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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 4 忍び寄る影

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17/21

4-4 捻じ曲げられる意思

「……ここは?」


 フレシュに連れ去られた先で、ようやく奴の体内から解放された舞姫(まき)の目に飛び込んできたのは、どこぞの廃工場と思しき、薄暗くだだっ広い屋内の風景だった。窓から斜陽の光が差し込む中、シートを被せられた巨大な構造物が、場内中央に鎮座しているのが見て取れる。


 現在地を探るべく、駄目元で携帯端末に手を伸ばそうとした矢先、彼女は身に起きたある異変に気付いた。


「うそ、服が……」


 携帯端末はおろか、身に付けていた衣服や装飾品の類いが一切取り除かれている。生まれたままの姿を無防備にさらけ出していたと知り、舞姫は条件反射的に乳房と股間を両の手で覆い隠した。


 申し訳程度にしか大事な部分を隠せていない心許(こころもと)なさに彼女が身を(よじ)っていると、不意に背後から声が聞こえた。


「安心しろ。今この場に、貴様の裸身に関心のある者など存在しない」


 振り返ると、そこには包帯塗れの全身にくたびれた白衣を着た年齢不詳の男が、(よど)んだ灰色の瞳で彼女を見下ろしていた。おそらく、人間に擬態したフレシュと見て間違いない。


 そして。



『な、何て見事なおっぱいなんだ! スケッチ出来ないのが何とも悔やまれる……!』

『ほんと、いいスタイルしてますよねー。フィギュアのモデルにしてえ……』



 小さな窓から興奮した様子で中を覗き込んでいるゴーレム二体を、舞姫はじーっと白眼視する。


「……外野が何か聞き捨てならないことを言ってるような気がするのだけど?」


「……我を含めた独立思考型の欠点でな。皆、各々の欲望に忠実なのだよ。実害はない、無視しろ」


 諦めたようにそう言うと、フレシュは壁際に設置された操作盤まで歩いて行き、それを操作して天井にマウントされたロボットアームを動かし始めた。


 ロボットアームが大型構造物に掛けられたシートの端を掴み上げ、その全貌を徐々に明らかにしていく。


「これは……」


 中から出てきたとんでもない代物に、舞姫は小さく呻き声を上げる。


 それは、一言で表すなら巨人だった。


 それも、先程戦ったフレシュら三体のゴーレムの比ではない、超大型の。


爪先(ここ)から頭頂部(向こう)まで、短水路(二十五メートル)の競泳プールくらい……ううん、もしかしたら、それ以上あるかも)


 だが、真に驚くべきは、その巨体などではない。金属と生物が融合したような、禍々しい異様さの方だ。


 人型をした金属の骨格や、体表を覆う装甲板自体に、特筆すべき点は何もない。


 一方で、むき出しになった二の腕やふくらはぎなどの筋肉や、全身に血管のように張り巡らされたいくつものチューブは、まるで生きているかのように時折脈動を繰り返しており、平時は濁った緑色が、脈動の瞬間だけ玉虫色に発光する様は、何とも言えない不気味さがあった。


 圧倒されている舞姫に、何を思ったか、フレシュが訥々(とつとつ)と語り始める。


「長年、我は、ユリンが持つ超常的な力――星力(エナ)について研究を続けてきた。数え切れぬほどのユリンを捕らえ、様々な実験を試みたが、結局その特性を解き明かすことはできなかった」


「…………」


「ユリン自身が保有しているにもかかわらず、その行使には人間という触媒が必要。それも、触媒がただ存在すればいいというわけではない。曖昧にして不確実。我の研究は難航を極めた。――そんな折、奴と……銀閃と出会った」


(銀閃……銀子さんと長官が合身したガランサスのことね)


 以前、二人から、ベイグラントにそのような二つ名で呼ばれていたという話を聞いたことがあった。ビームとスピードを駆使した神速の妙技故に付けられた異名だと銀子は得意がっていたが、機子の方は「中二病みたいでなんか恥ずかしい……」とこぼしていたのを覚えている。


 フレシュの回想は続く。


「奴の強さは突出していた。初めの内は、奴がユリンの中でも特別な個体なのだと思っていたが……幾度か刃を交える中で、そうではないと我は考えを改めた」


「……と言うと?」


「――気迫だ。奴と、それ以外のユリンでは、その点に大きな隔たりがあった。そして、その気付きは、先刻の貴様らを見て確信へと変わった」


 フレシュが舞姫の方をばっと振り向く。


「貴様らの強さは、純粋に星力の出力に比例する。では、その星力の出力は、一体何に依存しているか? ……その答えは、貴様らがフィータスと呼ぶ相方の人間の意思の強さだと我は見ておる。そして、ここにある()(しん)は、その仮説を実証するために我が開発した、対()()決戦兵器なのだよ!」


