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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 5 決戦 ~覚醒する巨人~

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20/21

5-3 巨神VS機神

 一路大雪山を目指す機神(ギガス)の前に、それは音もなく降臨した。


 夜天の下に舞い降りた、二十メートル近い女性的なシルエットの巨身。


 それはさながら、氷の彫像のようであった。


 伸びた四肢はしなやかさと艶やかさを併せ持ち、動けば弾む豊かな胸部や、ねじればよじれるくびれた腰部から、それがただの硬質な氷ではなく、弾性に富んだ不思議な質感の物質だということが分かる。


 鼻梁の整った仮面のようなフェイス上では、レンズ状の双眸が煌々と碧く淡い光を発しており、後頭部に設けられた放熱索のような装飾は、人間でいうところのポニーテールの髪型を彷彿とさせた。


 その姿を目の当たりにした機神は、いよいよ歓喜を隠せない。


『銀閃とは色形こそ差異あれど、あれはまさしくユリン共の巨神……! 再び相まみえるこの時を、これまで幾度夢想したことかッ!』


 雄叫びを上げるなり、巨神化(ディープ・キッシング)したフリージア目がけて機神は突進を開始する。


『我の()(しん)と貴様らの巨神、どちらが上か、今日こそ決着を付けようぞ!』


『悪いけど、こっちにはそっちの酔狂に付き合ってあげる義理はないんだから!』


 啖呵を切って、これを迎え撃つフリージア。


 激突。


 北の大地を舞台に取っ組み合う巨神と機神。


 一騎討ちを始めた両者の膂力は拮抗していた。対格差の分、わずかに機神(ギガス)の方に軍配が上がるといったところか。


『フハハハハ! どうやらパワーはこちらの方が上のようだな!』


『だから言ってるでしょ! こっちはそっちに付き合うつもりはないって!』


 怒鳴ったフリージアの両目が発光し、機神の頭部に向けて怪光線が放たれる。


『ぬ?』


 光線の直撃を受けた機神の頭部は、被弾箇所から立ち所に凍結を始め、瞬く間に頭部全体が厚い氷に覆われた。


『その口うるさいど頭、こいつでかち割ってやる!』


 フリージアの後頭部から伸びるポニーテール状の装飾が、あたかも意思を持つかのようにうねうねとくねり出し、両手が塞がっている本体に代わり、凍り付いた機神の頭部へと狙いを定める。


『その首もらった!』


『――ククク、無駄だよ!』


 鋭利な氷刃と化したポニーテールの先端が機神の頭部を貫こうとした刹那、奴の頭部を覆う厚氷(あつごおり)が内側から破裂するように弾け飛んだ。


『わわっ!?』


『目の付け所は悪くなかったが、この程度で我を抑え込めるとは思わぬことだ』


 見ると、機神の核と思しき巨大な脳髄の周りを、ほどけた包帯がふよふよと浮遊していた。おそらく、頭部を形成していたあの包帯の力業で、外側の氷を無理矢理ぶち破ったのだろう。


 その包帯が、元の状態に戻ることなく、逆にフリージアのポニーテールを絡め取ろうとしてきたため、彼女は咄嗟に両手をスライム化して取っ組み合い状態を解除し、一旦機神から距離を取った。


『もうっ! 紛い物の癖に手強い!』


『フフフ……そんな口を利いていられるのも今の内だ。――知っているぞ? 貴様らは互いの身を思いやるあまり、長時間、その姿を維持出来ぬということをッ!』


『う……』


『その点、我が()(しん)には実質稼働限界がない。星力(エナ)の供給源たるユリンと、星力を引き出す触媒たる人間。その両者を生殺しの状態にとどめることで、ほぼ無尽蔵に奴らから継戦能力(星力)を得ることが出来るのだッ!』


 高らかに哄笑する機神(ギガス)を、フリージアはキッと睨み付ける。


『そんな(むご)い所業……これ以上、見過ごすわけにはいかないんだから!』


『抜かせ。残り限られたわずかな時間で貴様に何が出来る? 力も技量も及ばぬ相手に、一体どんな勝算があるとでも!?』


『うう……くっそぉぉぉぉッ!』


 フリージアは破れかぶれに両手を振り上げ、そのままそれを前方へと突き出した。重ね合わせた彼女の手の平からはブリザードが吹き荒れ、機神に向かって勢いよく迸る。


 その結果、奴の周囲一帯は、瞬時に猛吹雪でホワイトアウトした。


 だが、この期に及んでも、奴は冷静沈着だった。


『視界不良の混乱に乗じて奇襲を狙ったのだろうが……詰めが甘かったな』


 そう言って、出し抜けに機神は何もない虚空を振り向き様に膝で蹴り上げる。



 ドゴォッ!



