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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 1 邂逅

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1-4 再会

 精神感応を解いたフリージアは、おもむろに右手を眼前にかざす。


「抜けば玉散る氷の刃……」


 彼女が拳を握り、虚空から勢いよく何かを引き抜く動作をすると、その右手には、氷のような物質でできた一振りの刀剣が握られていた。


 そして、間髪を容れず。


「推して参る!」


 星力(エナ)で生成した得物を手に、敵に向かってフリージアは肉薄する。


 低姿勢で疾駆し、目標の足元まで一気に距離を詰め、跳躍。


 一瞬で奴の頭上を飛び越え、脳天目がけて片手上段斬りを見舞う。


『おいおい、随分じゃねえか。こっちはさんざそっちの準備が整うのを待ってやったってのに』


 その口振りとは裏腹に、チンピラゴーレムは余裕の体で、フリージアの放った渾身の一撃を受け止める。


 それも、左手の指二本のみで。


『軽い軽い。そんな攻撃じゃあ、俺の体表にゃかすり傷一つすら――』


 付けられねえぜ――そう続くであろう次の言葉が、奴の口から紡がれることはなかった。


 白刃(しらは)取りの要領で氷刃を挟んでいた奴の人差し指と中指。


 その二本の指の先端――第一関節の先が、バターのようにスライスされて方々(ほうぼう)に跳ね飛ばされる。


『ぬなっ!?』


 これには驚きの声を上げるチンピラゴーレム。


 星力(エナ)製の刀剣だからこそなせる業か。


 刃を掴まれた状態から、強引な横回転斬りで敵の拘束を抜け出したフリージアは、畳み掛けるように斬撃の連閃を繰り出していく。


 指先から手首にかけて、チンピラゴーレムの左手が(またた)く間に寸断される。


『こっ……のクソがぁぁッ!』


 咆哮と共に、奴の失われた左手が瞬時に再生を果たす。その(てのひら)の大きさは、元のサイズの数倍にまで膨れ上がっていた。


「……ッ!?」


 目を見開いたフリージアの身体を、肥大化したチンピラゴーレムの左手が乱暴に掌握する。


 すぐさま奴はその手の形状を変化させ、フリージアの全身を覆い隠すように、掌中へと完全に封じ込めた。


『……へっ。俺としたことが、ちょいと油断しちまったぜ。変幻自在なテメェらユリンの恐ろしさ、忘れたわけじゃなかったんだがな』


 そうこぼす奴の左手は、急速に元の大きさへと収縮を始めていた。


『この状態から逃げ出せたユリンはこれまで一匹もいねえ。テメェもそいつら同様、このまま一思いに握り潰してやんよ!』



「――あら? それじゃあ、その子が記念すべき最初の生還者、ってことになるわね」



『あ?』


 挑発的な女性の声。


 どこからともなく聞こえてきたそれに、チンピラゴーレムが不機嫌そうな反応を返すと同時。


 紅い稲妻が奴に向かって(ほとばし)り、フリージアを取り押さえていた左腕が、肩からごっそり、熱したチーズのようにどろりと溶け落ちた。


 じゅうじゅうと蒸気を発する傷口を凝視しつつ、チンピラゴーレムが唸る。


『強烈な炎を扱うこの手並み……アイツかッ!?』


 確認するように呟くと、奴は炎の矢が飛来した方角をばっと振り返る。


 駅舎の屋根の上、炎のビキニアーマーを身に(よろ)った戦乙女が一人悠然と佇んでいた。


 真っ赤に輝くストレートの髪を(なび)かせ、褐色の肌を持つその戦乙女は、チンピラゴーレムを鮮やかな碧眼で射竦めながら名を名乗る。


「戦場に舞う炎華――グロリオサ、推参」


 彼女――グロリオサは、音もなく地に降り立つと、フリージアが閉じ込められている左手の残骸に向かってパチンと小気味良く指を鳴らす。


 すると、左手の残骸は一気に燃え盛って昇華し、後には膝立ちでうずくまるフリージアだけが残された。


『一対二……加えて極東のエースの帰還とあっちゃ、流石に形勢不利を認めざるを得ないわな』