「きゃっ!?」


 高らかに吠えると、フレシュはいきなり舞姫を抱きかかえ、横たわる超大型巨人の胸部まで一気に跳躍した。そして、心臓にあたる部位の装甲板の上に降り立つと、奴は舞姫を抱えたまま、興奮醒めやらぬといった様子で長広舌を振るい続ける。


 その両の瞳は、狂気を爛々と宿していた。


「この機体は、我ら()()()とユリンの連中のハイブリッドでな。星力を利用するため、捕らえたユリンを生体ユニットとして(生きたまま)機体各部に組み込んでおる」


「ッ!? それってまさか……!」


 驚愕の眼差しを向けた舞姫に、フレシュはにやりと嗤う。


「察しがいいな。そうだ。先程から絶えず蠕動(ぜんどう)している筋肉や動力パイプには、液状に形態固定した貴様の仲間のユリン共が満たされておる」


「……酷い」


 フレシュのことを少しは話せる相手だと思った自分の浅はかさを舞姫は呪った。


 奴は次に、機械巨人の胸部装甲を開放し、その内側に隠されていた心臓部へと舞姫を押し込む。


 心臓部の内部構造は、これまたグロテスクな様相を呈していた。液状化ユリンで満たされたイソギンチャクのような触手がそこかしこで蠢いており、それらの触手が、中に放り込まれた舞姫の全身に殺到するようにしてまとわりつく。


 足、手、腿、腕、尻、肩、腰、胸、胴。


 末端から順に、(なぶ)るように舞姫の身体を蹂躙していった触手は――


「んぐっ!?」


 とどめとばかりに、彼女の口内をも犯しにかかる。


(く、苦しい……!)


 全身を(くま)なく責め(さいな)まれる苦痛に舞姫は喘ぐ。


 そんな彼女を、喜悦に満ちた双眸で見下ろしながら、フレシュは講釈を続ける。


「思うに、ユリンと人間が合体するためには、何らかの相性が一致する必要があるのだろう。でなければ、星力という圧倒的な力を有しながら、貴様らが慢性的な戦力不足に陥っていることの説明がつかん。そして、ここでいう合致すべき相性こそ、(すなわ)ち、意思。波長の合う意思に感応したユリンは、その持ち主である人間と合体し、その者が持つ意思の強さによって星力を活性化させる……大方そんなところか」


「む~ッ!」


「それを踏まえた上で、星力を利用するにはどうすればよいか、我は考えた。結果、導き出した答えが、意思の画一化だ。この場に捕らえ、機体に組み込んだユリン共。元は別々の個体故、求める意思の性質もそれぞれ異なったであろう。――が、今、生体ユニットと化した奴らが一心に願うのは、〝助けてほしい〟、〝楽になりたい〟という、安楽への渇望のみ。これから貴様には、奴ら同様に生き地獄の苦しみを与え、その強き意思をユリン共と同調してもらう」


「んん~ッ!」


「それにより、貴様らの合体と同じ状態を心臓部で疑似的に作り出す。そして、貴様らが自ら発生させた星力を、機体の頭脳部と同化した我が操ることで、その力を我が物にしようというわけだ。――問題は、生半(なまなか)な意思の持ち主(人間)では、すぐに精神が崩壊してしまい、実用に耐えぬであろうということだが……我の見立てでは、おそらく、貴様は折れない」


「んむ~ッ!」


 一方的に手前勝手な言い分を捲し立てるフレシュに何も言い返すことが出来ないまま。


 心臓部を覆う胸部装甲が、遂に奴の手によって閉じられ、舞姫は完全に、機械巨人を制御するための生体ユニットとして、機体に取り込まれてしまった。


(ああ、改……)


 心の中で想い人の名を呼ぶが、その声が届くはずもなく。


 薄れゆく意識の中、野望に燃えるフレシュの怨嗟の声を、彼女は聞いたような気がした。


「待っていろ、銀閃。かつて、我を完膚なきまでに打ち負かした貴様の巨神。今度は我の()()が貴様を叩きのめす番だ……!」

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