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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 3 新生活

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12/21

3-3 座学

 翌日。


 早速改は、シィと一緒に正式なペアとしての訓練を受けることになった。


 まずは午前中の座学にて。


「リリウムの支部は、日本にあるここ、極東支部の他に二つある。それはどことどこか」


 教官役を務める銀子は、そこで言葉を切ると、講義を受けている改とシィを交互に見やる。


「……シィ。居眠りしとるってことは、当然答えは分かっておるんじゃろうな?」


「はえっ!?」


 よだれを垂らして眠りこけていたシィは、突然名指しされ慌てて覚醒する。


「えっとぉ……北海道と沖縄?」


 スコォン!


 見当外れな回答をした彼女の額に、チョークが小気味よい音を立てて直撃した。


「いったぁぁい!?」


「馬鹿者。そりゃどっちも日本の地名じゃ。しかも、北海道は今うちらがいるこの場所のことじゃろうが、まったく」


 呆れてものが言えないといった様子で深々とため息を吐くと、次に銀子は期待の眼差しを改へ向ける。


「……カイ。あんたはどうじゃ?」


「アラスカにある北米支部と、イギリスにある欧州支部ですね。その内、欧州支部は、本土防衛とアフリカ戦線の維持で激戦区になっていると聞いています」


「大いに結構」


 大変満足そうに、銀子は(しき)りに頷いて見せる。


「はあ……。昨日まで一般人だったカイに出来て、どうしてあんたに答えられないのか、うちは理解に苦しむよ」


「あはは、面目ない」


 さして悪びれた様子もなく、シィは(ほが)らかに笑った。



〇+



「二人共、これが何だか分かるかの?」


 そう言って銀子は、ブリーフィングルームの壁面モニターに一枚の映像を映し出す。


 それは、非常に不鮮明な画像だった。色や距離感といったものだけでなく、そこがどんな場所で、どの時間帯に撮られたのか、そういった情報が一切読み取れない。


 一つ、分かるのは、粉塵が立ち込める何もない荒野の只中に、(いびつ)な形をした金属の巨塔が一本、少し傾きながら、天に向かって高くそびえ立っている、という客観的な事実だった。


「んー、分かんない……」


「……何かのモニュメントですか?」


 思い思いの言葉を口にするシィと改に、しかし銀子は静かに(かぶり)を振る。


「これは、通称〝モスクワの斜塔〟と言ってな。ベイグラントが最初に落下した爆心地(グランドゼロ)――モスクワの地に築かれた、奴らの根城じゃ」


「「えっ!?」」


 これには二人共度肝を抜かれる。


「確か、奴らの勢力圏内では通信や電子機器の類いは使用不可なんですよね? よく撮影出来ましたね、こんなの……」


「ほお? あんたこそ、そんなことよく知っておったの」


 感心したように嘆声を漏らすと、銀子は件の画像の出自を明かす。


「それはな、うちと出会う前に、キコが内陸で撮影したアナログ写真なんじゃ。現状、敵の実態を知る唯一の手掛かりとなっておる。無論、分かっておるのはその外観だけ。内部がどのような構造になっておるのか、どのようなベイグラントが存在するのか、そういった情報は前人未踏ゆえ、今もって一切不明じゃ」


「……計り知れないな」


「うん……」


 これから立ち向かう敵のあまりの強大さに、改たちはただただ打ち震えるしかなかった。



〇+



 銀子の講義は続く。


「こっちの西洋甲冑みたいな人型が機兵(ミーレス)。サイズは人間大で、一対一なら合身(キッシング)前のユリンでも対処できないこともない程度の戦闘力じゃ。――が、大抵こやつらは群れて行動する。ゆめゆめ甘く見ないように」


「だってさ、シィ」


「はぁーい」


 改に茶化され、ばつが悪そうな返事をシィが漏らす。


「で、こっちのクモとカマキリとワニとマッチョを足して四で割ったようなキモいヤツが、機獣(ベスティア)といっての。サイズは機兵(ミーレス)よりも大分デカい三~四メートル級。合身(キッシング)したユリンなら余裕の相手じゃが、こやつらも戦場では集団で襲い掛かって来る。雑兵と思って舐めてかかると痛い目に遭うので、要注意じゃな」


