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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 2 リリウム

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2-2 彼女たちの事情

 ――あのね、改ちゃん。よく聞いてね?――



 十年前のある日。


 改は、実父・天方院電磁郎(でんじろう)が、渡航先の東欧で不慮の事故に遭い鬼籍に入ったことを、育ての親である舞姫の母から知らされた。


 父が学者、母がその助手で、モスクワに落ちた隕石調査のために現地入りしていた、ということは、当時八歳だった彼も一応理解していた。


小母(おば)さんはやたら俺のことを心配してたけど、両親は海外を転々としてて家を空けがちだったし、ぶっちゃけこれといった感慨はあんましなかったんだよな)


 実質、居候先の柿崎家の子どもとして育ったようなものだ。たまに帰国しては海外のお土産を持ってくるだけのオジサンが死んだと言われても、「そうなんだ」くらいの感想しか出て来なかったのが正直なところではある。


 その淡泊な反応を、ショックが大き過ぎて頭や感情が追い付いていないと受け取った養親は、目に涙を浮かべつつ、幼い彼を励ますように、こう続けた。



 ――でも、安心して? お母さんは、今もちゃんと無事に生きているから――

 ――ただ、訳あって、しばらくここには戻ってこられないの――



 と。


 父母共に元々不在なことの方が多かったせいもあり、その言葉の意味を深く追究する機会は、ついぞこれまで一度もなかったのだが。


「かあ、さん……? 貴女が、俺の……?」


 突然のことに面食らう息子に、機子は順を追って、ここに至るまでの経緯を語り始める。


「十年前に私たちが調査に向かった隕石……あなたも知っているとは思うけど、それこそがベイグラントの巣であり、侵蝕活動を開始した奴らに襲われて、私たち調査隊は全滅の憂き目に遭った。……あなたのお父さんが亡くなったのも、その時よ」


「…………」


「本来なら、私もこの時命を落とすはずだったと思う。――でも、偶然この子と出会えたことで、九死に一生を得ることができたの」


 そう言って、彼女は隣の着物少女に目配せする。


 いつの間にか黙して座していた銀髪ツインテのユリンは、とろんと眠そうな半開きの(まなこ)を改に向けると、やおら口を開いた。


「初めましてじゃの、少年。うちの名は銀子(ぎんこ)。一応、人類にファーストコンタクトしたユリン、ということになっておる。で、今はキコのマトリクスじゃな」


「マトリクス?」


(そう言えば、シィもさっき、その言葉を口にしてたよな、確か)


 改の知らない新出単語を機子が簡単に補足する。


「フィータスと対を成す、ユリン側を指す呼称よ。――まあ、大抵みんな〝ユリン〟で済ませちゃうから、滅多に使われることはないけど」


母体(マトリクス)胎児(フィータス)……なるほど、そういうことか)


 合身(キッシング)中のユリンと人間の有り(よう)を端的に表すその名称に、改はようやく合点がいった。


 機子は話を戻す。


「合身して敵地を脱出した私たちは、スポンサーを通じて主要国にリリウムの結成を働きかけ、並行してベイグラントの調査・漸減と、ユリンの捜索・保護に尽力してきた」


「あんたもさっき()うてるベスとシィ。あれも元はうちと同じ大陸生まれのユリンで、うちらに保護されてここにおるってわけじゃ」


「はあ」


(要は、コスプレ嗜好であんな格好してるわけじゃないってことか)


 と、そこで改は、降って湧いた疑問を銀子にぶつけてみる。


「そういう銀子さんは、あんまり大陸出身って感じがしないですね。髪こそ銀色ですけど、和服だし、名前も日本ぽいし」


「よくぞ気付いた少年!」


 嬉々として改を指差す銀子。つか、あんたもか。人を指差すのはやめろって誰かユリンの方々に教えてあげて。


 彼女は甘えるように、隣の機子にしな()れかかる。


「うちの本来の名はシルヴィアと言ってな。昔は一人称も〝私〟じゃったのじゃが、キコが好き過ぎるあまり、こうして改名・イメチェンをするに至ったというわけじゃ」


「……マジ?」


「冗談半分に聞き流しなさい」


 ため息混じりに機子が切って捨てる。


「……まあ、そういうわけで、この十年間。私はベイグラントに対抗すべく世界中を奔走してたのだけど……その間、息子のあなたのことは、それまで以上に人任せで、完全な放置状態となってしまった。今更、言い訳にしか聞こえないとは思うけど……ごめんなさい。他に、方法がなかったの」


