2-3 リハビリ
「男性、恐怖症……?」
思いも寄らない新事実に改は唖然とする。
「……冗談、とかじゃなくて?」
「なくて」
至極真面目に頷いた銀子に代わり、機子が解説を引き継ぐ。
「ユリンとは対照的に、ベイグラントは人間の男性的なアイデンティティを有しているの。活動初期は、怪物タイプの機獣や、人形タイプの機兵が戦力の大半だったのだけど、いつの頃からか、あなたがさっき遭遇したような、男性的な人格を持つ指揮官タイプの個体が各地に出没するようになったわ」
「誕生直後に奴らに襲われ、恐怖を植え付けられたユリンは非常に多くての。結果、よく似た人間の男性を極度に嫌い、女性をパートナーに求めるようになってしまったのじゃ」
「なるほど、道理で……」
これまで足りなかったピースがかちりと嵌まり、ようやく腑に落ちた心地の改だったが、そうなると新たな疑問が彼の中で生じてくる。
「でも、シィは普通に俺と接してましたよ? 彼女が例外だってことは、これまでの話で何となく理解できましたが、逆にどうして彼女は男の俺が平気だったんです?」
「さあのう……。顔に似合わず男好きなんじゃろ」
「……銀子。誤解を招く発言はやめなさい」
相方を窘めつつ、機子は訂正する。
「シィが男性に嫌悪感を持っていないのは、おそらくベスの過保護のせいでしょうね」
「過保護?」
「そう。シィは、あの子が指揮官タイプと接触する前に、ベスが大陸で保護した子なの。だから、指揮官タイプと接触したのは今日が初めて」
「ユリンの中でもベスの男嫌いは特に顕著での。大方、シィの世話を焼く傍ら、男に関する情報をあの子の周りから完全にシャットアウトしてたんじゃろ」
「……大切なものは、遠ざけておくのが一番だもの」
機子が独り言のように何かを呟いたが、改にはよく聞こえなかった。
「つまりシィは、無菌室で育った箱入り娘も同然ってことか……」
「ま、そんなわけでの。現状、フィータスは人間の女性に限定されてしまっており、それが組織運営の上でも大きな懸案となっとる。あんたの例からも分かる通り、本来フィータスは、男女問わず心の相性が一致すれば誰でもなれるはずなのじゃ。男性のフィータスを増やすことができれば、自ずとうちらの戦力増強に繋がり――」
「これまで採用できなかった男性職員も導入できて、リリウムが取れる行動にも幅が広がるってことか」
「うむ、その通り」
満足そうに銀子は頷く。
「カイ。あんたはリリウム極東支部の正規スタッフ採用を希望しておったな? どうじゃろ、さっきの話。手伝ってもらえるようであれば、他のフィータスと同等の待遇に加え、特別手当も支給するのじゃが」
「それは願ってもない話ですけど……具体的に、俺は何をすればいいんです?」
「ふふ、それはじゃな――」
銀子の碧眼がキラリと光った。
〇+
「きょっ、きょきょきょ……共同生活ですってぇぇぇぇッ!?」
応接室にベスの悲鳴がこだまする。
ちなみに室内には、改と銀子の他、呼び出しを受けたシィとベス、そして舞姫の姿があった。
なお、機子は席を外している。シィたちが連れてきた幼子を受け取ると、入れ替わるように出て行ってしまったのだが。
(誰の子どもだろ……?)
