5-1 ディープ・キッシング
「ん……」
夜更け過ぎ、リリウム極東支部の医務室。
昏睡状態のベスが発した寝言とも吐息ともつかぬ一声に、傍らで控えていた改とシィは、弾かれたように彼女の方へと目を向ける。
数時間前の夕刻、後方で待機していた偵察班によって回収され、リリウム極東支部に戻ってきたベスは、普段の彼女からは想像もできないほど激しく衰弱していた。状況報告もままならないまま意識不明の状態に陥ってしまったため、その彼女がようやく見せた身動きに二人とも気が気ではなく。
「カイ。いくらマキのことが心配だからって、あんましベスに食ってかかっちゃダメだよ?」
「言われなくても分かってるよ、そのくらい。シィの方こそ、感極まって泣き喚いて、ベスに余計な負担掛けるなよ?」
「ぶー、そんなことしないもん」
「ほんとかなぁ?」
「しないったらしないもん!」
「……人の頭の上で騒がないでもらえるかしら?」
しかめっ面で不平をこぼすと、ベスは緩慢な動作で瞼を開き、定まらぬ焦点で改とシィの二人を視界に捉える。
ややあって、その意識がはっきりし出すと、彼女は改の方を向き、そして、合わせる顔がなさそうに目を伏せた。
「……テンポウイン・カイ。私は、あんたに謝らないといけない」
〇+
所変わって司令室。
目覚めたばかりのベスを車椅子で移送した改たちは、改めて彼女の口から事の顛末を知ることとなった。
「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに……。奴らにマキを奪われたのは、完全に私の落ち度です……」
「自分を責めないで、ベス。事態を甘く見て、あなたにカリアンのことを伏せていた私たちの判断にこそ非があった。あなたは何も悪くない」
「それにしても奴め、もうこんな近くにまで来ておったとは……。ストーカーチックなのは相変わらずのようじゃが、マキをさらって一体どうするつもりなのか……」
ベス、機子、(シルヴィアを抱っこした)銀子が各々に遺憾の意を示す中、改とシィだけは存外前向きに現況を捉えていた。
「何はともあれ、マキ姉はまだ無事に生きてるんでしょ? 望みがあるなら、今はそれで十分だよ」
「そうそう! ベスには分かるはずだよ。マトリクスとフィータスはどこにいても心で繋がってる。ベスが今もマキのことをちゃんと感じられてるなら、今からでもきっと何とかなるよ!」
「でも……。――いえ、そうね。こうなってしまった以上、気持ちまで負けるわけにはいかないものね」
瞳にいくらか精彩を取り戻すと、ベスは正面から改を見据える。
その眼差しに、かつての敵意はもう、微塵もなかった。
「……カイ。こんなこと、私が頼めた義理じゃないけど……あの子を、マキのことを、助けてあげて? 口には絶対に出さないと思うけど……あの子はきっと、あんたが助けに来てくれるのを、今も信じて待ってる」
「ベス……ああ、分かってる!」
「えへへ。一件落着、仲直りだね!」
シィが挟んだ余計な一言に、ベスは気恥ずかしそうに唇を尖らせてそっぽを向く。
「べ、別にそんなんじゃないしっ!」
「もー、素直じゃないなぁ」
「あはは」
雨降って地固まり、場がわずかに和んだのも束の間。
館内に、緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。
「何事です!?」
「超大型アンノウンが出現! 稚内方面からこちらに接近中です!」
機子の問いかけに、オペレーターの一人が即座に応じる。
「ああっ!?」
突然、ベスが胸を押さえてうずくまった。
「ベス!?」
「どーしたのっ!?」
改とシィが駆け寄ると、ベスは自分の身体を抱くようにして、震えながらに声を絞り出す。
「……あの子の……マキの、命が、吸われていく……!」
〇+
それは、夜の帳を切り裂いて、静粛な北の大地に突如として君臨した。
全長三十メートルに迫る、白金の巨体。
人体模型のように所々露出した筋肉部や、血管の如き無数の動力パイプは、蓄光塗料のような淡い燐光を常時発している。
そして、巨躯が一歩足を踏み出すたび、あたかも血液が流れるが如く、筋肉や血管の内側を、七色に光る粒子が煌めくように走っていた。
機体各部を覆う外装の中でも、一際目を引く重厚な胸部装甲。
取り分け異質なのが、その頭部の形状だった。
他の部位が、いかにもベイグラントらしい金属ベースのボディなのに対し、ミイラのように包帯の巻かれたそこだけは、どこか有機的で、生物じみた印象を見る者に与える。
そのミイラ頭の口に当たる部分が、前触れもなく一文字にぱっくりと裂け――
次の瞬間、辺り一帯に、獣のような咆哮が轟いた。
〇+
〝機神〟と名付けられた件の超大型ベイグラントは、脇目も振らずリリウム極東支部のある大雪山を目指していた。
リリウム極東支部が保有する最後のペアとなってしまった改とシィは、機子・銀子と共にブリーフィングルームへと場所を移し、取り急ぎ対策を練っていた。なお、ベスは再び医務室に戻り、シルヴィアは彼女に預けている。