「あ、えっと、まあ……うん。仕方、ないんじゃないかな、そういう事情であれば。機密保持とか色々あると思うし……」


 どこかぎこちなくよそよそしいやりとりを交わす母子に、今度は銀子の方が嘆息を漏らす。


「それでな、カイ。こっからが本題なのじゃが、あんたにいくつか頼みがある」


「その内の一つは、今後も俺にシィのフィータスを続けてほしい、ってとこでしょ?」


 改の確信に満ちた推測に銀子は首肯する。


「話が早くて大いに結構。一応説明しておくとじゃな、うちらユリンは、パートナーとなる人間、つまりはフィータスに対し、強き善の意思を求める」


「強き善の意思?」


「そう。例えばうちとキコの場合、ベイグラントに追い詰められたキコの〝生きたい、死んでたまるか〟という強い反骨心に惹かれ、うちは彼女をフィータスに選んだ」


「そう言えばシィも、俺の〝力になりたい〟っていう純粋な気持ちが自分には必要だったって言ってたっけ」


「あの子のフィータス探しは非常に難航しててな。合身できる相手が見つかった以上、協力してもらえると、うちらとしても非常に助かる」


 そこで言葉を切ると、銀子は隣の機子をちらりと一瞥する。


「――ま、この件に関しては、ここに一人、難色を示してる者がいるっちゃいるのじゃが」


「銀子。余計なことは言わないで」


 ぴしゃりと言われ、銀子はやれやれと肩を竦めた。


「こっちも、二つほど質問していいですか?」


 改の問いに、銀子は目顔で次を促す。


「ユリンは何故、星力(エナ)の行使にフィータスを必要とするんです? それも、強き善の意思なんて厄介な制限まで付いて。はっきり言って、非効率的だと思うのですが……」


「その答えは簡単じゃな」


 襟を正すと、銀子はコホンと一つ咳払いをする。


「……それは、ベイグラントからの地球奪還を、ユリン任せの他力本願ではなく、人類自らの意志で遂行してほしいという、星の意思の表れ」


「星の意思……」


「そして、星力(エナ)は星が人類に与えた、いわば救星の力……。一方で、火、道具、科学と、手にした新しい技術を争いの力に転用してきたのが人の常。同じ歴史を繰り返させぬため、悪しき心を持つ者による利用を防ぐためのセーフティとして、純然たる善き心を重んじるのじゃ」


「要するに、人類は試されてるってわけか。この星で生きる資格ってヤツを」


「ま、そんなところじゃな」


 軽いノリで締め括った銀子に苦笑しつつ、改は次の質問に移る。


「今度は母さんに訊きたい。……状況的に考えて、三年前、マキ姉のスカウトを指示したのは、やっぱり母さんなのか?」


「…………」


 数瞬の沈黙ののち、機子は首を縦に振った。


「ええ、そうよ」


「……最前線で、常に敵の脅威に晒されると分かってて……そんな危険なところに、息子が世話になってる友人の一人娘を駆り出したっていうの……?」


「……否定はしないわ」


「っ! そんな言い方……!」


 一人かっとなる改を宥めるように、銀子が口を挟む。


「そうキコを責めないでやってくれ。……あの当時は今以上に戦力不足でな。加えて、長年ベイグラントの大群相手に孤軍奮闘を続けたツケが回ったらしく、キコもうちも、とても戦えるような状態ではなかった。今も、一線からは身を引いてるくらいなのじゃぞ?」


「……そんなこと言われたって」


 言い淀む改に、機子は淡々と事実のみを列挙していく。


「……早急にベスを次代のエースとすべく、彼女のフィータスを用立てる必要があったわ。彼女の求める心は〝守りたい〟という強い気持ち。舞姫ちゃんが条件に合致することは、早い段階で分かっていたから……」


「だったら! まず声をかけるべきは、息子の俺じゃないのか? そしたらシィのフィータスも早々に見つかって、万事OKだったろうに……」


「待て待て、そう話を急くな。順を追って、これからちゃんと説明するから」


 間に立つようにそう言うと、銀子は改の顔をじっと見つめる。


「実はな、カイ。頼みの一つは、そのことと関係があるのじゃ」


「……?」


 分からず、改が目で問い返すと、銀子は瞑目して次のように続けた。


「あんたには、史上初の男性フィータスとして、同胞(ユリン)の男性恐怖症克服を手伝ってもらいたいのじゃ」

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