そんなことを改が考えている間も、ベスは抗議の声を上げ続けていた。
「百歩譲って、こいつがシィのフィータスになることは、やむを得ない事情として仕方なく認めるわ。……私だって馬鹿じゃない。男性フィータスの有用性は理解してるし、それに、ようやく見つかったシィのパートナーだもの。この子が嫌でないのであれば、これ以上私がとやかく口を出す問題でもない」
そこで切ると、彼女はきっと改を睨み付ける。
「……でも! だからと言って、どうしてシィが、こいつなんかと一緒に暮らさなきゃいけないのよ!?」
「でもも何も、今までもマトリクスとフィータスは一緒に暮らす決まりだったじゃろ?」
「確かにそーですけど! そーなんですけど! でも! 女同士と男と女じゃ、話に雲泥の差があるじゃないですか!」
「ベス、あたしは別に平気だよ?」
「あんたはちょっと黙ってて!」
ぜーはーと荒く息を吐くと、一旦ベスは呼吸を整える。
「……それにですよ? 私の聞き間違いじゃなかったら、銀子さん、さっきこう言いましたよね? 私たち四人で共同生活を送ってもらうって」
「うむ、確かに言ったな」
「それって、私やマキも一緒にこいつと寝起きを共にするってことですよね?」
「うむ、そうじゃな」
「そうじゃな、じゃないですよ! 一体全体何がどうなったらそういう話になるんです!?」
金切り声を上げるベスに、銀子は両耳を押さえて渋面を浮かべる。
「……これでも色々と考えておるんじゃよ? 如何せん初めての試みじゃからの」
そう言って、彼女は一つ一つ解説を加えていく。
「カイには事前に説明し了承を得ておるが、この共同生活の主目的は、うちらユリンの大半が現実問題として抱えている、男性恐怖症の克服にある。幸い、シィがカイのことを抵抗なく受け入れてくれたお陰で、これまで最大の障壁であった、〝男性フィータスの実在を証明する〟ことは既にクリアされておる。――が、皆もよく知る通り、成功例にするにはシィは少々イレギュラーが過ぎてな」
「あはは、ごめんちゃい」
気持ち申し訳なさそうにシィが舌をペロッと出してみせる。
「そこで、あんたらエースペアの出番じゃ。規範となる二人が、日々の生活の中でカイと良好な関係を築いていく――その姿を見せることで、他のユリンたちの意識改革に繋げていこう、というわけじゃ」
それまで言葉少なだった舞姫が口元に手を当てて頷く。
「まあ、理には適ってますね。わたしと改は家族同然に育った関係だから、今更同居の一つや二つ大した問題じゃないし。他の娘じゃ、流石にそうはいかないもの」
「そんなマキまで!?」
唯一の味方が敵側に賛同し、ベスは涙目になる。
そんな彼女の耳元で銀子は囁く。
「シィとカイが一つ屋根の下で暮らすのが心配なんじゃろ? この案なら、カイの動向を逐一監視できるし、あんたにとってもそう悪い話ではないと思うんじゃがの」
「〜〜〜〜ッ!」
声にならない声を上げてしばし悶えると、やがてベスは、臍を固めた様子で再度改のことを睨め付ける。
「……テンポウイン・カイ! 私は他の二人のように甘くないからね! じゃんじゃんしごき倒してやるから、そのつもりで今から覚悟しておきなさい! そして、ここに来た己の愚かさをせいぜい呪うがいいわ!」
「えーっと、その……お、お手柔らかに」
ベスのあまりの剣幕に改がたじろいでいると、隣に舞姫が来て相方の非礼を詫びる。
「ごめんね、改。戦いだけじゃなく、こんな面倒事にまで、あなたを巻き込んでしまって……」
「い、いや、マキ姉が気にすることじゃないよ。確かにこの状況は全くの想定外だけど……でも、マキ姉の力になりたくてここに来たのは、ずっと前からの俺の意思だから」
「でも……」
なおも心苦しそうにしている舞姫に改がかける言葉を探していると、不意に、何か柔らかいものが彼の反対の腕に抱き付いてきた。
見ると、シィが嬉しそうにじゃれついている。
「し、シィ?」
「えへへ。これからもよろしくね、カイ♪」
「へ? あ、こ、こちらこそよろしく」
無防備なスキンシップに、改はたじたじになる。
それを見た舞姫が、不平そうに頬を膨らます。
「……シィ。いくら改があなたのフィータスだからって、ちょっとべたべたし過ぎじゃない?」
「えー? そうかなぁ」
「……言ったそばからいちゃいちゃいちゃいちゃと……」
気付けば、ベスがどす黒いオーラをメラメラと滾らせていた。
「……テンポウイン・カイ! どうやらあんた、ここで死にたいようね!?」
「何で!?」
そうして追いかけっこを始めた改とベスを視界に収めながら、銀子は所在無げにぽりぽりと頬を掻く。
「……そんじゃま、全員の承諾が取れたってことで、後はよろしゅう」
そうひっそりと言い残し、彼女は応接室を後にするのだった。




