4-2 SOS
「緊急事態?」
改がリリウム入りして二日目の午前。
招集を受け司令室に集った改、シィ、舞姫、ベスの四名は、機子と銀子から、今朝方入ったばかりの不穏なニュースを知らされた。
「ええ、そう。――改。警戒のため、ペトロパブロフスク・カムチャツキーに残してきたメンバーには、リリウム独自の信号弾を携帯させていることは、あなたも知っているわね?」
「ああ、昨日の座学で習った。敵地で通信が出来ない状況に備え、あらかじめ三色の信号弾を持たせてるって。――だよな、シィ?」
「うん。えっとー、確か、色は信号機と同じ、青、黄、赤でー、青は無問題、黄色は要注意・警戒、赤は異常有りを意味する、だよね?」
「よく出来ました。――で、後方で待機している偵察班がそれを観測し、司令室に伝達することになってるんでしょ?」
シィの復習も兼ねて回答した改に、機子は頷く。
「今朝、その偵察班から、赤色の信号弾を観測したと連絡があったわ」
「そんな……」
口元に手を当て、舞姫が絶句する。対するパートナーのベスは、冷静に状況を整理していた。
「現地に二十四時間待機して、特に異常がなければ夜明けを待って帰還するよう、あの子たちには伝えていたけど……。帰還中に何かあったか、もしくは、もう既に何か起こった後か……」
「どういうこと?」
疑問を口にしたシィを、ベスは横目で一瞥する。
「罠かもしれないってこと。私たちを誘き出すための」
「……それって、他のみんながやられちゃったってこと?」
にわかに緊迫してきた空気を、ぱんぱんと手を叩く軽快な音が打ち消す。
「それを確かめるためにも、今からあんたたちには現地調査に向かってもらいたいのじゃ」
凛々しい顔付きでそう切り出す銀子だったが――
「だー」
如何せん、銀髪ピッグテールの幼子を負ぶった状態で言われても、いささか威厳に欠ける感じが否めない。
今はそれを訊くタイミングじゃないと頭で分かっていながら、それでも改は、好奇心に駆られ、興味本位でつい質問してしまった。
「銀子さん。前から気になってたんですけど……その子、誰の子です?」
「ん? 言っとらんかったか? この子――シルヴィは、うちとキコの愛の結晶じゃ♡」
「は?」
「銀子、その話は後にして。ややこしくなる」
「ほーい」
機子にNGを出され、ちょっとがっかりそうな銀子。
自分のせいで脱線しかけた話題を、改は軌道修正する。
「ともあれ、これが俺とシィの初任務ってわけか。――頑張ろうな、シィ」
「うん!」
「張り切ってるとこ悪いけど」厳しい語調で口を挟んだのはベスだ。「調査には私とマキだけで向かうわ。あんたたちは大人しく留守番してなさい」
藪から棒に釘を刺され、普段は温厚なシィも流石に気色ばむ。
「それってどういう意味、ベス? あたしたちじゃ足手まといだっていうの?」
「あんたこそ、この前の陽動を忘れたの? 敵がああやってこれまでにない策を弄してきた以上、不用意にリリウム極東支部を留守にするわけにはいかないわ。……それに、正直、今回の任務は、あんたたちにはまだ荷が重すぎる」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃん!」
「あーあー、待て待て。こんなとこで喧嘩するでない」
珍しく火花を散らし始めた二人の間に、銀子が呆れた様子で仲裁に入る。
ユリン同士のいざこざはユリンに任せるつもりなのだろう、機子はそちらには一切目もくれず、こちらはこちらで舞姫と改の意思確認へと移る。
「舞姫ちゃん。ベスはああ言っているけど、パートナーのあなたの見解は?」
「そうですね……。わたしも、あの子の意見に賛成です。確かに、改たちがいてくれた方が何かあった時に心強いですけど……下手すると、ツーペア揃ってミイラ取りがミイラになる可能性も無きにしも非ずだし……」
舞姫の意見に機子は同意する。
「そうね。リスクヘッジは必要だと私も思う」
「俺たちはまだペーペーだから、ここは素直に上官と先輩の判断に従うけど……本音を言わせてもらえば、俺はマキ姉たちと一緒に行動して、マキ姉の力になりたい」
真摯な眼差しでそう告げた改に、舞姫は口元を綻ばせる。
「ありがと、改。その気持ちだけで今は十分。――でも、大丈夫だよ、きっと。後方には偵察班がちゃんとバックアップについてるし。それに――」
「安心なさい、テンポウイン・カイ」
気付けば、ベスが舞姫の隣に並び立っていた。その向こうでは、いじけたシィを銀子がまあまあと宥めているのが見て取れる。
「私とマキが合身したグロリオサは無敵よ。極東のエースの実力、舐めてもらっちゃ困るわね」
そう啖呵を切ったベスは、
「行くわよ、マキ」
「あ、うん」
この話は終わったとばかりに、舞姫を伴って司令室から出て行った。
「マキ姉……」
(あの二人の能力を疑うつもりは、これっぽっちもないけど……)
ただ、状況が状況なだけに。
言葉では言い表せられない、得体の知れない胸騒ぎを、改は覚えずにはいられなかった。