「信じがたいことに、機神は何らかの方法で抽出した星力を原動力としていることが、分析班の調査により判明した。タイミング的に考えて、連れ去られた舞姫ちゃんも決して無関係ではないわね」
機子が告げた分析結果に改は反発する。
「けどさ、星力を行使するにはユリンとフィータスの存在だけでなく、フィータスの強き善の意思ってやつが必要なんでしょ? 誰かを人質に取られたマキ姉が仕方なく手を貸している、って線はあり得なくないけど、そもそもそんな消極的な意思で星力は引き出せるものなの?」
「いや、無理じゃな」
銀子が即答する。
「それじゃ、邪な連中に『どうぞ星力を悪用してください』と言っとるようなもんじゃからな。カイが今言ったようなケースは、まず考えられない」
「じゃあ、どーゆーこと?」
小首を傾げたシィに、銀子は柳眉を寄せて「ううむ」と唸る。
「……考えられる可能性として、奴らに利用されているユリンとマキは現在、命に関わるような極限状態に置かれているのやもしれぬ」
「な……」
「そして、彼女らの〝死にたくない〟という根源的な命の叫び、生への渇望、そうした純然たる意思で発生した星力を、機神は強引に吸い上げている、といったところか……」
「それって、早くしないとマキたちが死んじゃうかもしれないってこと……?」
シィが口にした推測に、改がすぐさま反応する。
「今すぐ助けに向かわないとッ!」
「どうやって?」
急き立つ改の機先を機子が制した。
「あの化け物に真っ向から立ち向かったところで、返り討ちに遭うのが関の山。少し冷静になりなさい」
「ッ! ……だったら、こういう時にどうすればいいか考えるのが、母さんたちの仕事じゃないのか!?」
「どーどー」
いきり立つ改の脳天に、銀子がジャンピングチョップをかます。
「痛!? いきなり何すんのさ銀子さん!?」
「大の男がピーピー騒ぐな、みっともない。年の割に出来た子じゃと思っとったが、母親に反抗的なとこはまだまだ子どもじゃの」
やれやれと肩を竦めて嘆息すると、銀子はしばし逡巡したのち、意を決したように告げた。
「……奴に抗う術なら、別にないこともない」
「銀子? まさか、あなた……」
瞠目する機子に、銀子は頷く。
「そう、〝巨神化〟じゃ」
「「ディープ・キッシング?」」
耳慣れない単語に鸚鵡返しする改とシィ。
珍しく、機子が躍起になって異を唱える。
「この子たちにはまだ早いわ」
「なら、他にどんな手がある? 今のうちとあんたじゃ、精々通常の合身が限度。それとも何か? あんたは、まだあんなにちっさいシルヴィを戦に駆り出す気か?」
「それは……」
機子は口ごもる。
そんな彼女から、銀子はふいと目を逸らす。
「……それに、あんたが何と言おうと、どうやらこの子たちはやる気みたいじゃよ?」
「え?」
銀子の視線の先に機子が目を向けると、そこには揃って真剣な眼差しをした改とシィの姿があった。
「何か案があるなら教えてください、銀子さん。俺は、マキ姉の助けになるためにここまで来たんだ」
「あたしたちに出来ることなら何でもやるよ!」
「……だとさ」
目顔で「どうする?」と問う銀子に、機子は観念したように深々とため息を吐いた。
「……もう、勝手になさい」
トップの許しを得た銀子は、早速改たちへの詳細説明に入る。
「巨神化とは簡単に言うと、星力を瞬間的にオーバーロードさせることで巨躯を実体化させる、うちらユリンの切り札じゃ。おそらく例の機神は、かつてうちとキコが大陸で一度だけ行った巨神化に苦渋を舐めたカリアンが、うちらへの対抗策として作り上げたものと見て間違いなかろう」
「ってことはー、こっちが本物で、あっちが偽者ってこと? 俄然、何とかなりそうな気がしてきた」
シィの楽観的な発言に、しかし銀子は頭を振る。
「話はそんな単純じゃない。まず、巨神化は星力の消耗が著しいため、長時間その状態を維持することはできない。合身してまだ日の浅いあんたたちじゃ、持って三分程度が限界じゃろうな」
「どっちみち時間はかけてられないんだ。短期決戦一択な以上、大した問題じゃないのでは?」
どこか性急な改の意見に、それまで黙っていた機子が異見を差し挟む。
「闇雲にぶつかって、あと一歩のところで制限時間を迎えたのでは話にならないわ。確実を期すためにも、もう一押し何か決め手がほしいところだけど……」
と、そこへ、司令室から機子に対し、呼び出しが入った。
露骨に迷惑そうに機子が舌打ちする。
「こんな時に誰よ……? 今取り込み中だから、後にしてもらうよう先方に伝えてもらえる?」
『い、いえ、それが……』
歯切れの悪い応答をするオペレーターに対し、機子は厳しく叱責を飛ばす。
「報告は明瞭かつ簡潔に!」
『はっ、はい! ――実は、あの機神について、匿名のベイグラントからタレコミがありまして……』
「「「「は?」」」」
ブリーフィングルームにいる全員の声が、これ以上なく綺麗にハモった。