 再度、損傷した左腕を修復させたチンピラゴーレムは、継戦することなく大地と同化するように地の底へと沈んでいく。


 敵ながら、潔い引き際だった。



〇+



『……戦闘終了、か?』


『うん……そうみたい』


 精神世界でその事実を確かめ合った改とシィは、互いにほっと胸を撫で下ろした。


 と、そこへ、第三者の念話が唐突に割って入ってくる。


『あんた、シィなんでしょ!? 無事なのッ!? っていうか、いつの間に合身(キッシング)したのよ!? 相手は誰ッ!?』


『うわっ!? な、何だ!?』


『もう、ベスは相変わらず心配性だなぁ』


 いきなり飛び込んできた大声にびっくりする改とは対照的に、シィは可笑しそうにくすくすと笑う。


 目を白黒させている改に、彼女は簡単に説明してくれる。


合身(キッシング)中のユリンとフィータスは、同じく合身中の他の個体と念話でやりとりができるんだよ。まあ、お話しできる距離は近場に限られちゃうんだけど。――で、今念話してきたのが、さっきも話したベスってユリンで、ベスはグロリオサのマトリクスなの』


『とにかくさっさと合身(キッシング)を解きなさい! 積もる話はそれからよ!』


 矢継ぎ早に指示を飛ばしてくるベスに苦笑すると、二人は言われた通り、フリージアの合身(キッシング)を解除することにした。



〇+



 合身(キッシング)した時と同じ目映(まばゆ)い蒼光に包まれるフリージアの身体。不定形に蠢き始めたその発光体は、やがて二つの光源へと分化する。


 それらの発光は程なく収束し、片方が改、もう片方がシィの形を成して定着した。


「シィ! まったくあんたって子は!」


「わわっ?」


 史莱姆(シィ・ライムゥ)に戻ったばかりの彼女に、何者かががばっと抱き付く。


 それは、随分と扇情的な服装をした少女だった。


 ロマ風とでも言うのだろうか。刺繍の美しい異国情緒溢れるベリーダンス衣装が特徴的で、健康的な褐色肌や流れるようなストレートの黒髪と、とてもよくマッチしている。


 シィと同じ煌々とした碧眼なことから、彼女が噂のベスだと改は当たりを付けた。


 褐色娘――ベスは、シィの頭を優しく撫でながら彼女の無事を喜ぶ。


「私が間に合ったからよかったものの……どうせあんたのことだから、『こんなあたしでも、何かの役に立たなくちゃ』とかなんとか言って、出来もしない無茶をしたんでしょ?」


「えへへ、せいかーい」


「せいかーい、じゃないわよ、このおバカ! 私がどれだけ心配したと――」


「ごめんごめん。――でもね? ほら、この通り。カイがいてくれたお陰で、あたしはへいき、へっちゃらだよ」


「カイ?」


 そこでようやく改の存在に気付いたらしい。彼に視線を移したベスの表情が、何故か立ちどころに強張っていく。


「…………は? え、嘘でしょ……」


 彼女はシィから身体を離すと、震える右手で改を指差す。


「……シィ。あんたのフィータスって、まさか、この、人間の男だっていうの……?」


「うん。あたしもびっくりー」


「あ、あんたね……これはびっくりなんかで済む問題じゃ……」


(何をそんなに驚いてるんだ……?)


 やたら狼狽(うろた)えた様子のベスに、改がその理由を問おうとした時。


 思いがけない懐かしい声が、彼の耳朶を打った。



「――改? どうしてあなたが……」



「!?」


(この声は……!)


 間違いない。


 俺が彼女の声を聞き間違えるはずがない。


 声の主――ベスの後方で、当惑した面持ちで立ち尽くしている少女を改は注視する。


 柔らかそうな髪質の茶色いセミショートに、やや吊り気味な、髪と同色の双眸。


 年上として常に姉らしく振舞おうとするけれど、でもどこか頼りない大人しそうな雰囲気は昔のままで。


 ただ一つ、当時と異なっていたのは――


「ま、マキ姉……。こりゃまた、随分と……その、大きく、なったね……」


 この三年間で劇的に成長したのか。


 つるぺただったお胸が、見事なたわわへと育った幼馴染み――柿崎(かきざき)舞姫(まき)が、そこにはいた。

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