プロポーズ
機神の解体作業は夜通しで行われた。
機体各部に組み込まれていた、ミドリをはじめとするリリウム極東支部所属のユリンたちは、カリアンに無理矢理身体をいじくられた影響で大変衰弱しており、治療のため、明朝にもリリウム本部のあるオーストラリアに移送される運びとなった。
一方、コアユニットから回収された舞姫は、同じく消耗が見られたものの、幸いにも命に別状はなかったため、今は医務室にて安静にしている。
万事、とは言いがたいものの、ひとまずの終着を見た今回の騒動。
――の、はずだったのだが。
「あ゛ーッ!」
夜分遅く。
医務室の廊下にて、盛大に泣きじゃくるシルヴィアと、それを必死にあやす、ベス、改、そしてシィの姿があった。
「おー、よちよち。どったのシルヴィ? どっか具合が悪いのかなー?」
「おっぱい? もしくはおむつ? いやでも、ユリンの子どもに人間のそれって当てはまるのか? そもそもユリンっておっぱい出るの?」
「べー、べろべろ、べー」
「あ゛ーッ!」
思い思いに四苦八苦しながら試行錯誤を重ねるが、シルヴィアは一向に泣き止む気配がない。
堪え兼ねたベスが癇癪を起こす。
「あー、もう! 小さい子を責めたくないけど、このままじゃうるさくてかなわないわ。マキの回復にも支障が出ちゃう」
「シルヴィアが何を欲して不機嫌なのか、それが分かればいいんだけど……」
「ふえーん。変顔し過ぎて元の顔に戻らなくなっちゃった……」
三人が途方に暮れていると、ある人物の名をシルヴィアが口にする。
「あ゛ーッ! 銀子たん、どこー!?」
「「「それか!」」」
ひょんなことから求めていた答えが分かり、三人は一斉に顔を見合わせた。
ベスは抱っこしていたシルヴィアを改に押し付けると、彼に緊急ミッションを厳命する。
「テンポウイン・カイ。今すぐこの子を銀子さんの元に送り届けなさい」
「なんで俺が?」
「私には、パートナーのマキを介抱するっていう重大な使命があるのよ」
「だったら俺も、マキ姉に付きっ切りで看病したいんだけど」
「まあ!」
ベスがカッと目を見開く。
「ここぞとばかりにレディの寝顔を盗み見ようなんて、度し難いわね、テンポウイン・カイ!」
「度し難いのはどっちだよ! さっきの殊勝な態度はどこ行った!?」
「あ゛ーッ!」
「ま、まあまあ、二人共落ち着いて」
見兼ねたシィが仲裁に入る。
「ごめんね、カイ。ちょっと行ってきてもらってもいい? あたしが行ってもいいんだけど、あなたたちを二人っきりにしとくと延々喧嘩しそうだし、一応、これでもベスは病人だし……」
「……まあ、そう言われると、確かに」
渋々折れてくれた改に、シィは更に平謝りする。
「ほんとごめん! マキの容体に変化があったら、すぐ知らせに行くから!」
「了解。――それじゃシルヴィ、早速ママのとこに行こっか?」
「あ゛ーッ!」
肯定とも否定ともつかぬ泣き声を上げるシルヴィアを連れて、改は医務室を後にした。
〇+
銀子を探して司令室を訪れると、そこにはややぐったりした様子の機子が、司令席に腰掛けて書類仕事をしていた。
「母さん、まだ起きてたんだ?」
「機神の件の報告書をまとめなくちゃいけないのよ。今日は徹夜かも」
「うへー、大変だ」
機子は書類の上に落としていた視線を改に向ける。
「そういうあなたこそ、まだ休んでなかったの? って言うか、シルヴィ泣いてるじゃない。どうしたの? 夜泣き?」
「そうなんだ。さっき、銀子たんどこってぐずってたから、多分銀子さんが恋しいんだと思って連れてきたんだけど……」
状況を説明しつつ、改は室内を見渡す。
「……母さん一人? 銀子さんは?」
「夜食を作りに食堂に行ったわ。さっきも言った通り、今夜は長丁場になりそうだったから。そろそろ戻ってくる頃だと思うけど……」
「そう……」
(なら、ここは大人しく銀子さんが戻ってくるのを待った方がよさそうだ)
そう判断した改は、物は試しに機子に聞いてみた。
「……母さんは、シルヴィのこと、泣き止ませられる?」
「えっ!? わ、私!?」
ひどく面食らった様子で機子は狼狽える。
「……私は……」
彼女はチラッとシルヴィアを一瞥するが、
「やー。おばたん、やー」
「ぐ……」
返答を聞く前に、肝心のシルヴィアからノーサンキューが出てしまった。っていうか、おばたんって……
「あっはっは! 戻ってくるなり面白いことになっておるの」
見ると、おにぎりの乗ったトレイを手に、エプロン姿の銀子がやって来るところだった。
彼女はおばたん呼ばわりされて閉口している機子にトレイを渡すと、入れ替わりに今度は改からシルヴィアを受け取る。
銀子が抱き上げると、さっきまで散々泣き喚いていたシルヴィアは、ケロッと泣き止んだ。
その見事な手際に改は感心する。
「はー……。流石ですね」
「いやはやそれほどでも」
ドヤ顔でふふんと鼻を鳴らすと、銀子は改に顔を寄せて、小声になって言った。
「……うちと比べると、如何せん人間の成人女性であるキコは老け顔じゃろ? シルヴィには、それがどうも怖いもののように映るらしくてな。いくら注意しても〝おばたん〟呼びは直らんし、ああやって毛嫌いされるもんだから、キコのヤツも、この子の扱いにはほとほと手を焼いているんじゃよ」
