1-1 二つの出会い
卒業式を終え、母校の高校を後にしたその足で、天方院改は一路北海道へ飛び、大雪山を目指していた。
そこには、これからお世話になる予定の職場と、三年ぶりに再会する幼馴染みが待っているはずだった。
(待たせたな、マキ姉。これからは、俺も一緒に奴らと戦う)
十年前、突如として宇宙より飛来し、地球に漂着した異星金属生命体ベイグラント。
奴ら侵略者に対抗するとある組織に何らかの素質を見出された幼馴染みは、三年前の春に彼らのスカウトを受け、改や家族の元から去って行った。
当時、彼女と同じ高校に入学し、彼女と一緒に過ごすスクールライフに胸を膨らませていた改の落胆といったら並大抵のものではなかった。
(でも、それはマキ姉だって同じ気持ちだったはず)
別れ際、彼女は寂しげながらも決然とした面持ちで改にこう言った。
――改やみんなのことは、わたしが守るから――
(そんな覚悟を見せられたら、俺が泣き言を言うわけにはいかないじゃないか)
以来、三年間。
いつか彼女の力となるべく、改は研鑽を重ねてきた。
そして、今日。
満を持して、彼はその門戸を叩く。
ベイグラント対策機構リリウム。
ラテン語で百合の名を持つ組織、その極東支部の門戸を――
〇+
「「お引き取り下さい」」
入管ゲート前。
リリウム極東支部を訪ねた矢先、改は守衛の女性二人から、異口同音に門前払いを食わされていた。
「い、いや、ちょっと待って下さい……!」
取り付く島もない守衛二人の対応に、しかし改は必死になって食い下がる。
「確かに、アポなしで訪問した自分にも非はあると思います。――ですが! 問い合わせ先や相談窓口は一切不明。職員の公募があるわけでもない。そんな正体不明の怪しい組織に一般市民が接触を試みるとしたら、こうやって物理的に体当たりするしかないじゃないですか! 何か間違ってます!?」
途中から逆切れし、難癖と化した改の主張を、守衛二人は互いに顔を見合わせ、困った表情で受け止める。
「そりゃまあ……遠路はるばる大変だなぁとは思うけど、ねえ?」
「うーん……こればかりは、ねえ?」
「……?」
煮え切らない二人の態度に改は首を傾げる。
やにわに守衛の一人がパンと手を叩いた。
「テンポウイン・カイ君、だっけ? 君ってひょっとしてアレじゃない? いっそのことコネを頼ってみたら? 内部スタッフは無理でも裏方くらいには回れるかも」
「アレ? コネ?」
そんなもの、あればとっくに使っている。何を言っているんだこのお姉様は。
どうやら今のは彼女たちにとっても失言だったらしく、もう一人の守衛が先の発言をした守衛のことを肘で小突く。
「……今の、内部機密」
「あっ! やばっ!」
慌てて口を塞ぐ同僚に呆れた様子でため息を漏らすと、しっかりしている方の守衛は申し訳なさそうに告げた。
「端的に言ってしまうとね? とある事情により、リリウムは男子禁制なの。外部で活動している協力員を除き、構成メンバーに男性は一人もいないわ。だから、ここで働きたいっていうあなたの申し出は、どの道無理な話なのよ」
「な……」
ここにきて驚愕の事実だった。
(マキ姉と一緒に戦うのは、無理……)
それじゃあ、俺のこの三年間は、一体……
途端に足に力が入らなくなり、改は膝から崩れ落ちた。そんな彼に、二人の守衛は慌てて駆け寄る。
と、そこへ。
「あれれー? 珍しー。こんな所に人間の男の子がいるー」
不意に、ゲートの向こうから天真爛漫な声が聞こえてきた。
見ると、赤いチーパオに身を包んだ少女がこちらに歩いてくるところだった。
一本結びにした艶やかな髪は、珍しい紫苑色。
ぱちくりとして愛嬌のある、煌々とした碧眼。
スリットから伸びた瑞々しい太腿を惜しげもなく晒し、黒いパンプスでつかつかとやってきた少女は、へたり込んでいる改の顔を心配そうに覗き込む。
「……大丈夫ー?」
そう言って、彼女は改の右頬に左手を添えた。
(あ……)
その、ひんやりと冷たい、でも、とても柔らかな感触に、改は手放しかけていた意識をどうにか取り戻すことに成功した。
気付けば、守衛の二人が何故かあわあわとうろたえている。
「し、シィ……?」
「あんた、平気なの……?」
恐る恐るといった感じで尋ねる二人に、シィと呼ばれた少女は困ったような笑みを返す。
「あはは、特に無問題。やっぱりあたし、どこか変な落ちこぼれなのかな……?」
〇+
結局、改のリリウム入りはならなかった。
守衛二人に見送られ、すごすごと下山する彼の背中を気の毒にでも思ったのか、シィと呼ばれていたチャイナ娘が麓の街まで同行を申し出てくれた。ここは素直に、そのご厚意に甘えることにする。
別に、道中の話し相手が欲しかったわけではないが、もしかしたら彼女からリリウム内部の情報を少しでも引き出せるかもしれないと考えると、一時のやさぐれた気分に任せて無下にすることはできなかった。
(この娘は入管ゲートの向こうから現れた。ということは、少なくともリリウムの関係者ではあるわけで)
何も、機密情報を聞き出して取引材料にする、みたいな大それたことを考えているわけではない。
ただ、幼馴染みの安否すら確かめられずに、このまま指を咥えてとんぼ返りするのだけは、何だか癪だった。
「君は、リリウムのスタッフか何かなの?」
「うん、そだよー」
ガードレールの上を器用に歩きながら、あっけらかんとシィは答える。口調の幼さから薄々感じてはいたが、あまり頭の方は強くなさそうだ。
あくまで何気ない風を装って、改は世間話を続ける。
「さっき、自分のことを〝落ちこぼれ〟って言ってたけど、あれはどういう意味?」
「えー? そのまんまの意味だよー」
ガードレールの端からひょいと飛び降りると、シィは改に向かってはにかんで見せる。
「あたしにはまだフィータスがいないんだー。だから、今日もベスたちに置いて行かれて一人お留守番なの」
(フィータス……?)