 何かにクリーンヒットしたと思しき重々しい打撃音が、辺りに響き渡った。


『う……あ……!?』


 腹部にニーキックの直撃を受けたフリージアは、身体をくの字に折って苦鳴を漏らす。


 やがて力尽きたのか、その体躯は蒼い光の粒子となって、自ら生み出した吹雪の残滓の中に雲散霧消した。


『……ふむ、時間にして()()足らずか。察するに、話に聞いていた新参のユリンであろうが、その割には我相手によく戦ったと健闘を称えるべきか』


 対戦相手に敬意を表すと、程なく機神は小刻みにその肩を揺らし始めた。


『フ……フフ……。勝った……勝ったぞ……!』


 相手が銀閃ではなかったため、若干の物足りなさは感じたものの、かつて苦汁を飲まされたにっくき巨神に、遂に一矢報いてやったのだ。


 これを喜ばずして、何を喜べというのか。


『フフフ……ハハハハッ……ハァーッハッハッハッハッハッハッ!!』


 吹雪の晴れた月夜を仰ぎ、両手を広げて機神は高笑いする。



 その頭上で、悪戯っぽく囁く声があった。



「――それでは問題です。詰めが甘かったのは、あなたとあたし、果たしてどちらだったのでしょーか?」


『!?』


 読んで字の如く仰天したまま硬直する機神。


 奴の頭の直上で、大胆不敵にも逆立ちをする小柄な人影を月光が照らす。


 レオタードアーマーを鎧ったその少女は、不安定な足場でも姿勢を崩すことなく、凛然と名乗りを上げる。


「戦場に咲く氷華――フリージア、ここに推参!」


『き、貴様ッ! そんな所で何をッ!? ――ま、まさか……!』


「気付いた時にはもう遅いってね! ――巨神化(ディープ・キッシング)!」


 その掛け声と共に、氷の巨神は再度実体化を果たした。



〇+



 それは、改が提案した一種の賭けだった。


『――やられたふり?』


 機神との決戦に突入する少し前。


 フリージアの内的宇宙(インナースペース)にて事前の意識合わせを行っていたシィは、改から受けたその打診の意図が分からず、呆けた顔で彼を見返す。


 なお、例によってお互い全裸のため、律儀な改はシィの裸を見ないように固く目を閉じている。


『そう。奴との戦闘中、時間切れか何かを装って、意図的に巨神化を解除するんだ。そして、奴が油断している隙に背後へと回り――再度、残った力で巨神化して、奴の頭部を本体から切り離す、って寸法さ』


『そんなまどろっこしいことしないで、普通に全力真っ向勝負じゃダメなの?』


『それだと、両者の実力が互角の場合、長期戦になるのは必至だからね。策はあるに越したことはないよ』


『はー、なるほどー』


『できれば、うまい具合に奴の攻撃をもらって、自然な流れでノックアウトを演じたいところなんだけど……こればかりはタイミングの問題だしね。それに、下手にそれを狙い過ぎると、かえって動きが不自然になって、こちらの目論見が奴にバレる危険性があるし』


