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キッシング・ユリン  作者: 女又心
scene 3 新生活

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10/21

3-1 すっぽんぽん

「……冷静に考えると、えらいことになってるよな、これ」


 バスルームで頭を洗いながら、改はしみじみとそんなことを思った。


 これより始まる美少女三人との共同生活。


 舞姫(まき)との同居は今に始まったことではないとはいえ、三年もブランクがあると、流石に異性を意識せずにはいられないわけで。


「……マキ姉、綺麗になってたな」


 三年前も十分に美人だったが、一層磨きがかかったというか、断然色気が増したというか。


「何より、あの胸は反則だろ……」


 FとかGの次元ではない。グラビアアイドルとかでしか見たことないような豊満なバストは、よく知る幼馴染みを、全く別の存在であるかのように錯覚させるほどの破壊力を秘めていた。


「……俺、これから先、ちゃんと理性を保てるだろうか……?」


 まあ、その点に関しては、手厳しいお目付役がいるみたいなので無用の心配なのかもしれないが――



〇+



 ――(さかのぼ)ること三十分前。


「――はあ。正直気が進まないけど、とりあえず自己紹介してもらえる?」


 新居となる4LDKの平屋住宅に到着すると、心底気乗りしない様子でベスがそう促してきた。


 改は素直にそれに従う。


「シィにはさっき簡単に名乗ったけど、改めて――」


 言いながら、彼はシィ、舞姫、ベスの順に視線を移動させた。


「――天方院改です。歳はマキ姉の一個下の十八。高校卒業と同時にここまで来ました」


「改は、小さい頃から一緒に育った、わたしの幼馴染みなの。ご両親の仕事の都合で、(うち)に預けられてたのよね?」


 補足してくれた舞姫に改は笑みを返す。


「長年音信不通だった母親が、まさかリリウム極東支部(ここ)の長官を務めてたなんて、ほんと夢にも思わなかったよ」


「ごめんね? 本当ならもっと早く教えて上げたかったんだけど、機密だからそれも出来なくて……」


「ま、マキ姉は何も悪くないんだから、別に気にしないでよ」


「うおっほん」


 ベスが苛ついた様子でわざとらしい咳払いをしたため、改は慌てて話を戻す。


「……成り行きから、シィとの合身(キッシング)に成功したことで、彼女の専属フィータスとして。また、初の男性フィータスということで、かねてから懸案となっていたユリンの男性恐怖症克服に向けての協力員として、この(たび)リリウム極東支部(ここ)の正規スタッフとして配属されることになりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


「あはは! カイ、かったーい♪」


「こちらこそよろしくね、改」


 シィと舞姫からは好意的な歓待を受ける一方、ベスは相変わらず不機嫌そうだった。


「……よろしく。それじゃあ、今度はこっちの番ね」


 そう言うと、彼女は腰まで届くサラサラの黒髪を左右に振り、挑発的に改を見下ろす。


「私の名前はエリザベート。リリウム極東支部に所属するユリンで、舞姫のマトリクスよ」


「ベスとマキはねー、リリウム極東支部(ここ)のエースペアなんだよー」


 シィにそう評され、満更でもなさそうにベスは鼻を高くする。


「ふふん、それほどでもないけど。ちなみにみんなは私のことをベスって呼んでるから、あんたもそう呼ぶといいわ、カイ」


「分かったよ、ベス」


「ちょっと。男の分際で軽々しく私の名前を口にしないでくれる?」


「いやどっちだよ」


 支離滅裂なベスの態度に改はげんなりした。


 そんな二人を舞姫が「まあまあ」と取り成す。


「さっき銀子さんも言ってたと思うけど、本来ペアを組んだユリンとフィータスは、貸与された2LDKの職員寮で共同生活を送ることになってるの。パートナーシップを高めることは、そのまま合身(キッシング)(クオリティ)向上に直結するから」


合身(キッシング)の質?」


合身(キッシング)の持続時間だとか、行使できる星力(エナ)の総量だとか……。分かりやすいところだと、そうした戦闘能力全般のこと。単純な身体能力にも影響が出てくるわ」


「なるほど」


 改の理解を待って、舞姫は続ける。


「ただ、今回は、初めての男性フィータスとのペアであることや、ユリンの男性恐怖症克服プログラムの一環ってことで、例外的に二組のペアが一緒に生活することになった。当然、ツーペア向けの職員寮なんて用意してないから、暫定的に敷地内にある離れの客室を使わせてもらうことになったわけだけど――」


