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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 3 新生活

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13/21

3-4 実技、そして凶兆

 束の間の昼休憩を挟んだ、午後。


 改はシィと連れ立って、指定の訓練場に赴いていた。


 そこには既に、舞姫(まき)とベスの姿がある。


「遅いわよ、テンポウイン・カイ! 私を待たせるなんて百万年早いのよ!」


「違うのベス。道案内してたあたしが迷子になったのがいけないの。カイは何も悪くないよ」


「あ、そうなの? ――ふ、ふんっ! シィの方向音痴を把握してないなんて、フィータス失格ね!」


「無茶言うなよ……」


 ああ言えばこう言うベスに改が辟易していると、何やらもじもじした様子で舞姫が相方に声をかける。


「ね、ねえ、ベス。今からでも遅くないし、両ペア合身(キッシング)してからもう一度ここに集合ってことにしない?」


「え? 何で?」


「だって、その……見られるの、恥ずかしいし……」


 煮え切らない態度でごにょごにょ呟く舞姫に、若干苛立った様子でベスはその提案を突き返す。


「何を今更。いつもやってることでしょ? 第一、行ってまた戻って来るなんて、いちいちめんどくさい」


 そう切って捨てると、彼女は無造作に舞姫の唇を自らのそれではむっと塞ぐ。目にも留まらぬ早業に、舞姫を含めた他の三人が瞠目する。


 直後、ベスと舞姫の周囲で紅い炎が舞い上がり、一瞬にして二人の身体を包み込む。次の瞬間には、炎のベールは掻き消えるように上がり、中から真紅の髪と褐色肌が特徴的な、ビキニアーマーの戦乙女が姿を現す。


「戦場に舞う炎華――グロリオサ、推参」


 合身に成功したグロリオサは、心なし具合が悪そうに、かすかに顔をしかめたのち、改たちにも合身を促す。


「……初めてじゃないのでしょう? あなたたちもさっさとしなさい。時間の無駄だわ」


「よぉ~し!」


 鼻息荒く意気込むと、シィは改の前に移動し、爪先立ちになってタコのように唇を突き出す。


「んー」


「ぶふっ!」


 眼前に迫るひょっとこみたいな顔に、改は思わず吹き出して顔を背けてしまった。


 これにはシィも心外とばかりにぷくーっと頬を膨らます。


「何でそこで笑うのー!?」


「くく……や、ごめん」


「もぉー。遊びじゃないんだから、ちゃんとしてよね!」


 珍しくご立腹のシィを何とか宥め、改は気持ちを落ち着ける。余計な力が抜けたのか、今度はシィも自然体だった。


 両の(まぶた)をそっと閉じ、細い顎をわずかに上向かせ、小さな唇を気持ちすぼめている彼女を、


(……綺麗だ)


 素直に改はそう思った。舞姫への想いがなければ、引き寄せられるように、自分から彼女の唇を求めていたことだろう。


 いくらか残った理性が、その衝動を押しとどめた。


 改は作り笑いを浮かべて、成り行きをじっと見守るグロリオサに窮状を訴える。


「えっと……じっと見られてると、何だかやり辛いんですけど……」


「いいから早くしなさい」


 有無を言わさぬ迫力に、改はぐっと息を呑む。


(随分と高圧的だな。シィの話じゃ、合身時の主人格はユリンがベースってことだけど、そこにはフィータスの意思も内在するって言ってたし……)


 今のグロリオサの態度は、舞姫とベス、どちらの感情が表出したものなのか。


 それを、改に推し測ることはできなかった。


(……ええい、ままよ!)