「だってさ、シィ」


「もぉ~、分かってるってばぁ~」


 改がしつこくからかうので、流石のシィもちょっとうざったそうにする。


「そして、昨日あんたらが遭遇した、自我と知性を持つ、人間にも擬態可能な指揮官タイプ。このタイプは絶対数こそ少ないものの、各々が一騎当千の戦闘力を有する、脅威度判定S(クラス)の危険な存在じゃ。練度の低い生半可なペアでは、返り討ちに遭うのが関の山じゃろうな」


「……ってことは何? 昨日の俺たちのあの状況、実は相当ヤバかったって感じ?」


「うむ、そんな感じ?」


 今になって顔を青ざめさせる改に、銀子は砕けた反応を返す。


「なお、このタイプには個体ごとにコードネームが設定されておる。極東で確認されているのは、クプルムとフェルムの二体じゃな。クプルムは昨日の茶色い個体。もう一体のフェルムは黒い体色をしておる」


「クプルムとフェルム……」


 ラテン語で〝銅〟と〝鉄〟を意味する単語だ。おそらく外見的な特徴からそうネーミングしたのだろう。


 改がそんなことを考えていると、隣のシィがつんつんと彼の二の腕を(つつ)いてきた。


「カイ、知ってる? ベイグラントはね、目の色がみんな暗い灰色なんだよ」


「へえ。言われてみれば昨日のヤツも、人魂みたいな仄暗(ほのぐら)い灰色の一つ目をしてたっけか」


 ユリン同様、人間に擬態時もその特徴が引き継がれるのであれば、奴らと人間を判別する際の一助になりそうではあるものの、ユリンの明るい碧眼に比べると、今一つ決定打に欠けるなと改は思った。



〇+



「――一つ、いいですか?」


 いよいよ座学も終わりといったところで、改は前から気になっていた疑問を銀子にぶつけてみることにした。


星力(エナ)が活性化した結果、外観が翡翠色になった現在の海。それがある種結界の役割を果たしている為、ベイグラントはそう簡単に海を渡ることが出来ないと以前聞きました。それなら、海水を汲んで大陸中にばら撒けば、意外と奴らに有効打を与えることが出来たりするんじゃないですか?」


「なかなかよい質問じゃな」


 銀子は薄桃色の唇に弧を描かせると、改の問いに応じる。


「結論から言うと、答えはノーじゃ。星力(エナ)の行使に様々な制約が課せられている理由は昨日簡単に説明したな? 要はあれと同じこと。星力(エナ)の保持・活用はユリンにのみ可能な芸当。第三者が海水をベイグラントに撒いたところで、それはただの塩水でしかない。同様に、海水が蒸発して雲になり、それがやがて雨になっても、その中に星力(エナ)が含まれることはないのじゃ」


「んー……詰まる所、ユリン発祥の地である大海に属している間は、海水にも星力(エナ)の庇護があるけど、ひとたびそこを離れれば、海水に内在していた星力(エナ)は霧散し海に還る、ってこと?」


「そうじゃな。(おおむ)ね、そのように考えてもらえばよい」


 改と銀子が質疑応答を重ねる中、シィは机に突っ伏して頭からぷすぷすと煙を上げていた。


「……二人共、話の内容が難し過ぎるよぅ……」


 そんな彼女に改は失笑し、銀子は嘆息する。


「はあ……。ほんとにあんたという子は……」


「お疲れ、シィ。座学はこれで終わりだし、午後の実技訓練の前にお昼にしようか」


「やたー! ごはーん♪」


 お昼という単語を聞いた瞬間、立ち所に生気を取り戻し復活を遂げるシィ。相変わらず現金なヤツだ。


「実技の方はベスとマキに任せておる。二人共、引き続きしっかり励むようにな」


 最後にそう言い残し、銀子はブリーフィングルームを去って行った。


(実技か……。となるとやっぱり、合身(キッシング)、するんだよな……)


 隣に座るシィの柔らかそうな唇に目を向け、途端、急に恥ずかしくなり、改は再び視線を前に戻す。


(……複雑だなぁ。マキ姉にシィとのキスを見られるのも、マキ姉とベスがキスするとこを見せつけられるのも。俺、露出とNTR(ネトラレ)、どっちの趣味もないんだけど……)


 改が難しい顔をしていると、いつの間にか立ち上がっていたシィが、彼の目の前に手を差し伸べてきた。


「ほらほらカイ。いつまでもそんなとこに座ってないで、早く行こ?」


「……まったく、人の気も知らないで……」


「?」


 頭の上に疑問符を浮かべる彼女の手を取ると、ひとまず改は、目下の悩みを先送りにし、この場を後にすることにした。

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