「わー!」


 突として、シィの喚声が住居の奥の方から響いてきた。


「ベスー! ここのお風呂、超おっきーよー!」


「こらシィ! あんたまだミーティング中よ! 勝手にうろうろしない!」


 言いながら、ベスはシィの後を追ってバスルームへとすっ飛んでいく。その光景を呆気にとられながら見送る改に、舞姫は苦笑いするしかないようだった。


「えっと……なんか、騒がしくてごめん」


「あ、いや……なかなかフリーダムだよね、あの子ら……」


 半笑いを浮かべつつ、改は舞姫に視線を戻す。


「――でまあ、要するに、この客室のグレードは職員寮より高いけど、それが普通だと思うなってことでしょ?」


「そういうこと」


 先を読んで結論に辿り着いた改に、舞姫は目を細めて微笑を返す。


 その表情が、やにわに曇った。


「……それにしても、なんか複雑。改と久しぶりに会えて、これからも一緒にいられるんだって思うと、すっごく嬉しいはずなのに……。心のどこかで、やっぱりあなたには、ここに来てほしくなかったって考えちゃう自分がいる」


「マキ姉……」


 どこか思い詰めた様子の幼馴染みに、改は諭すように優しく声をかける。


「さっきも言ったと思うけど、俺がここまでやってきたのは、(ひとえ)にマキ姉の助けになりたかったからだ。マキ姉が気に病む必要はこれっぽっちもありゃしないって」


「うん。……でも」


「でも?」


 改が復唱して問い返すと、舞姫は急にそわそわし出し、目をあちこちに行ったり来たりさせたのち、やっとの思いといった感じで言葉を紡ぐ。


「……シィと、したんでしょ?」


「? 何を?」


「何って、それは、その、あの……」


 心なし頬を紅く染めて舞姫が口をもにょもにょさせていると、さながら鉄砲玉みたいにシィがばびゅーんと戻ってきた。


「ねえねえカイー。カイはどの部屋使うー? あたしが先に好きな部屋選んでもいーいー?」


「だ、だからシィ……嬉しくて興奮するのは分かるけど、ちょっと落ち着きなさい……」


 少し遅れて、息も絶え絶えな瀕死の体でベスもやってくる。その様はまるで、わんぱくな子供の世話に手を焼く面倒見の良い母親のようであった。


「……ふう」


 疲れたように吐息すると、舞姫はそれまでの葛藤を払拭したかのように、屈託なく破顔して見せる。


「そうだ改。せっかくだし、一番風呂でも入ってきたら? その間に、簡単にだけどあなたの歓迎会の準備しちゃうから」


「えっ!? そんな悪いよ。マキ姉たちだって任務から戻ってきたばかりじゃない。むしろ俺にみんなを労わせてよ」


 そう言った改の鼻頭を、舞姫は人差し指でちょんと小突く。


「新入りは黙って先輩の言うことに従いなさい――なんて、ね。少しはお姉さんにいいカッコさせてよ」


「けど……」


「フン。勘違いしないことね、テンポウイン・カイ」


 いつの間にか息を吹き返していたベスが、何故か居丈高に声を上げる。


「歓迎会なんてのは、あんたを油断させるためのマキの方便。あんたが呑気にお風呂に浸かってる間、そこかしこに罠を張り巡らせておくから楽しみにしてなさい。そして、少しでも粗相があれば、直ちにこの北の大地からあんたを締め出してくれるわ!」


「なんかアホなこと言ってるベスはほっといて、あなたは気兼ねなく、お風呂ですっきりしてらっしゃい」


「アホ!? マキは一体どっちの味方なのよ!?」


「改かな」


「しかも即答!?」


 パートナーに袖にされてベスは半べそになる。


 彼女は恨みがましげな目を改に向ける。


「……テンポウイン・カイ! あんた、許さないから……!」


「なんのこっちゃ……」


 流石にちょっと付き合いきれなかった改は、舞姫に「それじゃ、お言葉に甘えて」とだけ伝え、逃げるようにバスルームへと向かうのだった――



〇+



 ――そして、今に至る。


「ベスの男嫌い、ありゃ相当だな。もう屁理屈を通り越して、ヒステリーの域に達してる」


 あそこまで毛嫌いされてしまうと、いっそ清々しいくらいだ。


 今後、あの状態の彼女と親交を深めていかなければならないと考えると、これはなかなかに気が滅入ってくる。


(大陸でベイグラントに襲われた結果、ああなってしまうユリンが多いって銀子さんは言ってたけど……。中でもベスの度合いは特にひどいんだっけ?)


 この十年の間に完全に奴らの勢力下と化し、今では禁断の地とまで呼ばれるようになったかつてのユーラシア大陸。


 そこには一体、どんな恐ろしいベイグラントが潜んでいるというのだろうか。


 頭を流しながら、まだ見ぬ敵に改が思いを馳せていると。



 ガララ――



 何の前触れもなくバスルームの扉が開き、


「わーい、おっふろー♪」


 どこかで見覚えのある健康的な全裸を晒した少女が、躊躇(ちゅうちょ)なく室内に飛び込んでくるのが鏡越しに見えた。


 そして。


「なっ、ななな……」


 間髪を容れず背中に抱き付いてきた弾力的な感触に、改は完全に言葉を失う。


「えへへー。背中を流しに来たよ、カイ」


 それは、すっぽんぽんのシィだった。

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