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御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
御曹司の恋
3/15

3:俺はそんなふうには笑えません

彼女の状況は、そうせずに知れた。週に数度、習い事の際、双子の従姉弟と共に出かけることがあるという。

双子の従姉弟――高階家当主の妹に当たる人物の、子供。男子の一卵性双生児である彼らは、この上なく高階の娘に傾倒しているというのは有名な話であった。傾倒している、というよりは、溺愛しているのだ。――妹のように。

それは、彼女の叔母――現在は某資産家の未亡人でもある女性が、自身に娘がいなかったことから、彼女が幼い頃よりかわいがっていたことに由来する、ということまでは、割りとそれなりの地位にいる人間であれば、知っていることではあった。

当初、高階の娘は、その双子のどちらかと婚姻を結ぶのではないか、と、噂になったこともある。まだ彼女達の幼い頃の話だ。けれどそれは、よく考えれば不条理な政略結婚が公然とまかり通る世界において、唯一高階の、いい方は悪いが「駒」である彼女を、双子の元に嫁がせることはないだろうという、薄汚れた計算のもと、自然とたち消えていった。


その叔母と、双子。双子と出かける際、お目付け役の人間は警護の人間が一人二人つく程度で、しかもそれは、叔母の側の人間がつくのだと言う。そのあたりが怪しいだろう、というのがまず最初の報告だった。

さらに調査を続けた結果、その際、世話係りの女性とその双子、警護の人間の協力の元、自由な行動をっているらしい、というのが、新たに知らされた彼女の現状だった。


「……自由、か」


はたしてそれは、どのようなものなのだろうか。

自分には自由がない、などと、いうつもりはない。けれど、彼女が得ている自由とは、どういうものなのだろう。



思い浮かぶのは、あのときにみた彼女の微笑み。

見合いのときとは全く違う、その柔かな笑みが、脳裏から消え去ることはなくて。


自分はそんな風には笑えない、と、どこか苦い味が口内に広がって、歪んだ笑みが浮かんだ。




しばらくして、知れた内容は、彼女が出入りしているという、小さなアパートの存在だった。


まず、その結果を聞いた時に浮かんだのは、男性の影だった。

もしかして、誰か好きな男でもいて、その男の元にかよっているのか?

はたまた、悪い男にでもだまされてみつがされているのか?

しかし、調査の上では、その部屋は彼女の従姉弟の名義で契約してあり、他に誰か男が出入りしている気配もない。


出入りしているのは主に、週に数度の彼女自身と、稀にその双子の従姉弟位で、それ以外が部屋を訪れているわけではないようだ。


では、なぜ?


それと悟られないよう探りをいれたところでは、高階の両親もその事実は露とも知らぬようで、ますます謎が深まる。


それに、なぜ、小さなアパートなのか。

従姉弟たちもそれなりの家の子供であり、契約するならばマンションだって可能であろう。

けれど、アパート。小さな、ごくありきたりの、アパート。


疑問に思うことばかりが連なる報告書に、次第に眉がよる。

疑問を疑問のままにしておくことは、この上なく不快であり――なにより、そう、彼自身にその疑問をもたらす彼女の存在に、すでに深く興味を惹かれているのだ。


もし、男がいるとしたら。

調査上はあがってないとしても、もし、好きな男がいるとしたら。



――まさか、双子のどちらかを、愛している、というのか?



義務でした見合いであり、義務である結婚のはずである。


けれど、それを想像した時、胸の奥の方からいいようのない苦い想いがわきあがるのを止めることはできなかった。


なんともいいようのない気分を抱えたまま、仕事を続けるが、そんな状態で効率があがるわけなどない。

なにか物いいたげな柏木の視線を感じながらも、その日はなんとかやるべき仕事は終えた。


元々、気の長いほうではない。

気になることを気になるままにしておけるほど、度量の深い人間でもない。


ならば、やるべきことはひとつ。


なぜ、彼女があのアパートにいるのか。それを確かめるだけの話だ。


「柏木」


短く名を呼べば、すでに俺がどういう行動に出るのか推測がついてたらしき柏木が、すっと一礼して先導する。

本人は聞こえないようにしたつもりだろうが――小さく呆れたようなため息を漏らしたのを、聞き逃さなかった。


大型の高級車は目立つ。

まさかアパートの前に横付けするわけにはいかないだろう、と、そのくらいの配慮はさすがの俺にも可能であり、少し離れたところに車を止めさせ、ゆっくりと徒歩でアパートの前にたつ。

こじんまりとした、クリーム色の外壁のアパート。さほど新しくもない、それほど珍しい外観でもない、アパートといえるだろう。

アパートの前にたち、二階の部屋を見上げる。あそこが彼女のいる部屋。

今日はこの部屋にいることを、確認済みだ。


簡単なことだ。

扉の前にたち、チャイムを鳴らし、出てきた彼女に問えばいい。

――なぜこんなところにいるのか、と。


たったそれだけのことを、俺はなぜ躊躇している?

ためらいここに立ち尽くしているのだという事実を、誤魔化しきれずに理解する。


そう、聞けばいいのだ。

高階の令嬢ともあろう娘が、このような下町で、庶民の住む家で一体何をして入るのか、と。


――誰かをまっているのか、と。


ぐ、と、息が詰まる。


一体、俺は何を考えている?

一体、俺はどうしたいんだ?


ぐるぐると回る思考は、そのまま闇に引きずり込まれそうな勢いで荒狂う。


いけない。

引きずられてはいけない。


首を数度ふって、呼吸を繰り返す。


そして、もう一度、窓を見上げる。


「――あ」


そこには、窓から顔をだし、こちらを驚いたような唖然としたような――困ったような笑顔を浮かべてみている、彼女が、いた。



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