3-2 ラブリースライム
「何てカッコしてるんだっ、シィ!?」
数秒の硬直の末、引きつって裏返った声を改が上げると、彼から身体を離したシィは、頬に人差し指を当てたきょとん顔で小首を傾げる。
「何言ってるの、カイ。裸にならないと、身体洗えないよ?」
「おっしゃる通りだけど! 今はそういうことを言いたいんじゃなく!」
「ほえ? よく分かんないや」
そう言って彼女は、近くにあったボディソープを適量手に取り、それを泡立て始める。
「ずっと羨ましかったんだー。他のユリンがフィータスと一緒に仲良くお風呂入ってるの」
程よく両手が泡立つと、次にシィは、その手を改の全身に隈なく這わせ始めた。
「はうっ!?」
肌をなぞる細やかで柔らかな指の感触が、改の理性を一瞬で剥ぎ取っていく。
そんなこととは露知らず、シィは楽しそうに彼の身体を洗いながら会話を続ける。
「これから毎日、あたしがカイの身体を綺麗にしてあげるね? ――あ、もちろん、あたしのことは、カイがちゃんと洗ってくれなきゃやだよ?」
そこまで言ったところで、彼女の指が改の股間を無遠慮にまさぐり始めたため、
「うひゃあっ!?」
彼は奇声を上げて、座っていたバスチェアから勢いよく飛び退いた。
「あ! カイ、まだ動いちゃダメだってば。今おちんちん綺麗にしてる途中ー」
「い、いや! そこは自分で洗うから! つか女の子がおちんちん言うなし!」
改が全力で拒否すると、シィは手をわきわきさせながら残念そうに唇を尖らせる。
「ぶー。せっかくカイのために、男の子の身体について調べてきたのに……」
「そ、そいつはどうも……」
変な所で行動力あるな、この子。
股間を両手で隠したみっともない格好で改がバスルームの壁際を右往左往していると、更なる珍客が呼んでもいないのに来訪する。
「くぉ~らテンポウイン・カイ! 私を差し置いてシィと混浴なんて十年早いのよ!」
言わずもがな、珍客の正体はベスだった。
そして、何故かこいつもフルヌードだった。
「どうしてあんたまで服を脱ぐッ!?」
「は? お風呂で裸になるのは常識でしょ?」
「そうじゃなくて! 何もあんたまで一緒に入るこたないだろッ!?」
「はっ! そんなこと言ってあんた、二人きりの密室空間でシィのナイスバディを独り占めする気ね? 何て破廉恥な男なのかしら」
「恥じらいの〝は〟の字も知らないユリンに言われたかないよ!」
エキゾチックな褐色肌と、乳輪がぷっくり膨らんだ色素の薄い乳首。
それらを隠しもせず、これでもかと見せつけてくるベスに、改は色々な意味で真っ赤になって抗弁する。
(男嫌いって割に、どうしてそういうとこは無頓着なんだ!?)
見た目女の子だからと言って、人間とユリンを同じ価値観や尺度で測ろうとするのは根本的に間違いなのかもしれない。
「ねー、カイー。いつまでもそんなとこにいたら風邪引いちゃうよー?」
「まったく、シィの手を煩わせるんじゃないわよ、このスカポンタン」
改の困惑など物ともせず、銘々の主張の下、彼ににじり寄る二体のユリン。
魅惑の女体から必死に目を背けながら、改は絶叫した。
「とにかく二人共! タオルか何か羽織ってくれッ!」
「騒々しいと思ったら、こんなとこでなにしてるの、あなたたち!?」
騒ぎを聞きつけた舞姫がやってきて怒号を飛ばす。
(よかった……。いや、ここはむしろ残念と言うべきか?)