「ああ。確かにユリンの見た目って、みんな十代の女の子でしかないですもんね」
「……そこ、何こそこそ話してるの?」
どこか不貞腐れた様子でおにぎりをもぐもぐと咀嚼している機子に見とがめられ、改と銀子はそそくさと顔を離す。
銀子は何食わぬ顔でシルヴィアの小さな手を取ると、改に向かってバイバイさせながら別れを告げる。
「ま、それはともかくとして――改。こんな夜遅くに悪かったの。ほれ、シルヴィもお兄ちゃんにバイバイしな」
「ばいばい、おいたん」
「お、おいたん……」
せめて「にーたん」にしてくれないだろうか。
改が軽くショックを受けていると、それを見た機子が、どこか嬉しそうに声をかけてきた。
「どう? 私の気持ちが少しは分かったでしょう?」
「い、いや、そんなことで張り合わなくても……」
我が母ながら大人げない。
改がげんなりしていると、そこにシィが息せき切って駆け込んできた。
「あっ、いたいた! カイ! マキが目を覚ましたよ!」
〇+
改がシィと一緒に医務室に戻ると、そこではベスが涙ぐみながら、ベッドの上で上体を起こしている舞姫に抱き付いていた。
「もうっ! 二度と目を覚まさないんじゃないかと思って心配したんだから!」
「大袈裟だなあ、ベスは。見ての通り、わたしはピンピンしてるよ」
そう言って、病人服の袖をまくって力こぶを作って見せた舞姫は、入り口にいる改の視線に気付くと、慌てて袖を元に戻し、恥ずかしそうに掛布団を胸元までたくし上げる。
そんな彼女を微笑ましげに見つめると、シィは二人の所まで歩いて行き、舞姫にしがみ付いてるベスを引っぺがす。
「ほらほらベス。お邪魔虫はとっとと退散しなきゃ」
「ちょっ!? 誰がお邪魔虫よ!?」
「いいからいいから。今度はベスが我慢する番だよ」
「待って! あとちょっとだけ!」
「ダーメ」
「くっ……。シィ、あんたね。私とカイ、どっちの味方なの!?」
「カイだよ」
「即答!? シィ、あんたもか!?」
どこかで見たやりとりを繰り広げながら遠ざかっていくユリンの二人組。
部屋に残された改と舞姫は、しばらくの間、二人が去って行った方向を呆然と見送っていた。
ややあって、舞姫がおもむろに口を開く。
「……そんなところに立ってないで、こっちに来ない?」
「あ、うん。そうだね」
言われて、改はどこか緊張した足取りで彼女のいるベッドに近付く。手近にあったパイプ椅子に腰を下ろすと、改めて彼は舞姫と向き合った。
「えっと……無事で、何より」
「や、お陰様で。その節はご心配をおかけしました」
気恥ずかしさからか、何故かお互い堅苦しい言葉遣いになっていることに気付き、二人はどちらからともなくぷっと吹き出す。
最初に話を切り出したのは舞姫の方だった。
「……なんか、勇んで飛び出してった癖に、あなたたち二人にはカッコ悪いとこ見せちゃったね」
「いや、別にそんなこと……」
「機神に乗せられてからのことはよく覚えてないのだけど……その後に起こった事態を収拾してくれたのは、あなたとシィの二人なんだってね。……わたしたちの方が三年も先輩なのに、ほんと、情けないなぁ」
「マキ姉……」
居た堪れない様子の舞姫に、改は意を決して、自室から持ってきたある物を差し出す。
それは、北海道に飛ぶより以前、本州にいた頃から時間をかけて、彼女のために彼が準備してきた品だった。
それを目の当たりにした舞姫が、両の瞳を瞠る。
「……これ、指輪……?」
「結婚しよう、マキ姉」
信じられないといった表情をしている舞姫に、改は真剣な面持ちで求婚する。
「今まで、俺たちのことを守る為に戦ってくれて、本当にありがとう。――でも、もう一人で無理しないで。これからは、俺が隣でマキ姉のことをずっと支えるから。その為に、俺ははるばるここまで来たんだ」
「改……」
感情が昂って涙目になっている舞姫に、改は改めて告げる。
「俺と……結婚、してくれますか?」
「…………はい!」
彼女が心から頷いてくれたことに、改は人知れず歓喜する。
そして、彼女が身を乗り出すのを見て取ると、自身も椅子から腰を浮かせ、ベッドの上に前のめりになる。
いよいよ二人がキスしようとした矢先、思い出したように、舞姫が次のようなことを言い出した。
「あ、あのね、改。一つ、お願いがあるの」
「何?」
「これからはわたしのこと、マキ姉じゃなくて、ちゃんと、下の名前で舞姫って呼んで?」
「あ、そっか。確かに、いつまでもマキ姉のままじゃおかしいもんね」
「うん、そうだよ」
こくこくと首を縦に振ると、彼女は至極真面目な顔で、こう続けた。
「いつまでもお姉ちゃんのままじゃ、近親相姦になっちゃうもの」
「いやならないよ!?」
突然突拍子もないことを言い出した舞姫に、改は全力で突っ込みを入れた。何を言ってるんだこの人は?
「……? わたし、何かおかしなこと言った?」
自覚のない彼女の反応がおかしくて、とてもじゃないが、これからキスしようなんてムードには戻れないなと改は苦笑する。
しっかり者だけど、微妙に不思議ちゃんなこの幼馴染みが、彼は大好きだった。




