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御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
御曹司の恋
5/15

5:ええ好きですよ、悪いですか

どういう会話でどういう流れになったのか、よくわからない、のだが。


その後、何故か彼女の部屋でそのまま、夕食に招待されることになって。

一瞬、つい最近まで何も料理したことのなかったご令嬢の手料理、ということで、昔自分の母が興味本意で手を出して作った、恐ろしい味の料理を思いだして、顔が僅かに引きつる。


が。


せっかく招待してくれているのだ。

断ることなど、できやしない。そう、それに――さっきの今、だ。あの傷ついたような表情をさせてしまったことがひっかかって、俺は彼女の好意からの申し出を、断ることなど、できやしなかったのだ。


外で待っているであろう人間に電話で一方をいれ、手持ち無沙汰に料理を始めた彼女を待つ。

聞こえてくる音は、そんなに変わっていない。ものを切る音――少し不ぞろいではあるけれど、危険な音はしない。

ことことと煮える音。なにかを炒めるような音。そして、ふわりと漂う、美味しそうな香り。


――ああ。


ここは暖かい、と、不意におもう。

おもえば、初めてのことだ。誰かが料理するのを、これほど近い距離で、じっと待つ、など。

しかも、レストランなどの肩肘のはった場所ではなく――誰にも、誰の目も気にしないですむ、こんな場所で。


家庭。家と家庭とは違うのだと、どこかで誰かに聞いたような気がする。HomeとHouseが違うように。

さしずめ、高階や我が西宮寺は、Homeになりきれない、Houseなのかもしれない。そこに、家族の繋がりやぬくもりが「ない」とはいわないが、暖かな触れ合いや交流など、幼いころの記憶を探ればいくらか出てくる程度で。物心ついたころには「西宮寺の跡取り」として生きることが決まっていた。


そう、彼女も。


気がついたときには「高階のご令嬢」であり。

その枠にはまる事を求められて、今まで生きてきたはずなのだ。


枠からはみ出ることなく、不満だけを抱えて生きてきたものと。

枠からはみ出るけれども、少しだけ、それは、自分で暖かな居場所を感じるためのものだった、ものと。


彼女には、適わない。きっと、ずっと、適わない。


そして。


不意に目の前に幻想が浮かぶ。

暖かな部屋。穏やかな空気。子供と遊んでいる所へ、料理ができたと笑いながら現れる、エプロン姿の、彼女。

それは、この上なく幸せな風景で――そう、望めば手に入るであろう、光景で。

あまりの暖かさに、くらりと眩暈を覚えてしまう。


……なんてことだ。

どうやら、俺は――彼女に、かなり惹かれているようだ。

否、ごまかすのはやめよう。


彼女に、惚れている、と。

認めてしまうべきなのでは、ないだろうか。


おもえば、簡単なことではないか。

あの笑顔をみたときから、惹かれていたのだ。

だから、いろんなことが気になって、ひっかかって――こうして、出向いてきたのではないか。


だから、あの、彼女の傷ついたような表情に――胸が苦しくなるような痛みを、覚えたのではないか。


単純なこと。


そして――心で快哉を叫ぶ。


惚れている。

そして、その惚れた女は、すでに自分の婚約者となるべきことが決まっている人である、なんて。


緩みそうになる表情を必死で引き締める。


きっと幸せになれる。きっと幸せにしよう。


――今まで、得られなかったもの。


暖かな家庭。暖かな絆。そういったものを、彼女とならば、手にいれられる。


そう、強く、強く思った。



「――あの、料理、できました、よ」


おずおずとした、柔かな声が後ろから掛かる。


振り返れば、幻想の中と同じようなエプロン姿の、彼女がいる。


「ああ、ありがとう――大変だったでしょう」


彼女は、はにかんだように微笑んで。


「いえ、楽しかったです。えっと、たいした物では、ないですけれど――」


そういって並べられた料理は、確かに、家で食べるものや店で食べるものとは違ったけれど――素朴な、暖かな、料理だった。


この人を、娶る。


その至福を感じ入って、暖かな料理をせっせと口にしていた俺は――理解していなかった。


彼女に、何も伝えていないという事実を。

そして――自分の思考が、独善的であり、傲慢である、という、事実を。


話が決まってしまえば、すすむのは早いだろう。

食後、彼女のいれてくれた暖かな緑茶を片手に、簡単な今後を話し合う。

――否、話し合う、と、いいながらも、事務的に告げていくだけだったのだが。


そうでもなければ。

できる限り機械的に話さなければ、自分が崩れてしまうような気がしていた。

「西宮寺」のものとして、ではなく。ただの自分となってしまうような。自分という存在が暴かれてしまうような。

そんなうっすらとした恐れが、優しく言葉を紡ぐことではなく、事務的に言葉を紡ぐことを選ばせた。


どこか知的な瞳をじっとこちらに向けて、丁寧に頷きながら、必要ならば言葉を――それも差し出たことではなく、必要最低限の、けれどどこか鋭い内容を――告げてくる彼女に、どこか満足感を覚えながら、見詰め返す。


満足感――思えばこれも、なんと傲慢な感情だろうか。

だから、気づかなかった。

ときどき、彼女が悲しそうに、切なそうに瞳を揺らしていた、だなんて。

揺れる瞳に、ただ俺は――結婚を前にした不安に過ぎないだろう、結婚してしまえばだいじょうぶだ、などと、楽観視したことを考えていた。


とりあえず結納あたりまでは、この部屋で自由にして構わない、と。

大人の余裕と優しさのつもりで告げた俺を――彼女は、一体、どう思っていただろうか。

ただし、一切周囲にばれないように、と、告げた俺に、ありがとうございます、と――彼女はどんな気持ちでいっていたのだろうか。


儚く微笑む彼女に満足して、お茶をいただく。


とかくコーヒーを供されがちな中で、緑茶が出てくるのは、この上なく嬉しい。

やっと落ち着いて、そのふわりと漂う香りと味を堪能し、満足から吐息を漏らす。


よほどそれが、満足そうだったのか――彼女がくすり、と小さく笑った。


驚いて視線を向けると、一瞬めを丸くして、それから――ふわり、と、彼女が微笑む。


心臓が、高鳴る。


「いえ、失礼しました――緑茶が、本当にお好きなんだな、と、思いまして」


そう告げてくる彼女に。

なんだか、照れくさいようなばつがわるいような、複雑な気持ちに、なって。


「ええ、好きですよ、悪いですか」


ぶっきらぼうに応えてしまった、俺の言葉に。


「――いいえ、私も、好きです」


くすくす、くすくすと柔らかく響く笑い声が、心地よくて。

つられるように頬が緩むのを感じながら、ゆっくりとお茶を楽しんだ。



――彼女のその微笑が、愛しくて。

けれど――それから、自らの傲慢な考えのせいで、その笑顔を長くみることがかなわくなるなんて、思いもしないまま。


好きです、と。


自分に対してではないものの、告げた彼女の言葉が、脳内にリフレインして、いた。


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