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御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
ご令嬢の恋
10/15

5:僕がきみを、想う気持ち

そうして、日々は変化をはじめる。


結納の準備に、婚約者のお披露目の意味をかねたいくつかのパーティへの出席。

パーティのすべてが無意味、なんて、いうつもりはこれっぽっちもないけれど。

義理と見栄が重なり合うそれらは、時々、胃の奥底にずしりと重しをかけてくる。


日々、笑顔を貼り付けて穏やかに語り合う、そんな空虚な時間。

――幸いなのは、ありがたいことに、我が家も彼の家も、それらの中で強い立場でいられること、だろうか。



日々は、ただひたすらに過ぎ行く。



贈られてくるドレスは、どれも品がよく、よく似合うと褒めてもらえる。

戸惑ってしまうほど揃いで送られてくる装飾品も、お願いして減らしてもらった。


幸せ、なんだと思う。

贈られてくるドレスや装飾品を見るたび、周囲にそういわれるたび、思うのだけれど。


どこか――さみしいと思うのは、なぜなんだろう。



最近、あの部屋に行く事が少なくなった。

行く時間を取るのが、難しくなってきた。


――このままだんだんと、あの暖かな部屋から遠ざかって、いずれいかなくなってしまうのかもしれない。


それがさみしくて悲しくて。だけど、それが自然なことなのかもしれない、と、どこかであきらめていた。


けれど。



「……疲れているのか?」


さりげなく問われた言葉に、疑問が起こる。どこか問題があっただろうか? ――いつものように、いつもの通りに過ごしているはずなのだけれど。

それが表情に出たのか、彼はごくわずかに、しかし不機嫌そうにはっきりと、眉根を寄せた。


今日はそこまで重要なパーティではない。系列会社の、何周年だかの祝いの席で。ちょうどいいからと、両方の親の代理を兼ねた形で参加した、この席で。


いつものように、私は、ふるまえていたはず、なのだけれど。


「いえ、疲れておりませんが……何か粗相をしてしまいましたでしょうか?」


唇に笑みを刻んで。はたから見れば睦まじく言葉を交わしているようにみえるだろう、その状況で。

彼はさりげなく、ため息を漏らした。――あきれたように。


ずきり、と、微かに胸が痛む。その理由は、もうすでに自覚していたけれど、気づかないふりをして流す。


「気づいてないのか。――まぁいい、今日はこの辺で切り上げよう」


「……え?」


問いかける間もなく、彼は自然なエスコートで主催の元へ私を誘い、挨拶を交わした。

困惑しながらも、それを表に出すことなく、その側へ寄り添う。


そう。

寄り添うのが私の役割。そこにあることが、私の存在意義。

静かに微笑んで、パーティの会場を後にしながら、小さくため息を漏らす。


――私は気づいていなかった。

時折、微かに、自分でも気づかないほど小さく、ため息をこぼす様になっていたことに。



車内は静かだった。

聞こえるのは低い車のモーター音と、時折響くウィンカーの音だけ。隣にある気配を感じながらも、どこか重く感じる頭を窓にあずけ、静かに外を眺める。

やはり疲れているのだろうか。このところの色々が、予想以上に負荷になっているのかもしれない。日常と違う行動は、地味に体にダメージを与えたようだ。

深く息を吸う。駄目だ、目が回ってしまう。ぎゅ、と、強く目をつむった所で、そっと額に触れるものがあった。


「……っ!」


驚いて目を開けば、そこには大きな手のひら。熱を確かめるように触れるその手をたどれば、まゆを寄せこちらを見る、彼の顔があって。


「やはり疲れているのだろう。――無理をさせた」


「いえ、いいえ、そんなことは――」


これは自己管理の問題だ。彼は気を使ってくれた。それだけで十分なのだ。首を振り否定しようとするが、その動きでめまいが起こる。

その様子を見て、彼がまゆをしかめた。


「ほら、無理をしている。――最近、あの部屋にもいってないんじゃないのか」


驚いて目を見張れば、彼がわずかに苦笑した。


「やはりか。――忙しいのはわかるが、まだあの部屋は、君のものだろう」


どうして、と、いう思いと。彼の優しい声音に、困惑する。どういうことだろう。どういう、意味だろう。


「どうし、て――」


「今の君に、あの部屋が必要だと思うからだ。――近いうちに時間を作るから、あそこで休むといい。いいね」


額にあった手がまぶたに降りてくる。一瞬驚いて体がこわばる。――けれど。


――温かい。


体からこわばりが溶ける。いつもならばもしかすると、もっと過剰に反応したかもしれないけれど、そんな気力もわかなくて。触れる手の温もりに、ゆったりと目を閉じ、思わず吐息が漏れた。


「とりあえず、目を閉じていなさい。着いたら、ちゃんと起こすから」


低く静かな声が、鼓膜を揺さぶる。目を閉じ何も見えない状態で聞く彼の声は、どこかやさしく、まるで愛されているような錯覚を覚える。――それは錯覚なのだと、心から理解しているつもりだけれど、それでも、その甘い幻に今だけは、心を委ねたくなっていた。


今日はこのあと、家に戻るだけのはずだ。お言葉に甘えよう、と、一つ頷いて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。


聞こえるのは、車のモーター音と、時折のウィンカーの音。そして、彼の呼吸の音。触れる手から伝わる温もりと、それだけが確かなもののような気がして、気がつくと薄く唇に笑みがのぼる。


――大丈夫。

――きっと、幸せになれる。


たとえ政略であろうとも、お互いに想いが愛とは違っていようとも、この温もりと優しさがあるならば、きっと、大丈夫。

たとえ愛されていなくとも、この優しさとぬくもりがあるならば、私はきっと、やっていける。


――西宮寺の嫁として。

――彼の妻として。


きっと、きっと、大丈夫。



不意に湧き上がった想いに満たされる心地を味わいながら、やがて意識は深く深く、闇へと沈んでいく。


意識が完全に途切れる寸前、そっと額に触れる柔らかな感触があったような気が、した。





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