4、鳥の巣
ぴる。ぴるる。
瑠璃色の小鳥だった。陽の光を浴びて宝石のように輝いている。
追いかける愛実から、一定の距離を保って飛んでいる。走り疲れて立ち止まると、小鳥も同じように木の枝に止まって愛実を待ってくれる。
幸せの青い鳥みたい。
あれを捕まえれば、私は家に帰れるだろうか。
愛実は再び走り出す。小鳥は羽を広げ、飛び立った。
ぴる。ぴるる。
遠くのほうで、不吉な音を聞いた気がした。
ひどく胸騒ぎがす
「るぅううう!?」
地面がなくなったと思う間もなく、安里は落ちていた。
穴。なぜに穴。それもけっこう深いとくる。
「かかったなァ、安里!」
女にしては野太い声が、上から降ってくる。穴のふちで仁王立ちする人物を見上げ、やはりこの方の仕業かと胸の内で悪態をついた。
「待っていたぞ。よく来たな、わが娘よ」
さあ上がれ、と差し伸べられた手を見て、安里は噛み付いてやろうかと一瞬考えたが、痛い目を見るのは自分のほうだと即座に諦めた。素直に手を掴み、ひょいと穴から這い出した。
「相変わらず注意力散漫だな。われは心配だぞ」
立ち上がると七尺はあろうかという巨大な女は、逞しい男のような手で安里の頭を撫で回した。その力任せの愛撫に、ぽろっと首が取れるんじゃないかと安里は心配した。
「お久しぶりです、大鳥女様。さっそくじゃが、鳥をお借りしたい」
「まあ待て。久しぶりなのだから、まずはわれと語らおうではないか」
丸太のような腕が小柄な安里の体を抱き上げ、小鳥よろしく片腕に乗せてしまった。
そのまま歩き出した大鳥女の腕の中で、安里は大人しく収まることにした。早く帰りたいのなら、無駄に騒ぎ立てないことだ。
「そういえば鳥女はどこです?」
「あれなら山に行くと出て行った。お前にべったりなあれらしくない振る舞いだがな」
日に焼けた顔をわずかに顰め、大鳥女は言った。
ふと、その顔に影が差した。見上げると、尾の長い鳥が翼をはためかせ空を旋回していた。見たことのない種類のそれだったので、安里が食い入るように眺めていると、「春に生まれたばかりだ」と大鳥女が教えてくれた。
「夜目もきく。あとでお前に持たせてやろう」
遠すぎて正確には分からなかったが、両翼を広げた姿は随分大きく見えた。
愛実が悲鳴を上げそうだな。
想像し、安里は声も出さずに笑った。
屋敷の奥へと通され、しばらくは下にも置かないもてなしを受けた。
しかし座る位置が、大鳥女の腕の中から膝の上へと変わったのには、内心頭を抱えたが。大人しく受け入れたことが功を奏したのか、思った以上に早く鳥を借りられることとなった。
大鳥女はすでに隠居の身ではあるが、彼女個人が所有する鳥を何羽か借りられることは、事前に文で了承を取り付けていた。
屋敷の敷地内には、幹の太い大樹が生えている。その中の一本が、大鳥女の育む鳥の住処だった。
主が近づくと、大樹に止まっていた鳥の群れが一斉に振り向いた。無数の目が射るように、安里の体に突き刺さってくる。しかしそれも一瞬で、すべての関心は主である大鳥女に向けられた。
「どれがいい」
「昼と夜とで二羽ずつお貸しいただければ」
「よし。待っていろ」
大鳥女の薄い唇が窄まる。聞こえたのは、信じられないほど可憐な鳴き声だった。
りるるるる、りるるるる。
鳴き声に呼応してやってきたのは、両手に収まるほどの小さな鳥だった。腹辺りの羽毛が黄金色をしている。それが二羽踊るように羽ばたいて、大鳥女の分厚い肩に止まった。
ほう、ほうほう。
次に篭った鳴き声を発すると、ずんぐりとした、しかし驚くほど音を立てずに飛ぶ鳥が、やはり二羽やってきた。
「この大鳥女の娘、安里が、今からお前たちの主だ」
呼び出された四羽の鳥は、安里をじいっと見つめると、頷きはしないものの羽根を震わせ居住まいを正してみせた。さっそく小さなほうの鳥の片割れが、安里の体の回りをくるくると羽ばたいて肩に着地した。
「お前もだ。分かったな」
「承知」
上空から声がした。
直後に風を感じ、安里は思わず目を瞑った。