〇+
「あの偉そうな先輩ら、今頃みんなやられちゃったんじゃない? ざまーないよね」
出撃準備中の更衣室。
舞姫と二人きりになった途端、突然偽悪的に振る舞い出したベスを、窘めるように舞姫は一瞥する。
「そんなこと言っちゃだめだよ、縁起でもない」
「あんたがいつもそんなだから、代わりに私が言ってあげたの! だって腹立つじゃない、あの連中の態度!」
「現地にはミドリたちだっているのに、心配じゃないの?」
「そりゃ、心配っちゃ心配だけどさ……」
悪ふざけを恥じるように、口を噤んで押し黙るベス。
そんな悪に徹しきれない相方を微笑ましく感じながら、舞姫は残してきたメンバーの安否に思いを馳せる。
「みんな、無事だといいけど……」
「……まあ、そうね」
それから、しばらく無言になる二人。
リリウム指定の制服を脱ぎ、寒冷地用の戦闘衣に着替えていた舞姫の背中に、その様子を黙って見守っていたベスが、唐突に声をかけた。
「――それよりも」
「?」
舞姫がベスの方を振り向くと、彼女は神妙な面持ちで口を開く。
「……これで、よかったんでしょ?」
「よかったって、何が?」
「しらばっくれないで。あんたの不調、この私が気付かないとでも思う?」
「…………」
黙したままの舞姫を肯定と受け取ったのか、荒々しく息を吐いて、ベスは続ける。
「アイツのこと、極力戦いに巻き込みたくなかったんでしょ? アイツや家族の暮らす平和な世界を守りたいっていうのが、争いごとの嫌いなあんたが奴らと戦うことを決めた、そもそもの動機だったものね」
「……ふふ」
出し抜けに舞姫が忍び笑いを漏らしたため、それまでしたり顔でドヤっていたベスは、一転して狼狽する。
「え? 何でそこで笑うの? 私、何かおかしなこと言った?」
「や、ごめん。……ベスは、わたしのこと買い被り過ぎだよ。わたしが今スランプなのは、そんな格好のいい理由なんかじゃない」
観念した様子で、舞姫は心情を吐露し出す。
「……嫉妬してるの、シィに」
「は? 嫉妬? シィに? 何で?」
全く理解不能といった感じのベスに、舞姫はただただ苦笑いを浮かべる。
「ユリンのあなたには、やっぱりちょっとピンとこないか」
「何それ? もしかして馬鹿にしてる?」
「違うって。どう説明すればいいのかな……」
舞姫は、人間の男女関係について、掻い摘んでベスに説明した。
一通り話を聞き終えたベスは、顎に手を当て、咀嚼するようにふむふむと頷く。
「……なーる。つまり、ファーストキスは特別で、大好きなカイのそれを、ぽっと出のシィに奪われたのが口惜しいと?」
「いちいち声に出さなくていいから」
「それだけならまだしも、シィはカイにべったりで、カイの方も満更じゃなさそうなのが、傍から見ていて何とも歯がゆいと?」
「もうやめて~」
茹蛸みたいに赤面しながら、舞姫は耳を押さえて地べたにへたり込む。女の子座りでいやいやするその頭からは、今にもしゅっしゅと湯気が立ち上りそうだった。
そんなふにゃふにゃの相方を、ベスは意外そうに見下ろす。
「……マキのこと、自己犠牲の塊みたいな子だと思ってたけど、そういう俗っぽいとこもあったのね」
「……見損なった?」
上目遣いで恐る恐る見上げてくる舞姫に、しかしベスは相好を崩し、ふるふると首を横に振る。
「まさか。そっちの方がよっぽど人間っぽいと思う。むしろ、今までが諸々執着なさ過ぎて、かえって心配だったくらいね」
そう言うと、ベスはちょこんとしゃがみ込み、舞姫と同じ目線の高さになって助言する。
「でも、そういうことなら今私に話したこと、正直にアイツに伝えた方がよくない? 独りでうじうじ溜め込んでないでさ」
「他人事だと思って簡単に言わないでよ……」
「いやいやいや、奴らと戦うよりよっぽどイージーでしょ。アイツがマキのことどう想ってるかなんて、出会ってまだ二日目の私にさえ一目瞭然だもの。今更何を怖がる必要があるっていうのよ、まったく」
「ぐ……」
言われっぱなしの舞姫は、悔しそうに歯噛みすると、何とか言い返すべく反論に転じる。
「そういうベスこそ、どういう心変わり? 改のこと、嫌いなんじゃなかった?」
「……別に、嫌いってわけじゃない。ただ、気に食わないだけ」
決まりが悪そうに、ベスはそっぽを向く。
「人見知りのシィがあんなに懐いてて、マキがそこまで入れ込んでるんだもの。悪いヤツじゃないってことぐらい、私にも分かる」
極度の男嫌いから発せられた前向きな言葉に、舞姫は自然と口元が緩むのを感じた。
「それ、改にちゃんと伝えた方がいいと思うよ?」
「やーよ。何で私が」
ぶっきら棒に言い放つと、ベスはすっくと立ち上がる。
「ほら! さっさと着替えて! 準備が出来たらとっとと出発するわよ!」
「あ、逃げた」
「せからしか!」
早口でまくし立てる素直じゃないベスに、舞姫は小さく吹き出すと、半脱ぎ状態だった身なりを整え、軽い足取りで相方の後を追った。




