5-2 相棒
稚内某所にある雑居ビルの屋上に、スーツ姿の男が一人佇んでいた。その男は、火の手を上げて大雪山を目指す機神を遠くに見遣りつつ、何者かと携帯端末でやりとりをしているようだった。
――否。
携帯端末に見えたそれは、男の左手。
携帯端末の形状に変形させた己の左手を用いて、その男は遠くにいる誰かと会話していた。
「――あなた方がフィータスと呼ぶ人間の女性は、今そちらに向かっている機神の心臓にあたる場所に拘束されています。また、かの機神を制御しているのは脳にあたる部分。そこに、今回の騒動を引き起こした首謀者の同胞がいる。脳からの命令系統を遮断し、心臓部からフィータスの女性を抜き出すことができれば、あの機神は直ちにその動きを止めることでしょう」
『……どうして、仲間を売るような真似を?』
話し相手が抱いた至極当然の疑問に、男はフッと微笑を漏らす。
「なに、我々としても、あの者の行動は目に余るというだけのこと。ま、信じる信じないの判断は、そちらに任せます。いずれにせよ、残された時間はあとわずか、ということだけは、ご承知の程を。それでは――」
一方的に告げると、男は相手の返事も待たずに通話を終了した。
「いいんすか、アニキ?」
男が手の形状を元に戻していると、その背中に声をかける者があった。男は首だけで声の主を振り返る。
「フレシュ氏に日本を潰されては、お前だって困るだろう?」
「まあ、それはそうっすけど」
暗がりから姿を見せたチンピラ風の青年は、一抹の罪悪感もなさげにそう答えた。
それまで紳士然としていたスーツ姿の男が、一転して熱弁を振るう。
「たとえ同胞を裏切ったとしても……それでも僕は、エロ同人という文化を失いたくないんだ……!」
「はは、清々しいまでのクズっすね」
「ちょっと待て。なに他人事みたいに言ってるんだ。お前だって同じ穴の狢だろう?」
「? ムジナってなんすか?」
屋上の縁に並び立った二人のベイグラント――フェルムとクプルムは、改めて災禍の中心へと目を向ける。
「どの道、僕らではフレシュ氏の狂気を止めることはできない。ここは、彼らの巨神とやらに望みを託すしかあるまい」
「アイツらが負ければ、俺らが告げ口したのもいずれバレて、結局一連爆笑ですもんね」
「一蓮托生な」
その言葉を最後に、二人は夜の闇へと消えていった。
〇+
匿名のベイグラントからの謎の密告。
その真偽について、短い話し合いの末に出た結論は、この情報は信用に値する、ということだった。
「今回うちらに連絡を取って来たのは、おそらくクプルムとフェルム、そのいずれかと見て間違いない」
「いくらグロリオサが強いと言っても、この二体の指揮官タイプが最初から連携して攻め込んできていたら、リリウム極東支部はとっくの昔に危なかったでしょうね」
「ただ、どうして奴らが本気を出さないのか、そればかりは全くもって不明じゃ」
「一向に姿を見せないガランサスを警戒してのことか、それとも、別に何か事情があったのか……」
「一つ、言えるのは、あの二人にとってもカリアンの存在は、目の上のたんこぶ、ということじゃな」
「普通なら奴らの罠を疑うところだけど……この件に関しては、十分付け入る隙があると、私も思う」
以上が、銀子と機子の見解だった。
そんなこんなで、麓の街の駅前広場。
改とシィは、二人が初めて合身したその場所で、迫り来る機神を遠くに見上げていた。
感慨深げに、改は口を開く。
「あの日、運よくシィと出会えたから、俺は今、こうしてここにいられるんだよな」
「あたしも、カイがいてくれなかったら今もずっと落ちこぼれのままだったし、下手すれば、あの時のベイグラントにやられて今頃死んじゃってたかも」
「出会うべくして出会ったのかもな、俺たち」
「だねー」
どちらからともなく、二人は笑みをこぼした。
そして訪れる、沈黙。
最初にそれを破ったのは改だった。
「……悪いな、シィ。マキ姉を助けるために、君の命を危険に晒すことになって……」
「やだなー、水臭い。マキはあたしにとっても大切な友達なんだから、そんなこと全然気にしないでよ」
「それでも言わせてほしい。――ありがとう、シィ。君がいてくれて、本当によかった」
「……えへへ。普段、そんなこと言われたことないから、何だかすっごく照れくさいや」
もじもじとはにかみながら、シィはチャイナドレスの裾を弄んでいた。
「あたしの方こそ、カイにはすっごく感謝してる。あなたがあたしのフィータスになってくれたおかげで、こうしてマキを助けに行くことができるし、ベスの代わりにみんなを守る役目も果たせるんだから」
「……そっか」
「うん」
「…………」
「…………」
再びやってくる沈黙。
そんな中、隣に立つシィが、突として改の手を握ってきた。
初めて会った時と同じ、ひんやりと冷たく、とても柔らかなその感触に、改は一瞬どきりとする。
「……シィ?」
「あたし、カイのことが好き」
決戦を前にしての、唐突な告白。
それはどういう意味で? などという野暮なことは、流石に聞けなかった。
だから、改は正直に、胸の内を彼女に伝えた。
「……ありがとう。素直に嬉しい。……でも、俺は、マキ姉のことが……」
「うん、知ってる」
ぱっと手を離すと、シィは大仰な身振りでおどけて見せる。
「ちぇーっ! いいなあマキは。どうせならあたしも、助ける側じゃなくて助けられる側に回りたかったかも、なんちゃって」
「シィ……」
強がる彼女の姿が見ていられなくて、改は必死にかける言葉を探した。
この後の作戦に支障が出るとか、そういう打算めいた理由からなどでは決してなく。
ただ純粋に、彼女のことが、舞姫と同じくらい、自分にとって大事な存在なのだということを、どうにかして伝えたかったから。
考えに考え抜いた末、自分たちの関係を端的に表す言葉に、彼は何とか行き着いた。
「……俺たちは、相棒だ」
「相棒?」
きょとんとするシィに、改は頷く。
「そう。どちらが欠けてもダメ、互いになくてはならない、掛け替えのない存在。そういう風に思える相手は、後にも先にも、多分、シィだけだと俺は思う」
「相棒……」
「そう、相棒」
「…………」
「…………」
「…………あは」
吹き出すように笑うと、シィは目尻に溜まった涙を指で拭う。
「物は言いようだね」
「……ごめん」
自分でも、苦しい言い訳であることは重々承知だった。
ばつが悪そうにしている改に、シィは優しく微笑みかける。
「……でも、カイが、あたしのことも大切に想ってくれてるってことは、今のでちゃんと伝わった」
彼女は再び改の手を取ると、にへらと締まりのない笑顔を浮かべる。
「いいね、相棒。なんか、言葉の響きがいい感じ。うん、気に入った」
「……なら、よかった」
雰囲気がいつものシィに戻った気がして、改はほっと胸を撫で下ろした。
そんな彼の前に、元気を取り戻したシィが立つ。
「よし、行こうよ、カイ。囚われのマキを助けに!」
「ああ。――行くぜ、相棒!」
満を持して、二人はフリージアに合身した。




