1-3 キッシング
チンピラゴーレムの右足が地面を踏み抜いた瞬間、奴の足裏と大地の狭間で青い閃光が激しく輝いた。
『なっ、何だ!?』
気圧されたように一歩後退るチンピラゴーレム。
奴の足が退いた後には、氷の張った水溜まりがいつの間にか出来上がっていた。
――否。
水溜まりに思えたそれは、程なく蠢動を始め、次第にその形状を変えていく。
まず表面が盛り上がり、やがて人間大の氷像へと成長したかに思えば、一瞬にしてそれは氷のレオタードアーマーを纏った戦乙女のディディールへと変貌を遂げた。
蒼く発光するクリアな一本結びの髪を揺らし、形状変化の完了した戦乙女は高らかに名乗りを上げる。
「戦場に咲く氷華――フリージア、ここに推参……!」
〇+
『な……なんじゃこりゃあ!?』
自らに起きた出来事に全く理解が追い付かず、改の頭は混乱をきたしていた。
信じられないことに、彼は今、フリージアと名乗った戦乙女と五感を共有していた。
と言っても、彼がフリージアそのものというわけではない。
他の誰かが操るフリージアの内側に、自分も同席しているような感覚、とでも言うべきか。
(いきなりあの子にキスされて、そしたら視界が真っ白になって……)
気付いたらこの状態だ。何が何だか意味が分からない。
『――合身成功、みたいだね』
出し抜けにシィの声が頭に響き、改はきょろきょろと辺りを見回す。気付くと彼は、一糸纏わぬ姿で謎空間に浮かんでいた。
シィはすぐに見つかった。
彼女もまた自分同様素っ裸で、でも全く恥じらう素振りもなく、宇宙遊泳をするかのように、ふらーっとこちらへ近付いてくる。
真っ直ぐ突っ込んできた彼女を両手で受け止めると、改は戸惑いつつも冷静に状況を整理する。
『どういうことなのか説明がほしいところだけど……今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃないか』
『ううん、大丈夫』
予想に反し、シィはやんわりと首を横に振った。
『ここは、あたしとカイだけが共有している心の中の世界。現実とは時間の流れが異なるから、意識合わせの時間は十分あるよ』
『なるほど。つまりは事象の地平……相対性理論でいうところの時間の遅れ的なやつか』
『じしょーのちへー? そーたいせーりろん? ……うん、それそれ』
呆けた顔で、はてと小首を傾げるシィに、絶対違うなと改は思った。
半眼を向けられていることに気付いた様子もなく、シィはにへらと照れ笑いを浮かべる。
『ありがとね、カイ。〝力になりたい〟っていうあなたの純粋な気持ち……それが、あたしのフィータスに必要な因子だったみたい』
『ということは、俺は晴れて君のフィータスになれたってわけか……』
改めて、改は問う。
『……結局のところ、フィータスって何なんだ?』
『んーとね……確か、あたしたちユリンに秘められた膨大な星力、それを引き出すための触媒的な存在、だったと思う。ベスには、〝よく分からなかったら、私たちが力を発揮するために必要なパートナーとでも思っておきなさい〟って言われてる』
おそらくベスの口調を真似ているのだろう、どこか気取ったその物言いに改は失笑する。
『でも、それってさ、ユリン単体じゃ奴らと戦うのに十分な星力を引き出せないってことだろ? どうしてそんな面倒な仕様になってるんだ?』
『んー、そこら辺はあたしにもちょっと……。銀子さんなら何か知ってるかもだけど』
また別の名前が出てきたが、とりあえず今は必要のない情報なので捨て置く。
今一度、改は自身の裸体を見回した。
『……それで、これは今、一体どういう状態なんだ?』
『ユリンとフィータスは互いの唇を重ねることで一つになり、星力を自在に扱える戦闘モードに変身するの。これをあたしたちは合身って呼んでる』
『キッシング……』
シィとキスをしたという事実に、今更ながら少なからず衝撃を受ける。必要な通過儀礼だったとはいえ、これはファーストキスにカウントされてしまうのだろうか。
(マキ姉になんて説明しよう……)
そこまで考えたところで、はたと気付く。
もし推測通りマキ姉がフィータスだった場合、となると、彼女は既に他の誰かとファーストキスを経験済みってことになるわけで。
(……やっぱりノーカンだよな。それに、異種間とはいえあっちは女同士なわけだし。……いやでも、ジェンダーレスが騒がれてる昨今、その前時代的な考え方はどうなのか……)
ころころと百面相の様相を呈する改の顔を、シィが心配そうに覗き込む。
『……カイ?』
『へ? ――あ、うん。ごめん、ちょっと考え事してた』
改の注意が戻ったことを確認すると、シィは続ける。
『フリージアは、あたしとカイが合身した状態の真名だよ。主人格はユリンのあたしがベースだけど、完全にあたしってわけじゃなくて、あたしでもありカイでもある――』
『要するに、俺の意思も内在する別人格、ってこと?』
『そう、それ!』
ザッツライトとでも言いたげに改をぴしっと指差すシィ。言いたいことが伝わって嬉しいのは分かるけど、人を指で差すのはやめなさい。
最低限の状況把握が出来たところで、改は再び意識を現実の世界――フリージアが対峙するチンピラゴーレムへと向ける。
『さて……それじゃあシィさん。ようやく奴らと戦えるようになったわけですが、早速これからどうしましょう?』
『当初の予定通り、ベスたちが戻ってくるまで、ここは何とか耐え忍ぶ』
シィから提示された思いのほか控えめな方針に、改はがくっと拍子抜けする。
『あ、あり? ここは、これまでの溜まりに溜まった鬱憤を敵に向かって思いっきりぶつける場面でない?』
『相手が機兵や機獣だったならそれでよかったと思う。――でも、生憎今回の相手は百戦錬磨の指揮官タイプ。対するあたしたちは初陣で、かつ合身も予行演習なしのぶっつけ本番。過信は禁物だよ』
『おお……意外と考えてるのね』
改が感心すると、シィは得意げに『えっへん!』と胸を反らして見せる。その際、ツンと上向いた美巨乳がぷるんと揺れ、その魅惑的な光景は年頃の男子には刺激があまりにも強過ぎたため、思わず改は視線を逸らす。
(くっ……! こいつぁ多感な青少年には目の毒だ。なまじシィが無自覚なだけに罪悪感も半端ない……!)
内心のどきどきを誤魔化すように、改はシィを戦場へと誘う。
『そんじゃま、いっちょ行きますか。――シィ、舵取りは任せる!』
『おっけー! 任された!』
意気投合すると、二人はベイグラントとの華々しいデビュー戦に意識を集中させた。




