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御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
御曹司の恋
1/15

1:いつものことですから

お題:「捻くれた彼のセリフ」より

それは、すでにずっと昔から決まっていたこと。

引かれたレールの上を走るように、たとえ自由奔放に振舞っているようでも、要所要所は決められている。

俺の人生は、つまりは自由な旅などではなく――スタンプラリーのようなものなのか、と、思ったことが、ある。


「来週の日曜日、高階家のご令嬢と顔合わせだ。心しておくように」


久しぶりに親父に呼ばれ、実家へ戻ってみれば、なんのことはない見合いの話。

28ともなれば、そろそろ頃合、ということだろうか。


「わかりました」


重厚な書斎。子供のころは、この父の部屋に憧れを持ったものだ。

けれど、今おもえば――なんともこの空間は、重い責任にあふれているのだろう。

従業員を抱え、その背後にはその家族がいて、自分の一挙一動が彼らの生活に直結しかねない。

それが、大きな組織を支える長である、という、こと。


そして。


いずれは、俺もそれを継ぐのだ、という、現実。


押しつぶされそうだ、などと、恐れを感じる時期は、とうに過ぎ去ってはいるけれど。




「柏木、手配は」


親父の部屋から出たところで、抜かりなく控えていた専属秘書に問いかけば、響くように答えが返って来る。


「整っております。あわせてスケジュールの調整も行ってあります」


片眉があがる。


「ほう。俺は知らなかったが、柏木には先に話がいっていた、ということか」


懸命にも、秘書は無言を貫いて、深く頭を下げる。食えないヤツであることは、間違いない。


「……年貢の納め時、というやつか」


結婚することに、別に否やはない。相手が誰であろうと、それが政略的意味合いを持つ以上、お互いにそれなりの関係であることができれば、それでいいと考える。


仕事は山ほどある。次の仕事の確認を取るうちに、俺は、見合いの話を頭の隅へと押しやって、ほとんど忘れてしまった。




そして。

何事もなく。そう、何事もなく、日々はすぎ、忘れていても日曜日はやってくる。

系列のホテルの一室で、会食をしながらの顔合わせは、顔合わせといいながらその実見合いであることが明らかで。

俺はとにかく、面倒くさい気持ちをうちに隠しながら、笑顔を顔に貼り付けて穏やかにかけられる声に応えた。

娘の年頃は、20歳、成人したばかり。現在まだ大学生であり、有名なお嬢様大学の2回生らしい。緊張しているのか、つねに俯きがちで、どうやらとても大人しい人間らしい。うちの両親や、俺が声を掛ければ、言葉すくなに、しかし礼儀正しく応える。

大人しくて煩くない、余計な事を言わない。これだけでも、結婚相手としては、及第点だといえるだろう。


さて。しかし。

お約束のように、若い二人で、と、庭に出されたものの――8つも下の娘相手に、何を話せというのか。数歩後ろを歩いてくる気配を感じながらも、どうせ結婚することは決まっているのだ、こんな儀礼的な事をせずとも、さっさと婚約して、時期をみて結婚式をあげてしまえばいい。そのほうがどれだけ合理的なものか、と、ついつい考えこんでしまっていると、ふと、後ろの気配が消えていた。


慌てて振り返る。


と、少し離れた、池のほとりに彼女は立ち止まっていた。

思わず心の中でしたうちをしながら、ゆっくりとそちらへ向かう。なにか不満や思うところがあって、立ち止まったのか、そう思ってそちらへ向かえば、彼女はじっと池の中をみていた。

……なにか面白いものでもあるのか、と、そちらを見れば、錦鯉が泳いでいる。否、それだけである。


呼びかけようとして、名前を忘れてしまったことに気づき、しばし戸惑う。一瞬、口ごもった時、それまでじっと鯉を眺めていた彼女が、ふ、と、こちらに気づいて顔をあげた。


「……あ」


驚いたように呟き、そして、はたと我にかえったのか、頬にうっすらと朱がのぼる。


「し、失礼しました。つい、見入ってしまって……」


「いえ、お気になさらず……鯉が、お好きですか?」


池の中を泳ぐさまざまな色合いの鯉は、確かに一級品なのだろうとは思うのだけれど、綺麗だと鑑賞する趣味はない。この少女は、確かに箱入り娘とも言うべき、現代をしてなお存在し得たのかといえるであろう、本物の「お嬢様」だと聞いている。つまり、「そう育てられた」娘、だと。


ある意味、俺と同じなのかもしれないな。


「……かしら」


「え?」


考えに気を取られすぎたか、彼女の小さな呟きは、聞き取れなかった。

問い返せば、少し気恥ずかしげな笑みを浮かべた娘が、小さく首を振っていて。


「いえ、なんでもありません。失礼しました」


その笑みは、思いの他かわいらしく見えて――この見合いは「当たり」だったのかもしれない、と、ぼんやりと思った。





見合いを終えて、すぐに家に戻ろうと、柏木に車を回させているところで、それまでひっそりと父の後ろにつき従っていた母に、呼びとめられた。

なんともいえない、笑っているのだけれど、気を使って緊張しているのがありありとわかる表情で、手にハンカチを握っている。


「どうされましたか」


「いえ、その、今回のお見合い、いかがでしたか?」


「悪くなかったと、思いますが?」


幾分か、ほっとした表情になるのを見詰めて、どこか心の芯が冷える。


「いえね、急なことでしたし、ほら、貴方の思いもおありだろうかと、ね。心配してしまって……」


確かに、心配はしてくれているのだろう。けれど、何ができるわけでもない。しようとしない。


「……いつもの、ことですから」


最上の微笑を添えて、告げる。息を呑む母を尻目に、頭を下げてホテルを後にした。


――そう、いつものことじゃないか。

なんら、かわりは、しないのだから。




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