 覚悟を決めると、改はシィの両肩に手を添え、自らの唇を、彼女のそれにそっと重ねた。


 スパークする視界。


 いつしか彼は、シィと一体化し、彼女と思考を共有した存在――フリージアとして、その場に顕現していた。



〇+



「戦場に咲く氷華――フリージア、ここに推参」


 レオタードアーマー姿で一本結びの青髪を揺らしながら、フリージアはその(あざ)やかな碧眼をグロリオサへと向ける。


「言われた通り合身(キッシング)したよ。次はどうすればいい?」


「今から、私とあなたで模擬戦を行うわ」


「模擬戦?」


「そう。その中で、星力(エナ)の使い方や身体の動かし方を覚えてもらうと同時に、合身状態に身体を慣らし、持続力を高めることが目的――よ!」


 言い終わらない内に、グロリオサは瞬速で距離を詰め、両手に生成した炎の(かぎ)(つめ)で軽やかに攻撃を繰り出してきた。


「ッ!?」


 その舞うような連撃を、フリージアは咄嗟のスウェーバックで回避し、そのまま数度のバク転で距離を取る。


「あっぶないなー! いきなり何すんのさ!? おっぱいにちょっとかすっちゃっただろ!」


「……でも、痛くないでしょう?」


「? ……あれ、ほんとだ」


 大きな胸をさわさわしながら、不可解な現象に首を傾げるフリージア。


 一方グロリオサは、どこか憮然とした面持ちで、今起きたトリックの説明を始める。


「この訓練場は、超巨大なXR(クロスリアリティ)体験装置のようなものなの。星力は数値化され、ゲームでいうところのヒットポイントとして計測されるわ。実際には星力は消費されず、星力によるダメージを受けることもない、言わば、超リアルな実戦シミュレーターってとこね」


「はぁ~、そりゃすごい」


「注意しなければならないのは、数値化されるのはあくまで星力を用いた攻撃のみってこと。物理的に殴ったり蹴ったりしたら、普通に痛いし怪我するから、そこのところ、よろしく」


「うん、分かった。――って、じゃあさっきの攻撃、クリーンヒットしてたら超痛かったヤツじゃん!?」


「ふふ、バレた?」


「バレた? じゃないよ! ほんとにもー!」


 冗談とも本気ともつかないグロリオサの言葉にムキーッとなったフリージアは、即座に星力製の氷刀を生成し、反撃へと転じるのだった。



〇+



「ほお? 合身(キッシング)二回目にしてはフリージアのヤツ、グロリオサ相手になかなかよく立ち回っとるじゃないか」


 シルヴィアを抱きかかえながら、司令室のモニターで二組の訓練風景を眺めていた銀子は、密かに感嘆の声を漏らした。やがて彼女は、午前中の内に職員に調べさせた、手元の資料に目を落とす。


 それには、改の経歴が事細かに記載されていた。


「全国模試は常に上位をキープ。また、三年連続で剣道の全国大会に個人で出場。内、三年時は優勝を飾る。他にも、一介の高校生としては華々しい実績の数々、と……。こりゃシィのヤツ、カイのポテンシャルに大分救われとるかもな」


「能力以上に大切なのは、強き善き想いの力。それはあなたが一番よく分かっているんじゃなくて、銀子?」


 銀子が声のした方を見ると、リリウム上層部との定例通信のため執務室に赴いていた機子が戻って来るところだった。


 モニターに目を向けながら、機子は所感を述べる。


「どちらかと言うと、グロリオサの動きにいつもの切れがないわ。調子でも悪いのかしら?」


「むぅ。やっぱりあんたもそう思うか? どうも、新入り相手に手加減しとるってわけでもなさそうなんじゃが……」


 銀髪ツインテの毛先を人差し指でくるくるしながらそう呟いた銀子は、隣に立った機子の表情が幾分険しいことに気付く。


「またそんなむつかしい顔して。シルヴィが見たら、また泣いてしまうじゃろうが」


「…………」


「……真面目な話か?」


 冷やかすのをやめ、若干声のトーンを落として問う銀子に、機子は無言のまま、重々しく首肯する。


「……欧州が陥落(おち)たわ」


「何?」


 虚を衝かれた様子で目を見開く銀子に、機子は続ける。


「戦闘記録を見た。姿形はいくらか変わっていたけれど、多分間違いない。大陸で何度かやり合った、あいつよ」


「……奴か」


 苦虫を噛み潰したような顔で銀子は呻く。


 数多(あまた)のユリンを恐怖に(おとしい)れ、現時点で確認された個体の中では最凶最悪と称されるベイグラントがいる。


 その名も、コードネーム――〝カリアン〟。


 カリアンは、人間や動物を執拗に狙う他の個体と異なり、ユリンに対し異常な執着を見せる奇行種として知られていた。奴に拉致され行方不明となったユリンは数知れず、今でこそ極東のエースと謳われるようになったベスに、かつて男嫌いに繋がる根深いトラウマを植え付けたのも、そのベイグラントであった。


「こっちに戻ってからは久しく見かけんと思ったが……やはり、まだ生きておったか」


「おそらく、今までは私たちとの戦闘で負った傷の治療に専念していたのでしょうね」


 そのような危険な相手が欧州を落としたとなると。


「次なる標的は、極東(うち)か、北米か……」


「やれやれ……。面倒なことにならなければよいが……」


 機子と銀子は互いに顔を見合わせると、盛大にため息を吐いた。

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