表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
ご令嬢の恋
6/15

1:甘いかおり、苦い味

たとえば。

物語に出てくる、女子高校生の。


放課後に、友達同士で町に出かけて、クレープを食べながら歩く、とか。

クリスマスに、友達と、「ささやかな」集まりを開く、とか。

友達同士で泊まりあって、夜に恋の話をする、だとか。

クラスメイトの男の子に、淡い恋心を抱いて、どきどきする、とか。

素敵な男の子に、バレンタインデーにチョコレートを用意するために、一生懸命手作りする、とか。


そんな行動に、憧れた、高校時代。


私の生活は、いつも誰かが側に従っていて、街をそぞろ歩きなんてめったに出来なかったし、ましてや食べながら歩きたいなどといおう物ならば、眉をしかめられるような、そんな環境で。

クリスマスは、家かもしくはどちらかのパーティーに招かれるから、友達同士で「ささやかに」なんて、夢また夢で。

友達同士でのお泊りも、不可能ではないのだけれど、同じ部屋にではなく、きちんと整えられた客室がそれぞれおありだから、そちらに泊まらせていただくことになるから、一緒の部屋ということはなくって。

チョコレートどころか、厨房にお邪魔することは、そこで働く方々の邪魔になってしまうから、不可能で。


だから、ずっと、物語の中や、ドラマの中の彼女達の、そのキラキラと輝くような世界に、あこがれて居た。


私の普通とは違う、その、キラキラの世界に。


ところが。


大学に入って、その私が憧れた全てが、みなの「普通」で「当たり前」なのだと。

私の生活の方が、少数派なのだと。


そう知ったとき、私の中に小さな欲が芽生えた。


少しだけ。

少しだけでいいから、「普通」を、体験してみたい。


あの、キラキラした世界で、生活をしてみたい。


そんな、小さな、欲が。



生まれて、20年と少し。

私にとっては「当たり前」な、世間からみれば「当たり前じゃない」環境で生まれ育って。

与えられるものはとてもよい物で、周りにも恵まれていて。

望むものなどなにもなくて。

ただ、ただ。

「高階」の「娘」として。

そう生きていくことに、なんの疑問も不安もなかった私の。


たった一つ、もしかしたら初めて、心から強く望んだかもしれない、望み。


――少しだけ。

どうか、少しだけ、「普通」を体験させてください。


わがままで、贅沢で――とっても、小さくて愚かなそんな夢。




自分が恵まれていることは、ずっと理解はしていた。

高階。その家に生まれたことで、私は、恐らく世間より水準の高い生活をしているのだと、それは理解していた。

けれど――幼いころから、名門といわれる規律の厳しい女子学園に、それこそ幼稚舎から通った私は、文字通り「箱入り娘」として育った。


送迎は、当然家の車で。学友とあうのは、各家で開かれるサロンや、パーティで。

お出かけは家のものとともに、買い物もお店の方が来てくださることが多くて。

家には、使用人の方達が、それぞれの仕事を分担しながらたくさんいて。


それが、私の普通で、それが私の当たり前。


大きくなったら何になる? なんて、子供が語る夢も。

「素敵な方の所へお嫁にいくこと」なんて、今思えば時代錯誤と理解できる言葉がでてくるような。

そんな環境で、私は育った。


回りにいるのも、似たような境遇――家格や財力に差はありはしたけれど――の子達で。

お嫁さんに行くのが当たり前、の、グループと。そうでない子たちは、確かに別れていたのだけれど。

私のすすむ道は。レールは、まっすぐに私の目の前に、生まれたときからひかれていた。


それは。

たとえ時代錯誤であろうとも、子の幸せを願う親のひとつの愛の形であり。

そして、自由を選ぶよりも安全に自分を守ることのできる、鳥かごでも、あって。


もしも、私がもっとアクティブで、もっと気概のあるタイプだったならば、道はまた違っていたかもしれない。

兄の補佐となることも、もしかしたらありえたかもしれない、未来。


けれど、私には、それは向かなかった。

元来の性格――どこかのんびりとしたその性格――は、高階の最前線に立つには、少しばかり難しすぎた。


道は、決まっていた。

大学を出れば、すぐに結婚になるだろう。

候補は数名いて。恐らく、大学半ばのころには、相手が決まることだろう。



だから、私は。

大きく冒険することなんて、できなくて。


小さな小さな冒険を、することになる。


従兄弟のお兄様と、叔母さまの力を借りて。


小さな小さな部屋で。

小さな小さな――「普通の生活」を、少しだけ、おくることにしたのだ。


大学1年の、ことだった。



小さな普通の生活は、最初は波乱万丈だった。

台所になんて立ったことのない、掃除なんてしたことのない、そんな生活。

自分では普通にできていると思っていたにもかかわらず、それが、人の手を借りての普通だったのだと、わかっていたつもりでもわかっていなかったことに、たくさん気づかされた。


――洋服は出せば綺麗になる、わけではない。

――洗濯機は、どの服でもかけていいわけじゃない。

――掃除機をかけないと床はざらざらしてくる。

――棚の上をふかないとほこりが積もる。


最初のころの自分を思うと、とんでもない状態だったのだと、笑いが零れてしまう。


お嬢様といわれて、傅かれて、ご令嬢だともてはやされ、微笑んで生きていた自分。

けれど、どうだろう。これほどまでに幼く、愚かで、無知だったなんて。


両親は私を、一体どうしたかったのか。


「高階の娘」はただ綺麗に着飾り、微笑み、そうしていればいいだけのお人形でよかったんだろうか。


哀しい、と、思う。

時代錯誤だと、今なら思える。


それが、よかったことなのかどうなのか、私にはわからない。

高階の令嬢として、政略の駒として、いきていくならば、この知識はもしかしたら害なのかもしれない。


けれど。


私は「生きた」かった。

私は、知りたかった。

後悔はしていない。そして――道に抗うつもりもない。


ふわふわと漂うように、流されるように――けれど、私が私でいることをやめないで済むように。


一年を立つころには、それなりに小さな家での時間は、有意義に、平和に流れるようになっていた。


双子達とともにあれば警護が緩むのを利用し、少ない警護の人間をこちら側へ取り込んで。

そっと訪れる、日に数時間、多くても休日の朝から夜までの、短い時間。


たったそれだけの時間でも、私にとっては大事な時間だった。


ままごとのようだ、と、思わないわけではなかったけれど。


私が私であり、高階の娘ではなく、ただの「恵美」としていきていける、唯一の時間だった。



――けれどそれも、おわりが近いと知ったのは、一年が立った大学の2年の時だった。


「西宮寺の後継者との婚約」


これが私に与えられた進路。

これが私に与えられた生きる道。

選び取ったものではないけれど、それでも、後悔はしたくない。


ふわりと、作った笑みで受け入れれば、それはすぐに数日後の見合いの席へとうつっていったのだった。



お見合いの相手と紹介されたその人は、かなり優れた容姿の持ち主だった。

その上後継者であり――その能力もすでに周囲に認められているものである、というのを、兄から聞いたこともあった。


これが、私の夫となる人。

とうとうと語られる仲人の方のお話や、両親の言葉を聞くともなく聞きながら、問われればうすらと笑って頷きつつ。

相手を見詰めるけれど――特になんの感慨も浮かばなくて。


こういうものなのかしら、と。

ただ、そう思っただけだった。


――そのとき、は。


準備された紅茶からは、ふわりと甘い香りが漂っていて。

しかし、どこか苦く感じてしまったのは――何故なんだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