『段取りや立ち回りが重要ってことだね。……うん! きっと大丈夫! あたしとカイのフリージアなら、絶対やれるよ!』


 根拠が精神論でしかないシィの自信に、改は苦笑する。


『はは……。今この時ばかりは、シィのその前向きな明るさが、すごく頼もしいよ』


『ふふん♪ なんたってあたしは、カイの相棒ですから!』


 随分とその言葉が気に入ったらしい。


 得意げに(見えないけど)胸を張るシィに、ふと思い付いた疑問を改は尋ねる。


『ところで……今更だけど、巨神化ってどうやるんだ?』


『えっとー、それはね……』


 声と共に、シィとの距離が何となく近付いたような気がして、改は何とはなしに目を開く。

 すると、目と鼻の先には、シィの愛らしく端正な顔があって。


『……もっかい、キス、すればいいんだよ――』



〇+



『我を(たばか)ったのかッ!?』


 頭部をフリージアの両手にがっちりホールドされ、生殺与奪を完全に握られた機神は、先程までの余裕はどこへやら、見るも無残に錯乱していた。


『あたしたちユリンの強さの本質は、変幻自在な流動性にこそある。図体ばかりを気にかけるあまり、その特性を失念した時点で、あなたの負けは確定していたの!』


 二本の腕で機神の頭上に倒立していたフリージアは、やおら前後に開脚する。


 彼女が次に取る行動を予測したのだろう、機神は慌てて制止の声を上げる。


『ま……待てッ! 待ってくれ! この()(しん)は、我の……!』


『問答無用ッ!』


 機神(ギガス)の懇願には聞く耳持たず、フリージアは広げた足を左右に振り、反動をつけて身体を駒のように一回転させた。


 機神の首から先が、ぐりっと捻じ切れる。


『があああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』


 断末魔のような叫びを上げる機神の頭部。


 もぎ取ったそれをそこらに放り投げ、フリージアは続け様に、機神の武骨な胸部装甲を引き剥がしにかかる。


 そうして夜空の下に晒された心臓部のコアユニットを、フリージアはおもむろに掴み、一気に引き抜いた。


 どくん。


 一度、大きく跳ねるように脈打つ動きを見せたのち、機神はその機能の全てを停止させ、完全に沈黙した。



〇+



「はあっ……はあっ……!」


 最早ガラクタ同然の機神頭部から()()うの(てい)で抜け出したフレシュは、ちょうど彼の眼前で()(しん)にとどめを刺したばかりのフリージアを忌ま忌ましげに見上げる。


「おのれ……。よくも我の機神を……!」


 対銀閃用に開発した決戦兵器が、あんなどこの馬の骨とも知れぬユリンに後れを取るとは。


「……確かに、我にも慢心があったことは認めよう。――だが、このまま黙って引き下がるのは、我の矜持に(もと)る……!」


(どうせ奴も稼働限界のはず……。こうなれば、我が直々に……!)



「――そうはさせないよ」



 まるで、彼の胸中を見透かしたかのような、奸計をいさめる凛とした声。


 その声に、彼は聞き覚えがあった。


「き、貴様は……銀閃!」


 月明かりを背にフレシュを見下ろす、白銀のハイレグアーマーを装着した戦乙女が一人。


 白い閃光を放つツインテールを夜風に靡かせ、彼女は不敵に微笑を(たた)える。


「戦場に(ひらめ))く光華――ガランサス、推参。……久しいね。かれこれ、大陸で初めて巨神化を披露した時以来かの?」


 どこか旧交を温めるような口ぶりの戦乙女――ガランサスとは対照的に、フレシュの方はどこまでも不可解そうに邪推を続ける。


「ど、どうして貴様が今頃になって……? あの青いのに機神を迎え撃たせたのは、最初から我など歯牙にもかけないつもりだったとでも……?」


「さあ、どうだろうね。わざわざ説明してやる義理もないんで、そこはご想像にお任せするよ」


 (あお)るようにガランサスは碧眼を(すが)めるが、彼女の意に反し、フレシュはその挑発には乗らなかった。


「……いや、違うな。貴様は、我が身を犠牲にしてでも他者の命を優先する類いのお人好しだ。その貴様が、長らく前線に立つことなく、今日もこうして拠点を壊滅寸前に追い込まれるまで事態を静観せざるを得なかった。つまり、そこから導き出される結論は……」


「……ったく、勘のいい奴は嫌いだよ」


 暗に、これから自分が言わんとしたことを先んじて肯定したガランサスに、フレシュは嫌らしく嗤って見せる。


「フ……フフフ……。当てが外れたな、銀閃。機神を失ったとは言え、我はまだ戦えるぞ?」


「ふむ……」


 小さな顎に手を添え、ガランサスはしばし黙考する。


「……あんたの想像通り、確かに今のうちに、巨神化する力は残されていないが――」



 一閃。



「――それでも、今のあんたを(ほふ)るくらいなら、さほど造作もないんだよ」


「……む、無念」


 目にも留まらぬ神速の一撃で、一瞬の内に左右真っ二つに両断されたフレシュは、そのまま物言わぬ骸となって、呆気なく灰塵に帰した。



〇+



「――かはっ!」


 ガランサスの合身(キッシング)を解いた途端、機子は苦しそうに身を屈めて吐血した。その背中を、労わるように銀子がさする。


「まったく、無茶をしおって。うちはともかく、あんたはもう、まともに戦える身体じゃないんじゃぞ?」


「……こういう汚れ役は、大人の役目だもの。それに、私たちが出張ったからこそ、こうして後顧の憂いが断てたでしょう?」


「はあ……。あんたって子は、本当に不器用なんじゃから」


 呆れた様子でため息を吐くと、銀子はリリウム極東支部に引き返すべく、機子に肩を貸して歩き出す。


(愛する息子を守るために、奴らと戦う決意をしたこの子は、自分が(そば)にいれば、かえって息子を危険に晒し、いつか夫と同じように失うのではないかと恐れ……結果、徹底的に自分から息子を遠ざけた)


 本人は、息子に対し母親らしいことを何一つしてやれなかったことを悔やんでいるが、その生き様は、まさしく母そのものであったと、隣でずっと彼女を見てきた銀子は思う。


(……いつか、あの子にも分かってもらえる日が来るといいの)


 そんなことを思いつつ、銀子は機子と二人で帰路に就くのだった。

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