二度あることは三度あると言うが、流石に彼女は服を着ていた。夕食の準備をしていたからだろう、昔よく見た懐かしいエプロン姿だった。
これで舞姫が裸エプロンとかだったりしたら、今頃自分は鼻血の海に沈んでいたかもしれないと、割かし本気で改は思った。
〇+
シィたちが裸を晒すことに何の抵抗も抱かない理由は、この後すぐに判明した。
「この子たちが普段着ているように見える衣類は、実の所、この子たちの身体の一部でしかないの」
「身体の一部? あれが?」
湯船に浸かりながら話を聞く改に、舞姫はこくりと首肯する。
ちなみに、シィとベスの二人は、彼女の両サイドでしゅんと正座している。先刻舞姫にこっ酷く叱られたためだ。
「ユリンの実体は、不定形で透明なスライム状の生命体。普段の格好は、人間社会に溶け込むために人間の女性に擬態した、いわば仮の姿」
「つまり、裸だろうと着衣だろうと、この子たちにとっては大した差はないってことか……」
そう言われると、妙に納得がいくと言うか、腑に落ちる説明だった。
改にレクチャーを終えた舞姫は、今度はシィに対し説教を始める。
「……シィ。人間の男性にとって、女性の裸や過度なスキンシップは非常に刺激が強過ぎるの。あなたの身を守る上でも、改との不要な接触は今後控えるべきだわ」
「えー」
あからさまに嫌な顔をするシィ。一方ベスは、こくこくと頷きながら「流石マキね」と舞姫の指導を絶賛していた。
今にも泣き出しそうな上目遣いで、シィは舞姫を見上げる。
「じゃあ、あたしはもう、カイと一緒にお風呂入っちゃダメなの? あたし、カイのマトリクスなのに……」
「そ、それは……」
穢れなき純真に、今度は舞姫が圧される側となる。
「……一緒に入るな、とまでは言わないわ。でも、せめて、水着の格好とか……ううん、水着でも、改の目には毒、だよね……?」
そう言って、助けを求めるようにチラ見してくる幼馴染みから、改は気まずそうに視線を逸らす。ソンナ目デ僕ヲ見ナイデ下サイ。
「う~ん……」
シィはしばし、うんうんと悩む素振りを見せた末、何やら名案を思い付いた様子で、ぱっと表情を輝かせた。
「女の子の身体がダメなんだよね? じゃあ、これならどうかな?」
言うや否や、彼女の身体が唐突にぐにゃぐにゃと形状変化を始め――やがて、透明な水色の、バスケットボール大の球状体へと劇的な変貌を遂げる。
そのふよふよと弾む球体には、くりくりとした愛らしい碧の双眸が付いており、改と目が合うと、ぱちくりと可愛らしく瞬きした。
「へ~んしん、なんちゃって!」
軽くおどけると、シィだったそれはぴょいんと飛び跳ね、改の両の手の中にすっぽりと収まって見せる。
懐に飛び込んできたそれを、改はまじまじと見つめた。
「……シィ、なのか……?」
「うん、そだよー。これならカイもどきどきしないでしょ?」
まあ、確かにそうなのだが。
(ぷにぷにもちもちした絶妙な手触り……そして、キュートで愛くるしい、このまるっとしたフォルム……)
ゼリーやこんにゃく、グミのような柔らかいものが大好きな改にとって、目の前にいる名状しがたい生き物は、女体に勝るとも劣らないドストライクの代物だった。
気付けば彼は、次のようなことを口走っていた。
「……シィ。今夜は俺と一緒に寝よう」
「おっけー♪」
「「全然オッケーじゃないッ!」」
舞姫とベスがハモって声を荒らげる。
「急に何を言い出すの、改!?」
「遂に本性を現したわね、この変態!」
口角泡を飛ばす勢いで噛み付いてきた二人を、改とシィは揃って怪訝そうに見やる。
「マキ姉こそ、急にどうしたのさ? この形態のシィなら何の問題もないだろ? 言い方はちょっと悪いけど、ヌイグルミや抱き枕と思えばそんな大差ないし」
「分かったから、とりあえずシィに頬擦りしながら喋るのやめてくれる?」
「それに、変態したのはカイじゃなくてあたしの方だよ、ベス」
「違うのシィ。今の変態はそういう意味で使ったんじゃないの」
あーでもないこーでもないと、益体のない押し問答はこの後もしばらく繰り広げられ、一行がようやく夕食を口にしたのは、夜更けも大分過ぎた頃だったという。




