れ渡り、頭の中にはいつか聞いた「オクラホマミキサー」が流れている。

 病室のドアをノックする音が聞こえた。

 孫達や看護士なら、ノックもなく入ってくるだろうから、他の見舞客だと思い、呼吸器のマスクの下で、相手に伝わるかどうかは分からないが、どうぞと声をかけた。

 入ってきたのは最後に会った姿のミヤコとタマエだった。

 「わたし達、もう死んじゃってるから神さまも許してくれるんじゃないかな」

 ミヤコがそう言って笑う。

 「これからはずっと一緒だね」

 タマエも笑う。

 僕は笑って言った。

 「僕は神さまなんて信じてないし」

 笑顔の二人に手を取られ、僕は幸せな人生の終焉を迎えたのである。

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