初めて聞く単語だった。
もう一つの〝ベス〟ってのは、おそらく誰かの名前だろうが。
(フィータス……確か、ラテン語で胎児を意味する言葉だったか)
シィにとっての胎児。
その意味するところは皆目見当もつかない。
(まさか、まんま子供ってことはないだろうし……)
詳しく話を聞きたいところだったが、これ以上は流石に怪しまれると思い、少し話の切り口を変えてみる。
「そのベスってのにはフィータスがいるんでしょ? その人はどうやって自分のフィータスを見つけたの?」
知った風な口を利く改に、そうとは知らずシィはうんうんと唸って頭を抱える。
「なんかー、『自分のフィータスはこの人だ!』ってなった時に、ビビって来るらしいんだよね。その感覚がよく分からないっていうかー、そうなる相手がいつまで経っても見つからないっていうか……」
「なるほどね」
実際の所よく分かっていなかったが、とりあえず改は相槌を打っておく。
(人ってことから判断するに、そのフィータスってのは彼女たちにとって、何らかのパートナー的な存在なのだろう。そして、それがいない半人前のシィはここに居残り、フィータスのいるベスや他の連中は、一人前として今は出払っている、と。大体そんなとこか)
リリウムは対ベイグラントに主眼を置いた組織。そんなところに在籍している年端も行かない少女。
(三年前、マキ姉は弱冠十六歳でリリウムにスカウトされた。総合的に考えると、ひょっとしてこの子、ただのスタッフじゃなくて、噂のユリンって存在なのか?)
ベイグラントの襲来に呼応するように発生した、星の抗体とでも呼ぶべき存在――ユリン。
母なる海より生まれ出でし彼の存在が有する星の生命力――星力は、通常兵器が一切通用しないベイグラントに対抗し得る唯一無二の力だ。
ユリンの存在があったからこそ、人類は今日まで全滅を免れ、ユーラシアの大半を奴らに奪われるだけにとどまっていると言える。
聞いた話によれば、ユリンは人間の女性的なアイデンティティを持つ他、透明で不定形な形状に変態可能な性質を有すると言われており、普段は人間に擬態して社会に溶け込んでいるのだという。
目の前のコスプレチックなチャイナ娘がそうだと言われても、何ら不思議ではなかった。
(今の話から察するに、ユリンが奴らと戦うためにはフィータスというパートナーの存在が必要不可欠。そして、マキ姉は紛うことなき人間。おそらく、フィータスとしての素質を見込まれてリリウムにスカウトされたと見て間違いない)
だとしたら、彼女は今、誰かのフィータスとして戦場に立っている、ということなのだろうか。
(もしかしたら、シィが何か知ってるかも……)
などとあれこれ思案している内に、二人は麓の街の駅まで辿り着く。
「それじゃ、あたしは寄り道して帰るから、あなたも元気でね」
「えっ!? あっ、ちょ、待っ――」
別れを惜しむことなく早々に立ち去ろうとするシィ。
彼女を呼び止めようと、慌てて改が手を伸ばした、その時。
突然、けたたましいサイレンが辺りに鳴り響いた。
「なっ、何だ……!?」
本州では経験したことのない出来事に改が動揺を隠せないでいると、傍らのシィが顔を青ざめさせてぽつりと呟くのが聞こえた。
「どうしよう、アイツらが出たんだ……」
「アイツら?」
鸚鵡返しする改に、シィはこくりと頷く。
「この星に住むみんなの天敵……ベイグラントだよ」




