猫は答えた
「なぁ猫、人生つらい」
「猫だってつらいにゃ」
猫は応えた。ボクはビックリして周りを見渡した。でも、ここは静かな神社の中。目の前には白い猫一匹しか居ない。
猫はボクのスクールカバンを見て言った。確かに言った。
「お前だけがつらいなんて思うにゃよ」
それがムカついて、猫を足で払おうとした。そうしたら砂をかけてバカにしてきた。砂かけ猫。くそぅ。
「猫は生きやすそうに見えたかにゃ? なら猫になってみると良いのにゃ。親ガチャなんてザラとあるし、野良とペットショップ等の環境的格差だってあるにゃ。毛並みひとつの違いで売れ残ると野良で生きるよりひどいかもしれないにゃ。猫だってつらいにゃ」
ボクは答えられなかった。
こんな猫に論破されてしまうなんて。でも、ボクの悩みだって酷いんだ。
「SNSで晒されて、笑いものにされてる。ただ自撮りして楽しんでただけなのに、知らない人が『キモい奴居たwww』とか『勘違い男発見w』とか言ってるんだ。そこから家まで特定されて変な電話もかかってくるし」
「ふみゅ」
猫は目を細めて何か考えるような素振りをしたかと思えば大きな口を開けて欠伸した。バカにしてるのか。
(まぁ、猫だし)
「そうだよな。猫にボクの気持ちが分かるもんか。お前は一生野良として生きてけ。そして烏に襲われればいいんだ」
「飼ってくれないのにゃ?」
「当たり前だろ」
「にゅ〜」
心底嫌な声を出して鳴く猫。
まるで3歳児が『ブー』といじけて泣いてるみたいだ。
「少年」
猫はボクに質問した。
「人の噂も七十五日にゃ」
「……ふ」
ボクは猫をバカにしたように笑った。猫は不服そうにボクを見た。
「何も分かってないな猫。SNSってのは、何年も前の記事が平気で拡散されたりするんだ。陰湿だろ?」
「分かってるんなら顔なんて映すなよぉ」
猫は自分の手を舐めながら言った。
「そのとおりだね。でも、ネットに居る人達がとても陰湿なことに気付くまでにたくさんの投稿をしていたんだ」
「ふぅん」
所詮は他人事というような反応をされた。
「なら強くなれば良いにゃん」
猫は提案してきた。
思いつきのように唐突だった。
「野良猫は特に強くないと生き残れないにゃ。少年、お前も強くなればいいにゃ。そんな貧弱でブサイクで非リアっぽい見た目してるから舐められるのにゃ」
……。
ひどくない?
ボクは涙目になった。SNSで言われたことを思い出したからだ。猫は素知らぬ顔で毛づくろいをしている。
猫は開いたボクのスクールカバンから焼きそばパンを袋ごと取り出して言った。
「よし、少年。一緒に強くなるにゃ。そのためにはスタミナをつけなきゃにゃ。これを分け合って食べたら猫は少しだけお前の味方にゃ」
「すこしだけなのかよ」
ボクはツッコんだ。
猫は首を傾げた。
なんかもう、どうでもよくなった。スマホをスクールカバンに入れて、その上に座る。焼きそばパンのパンの部分をちぎって猫にやった。
一口が大きい。鋭い牙をチラつかせて食べている姿を見て、猫って思ったほど可愛くはないなと思った。
しばらく猫と焼きそばパンを分け合って食べていた。空を見上げてみた。きっと雲の配置や太陽の位置は変わったのだろう。でも、いつからかなんて分からなかった。
人間の世界も、きっとこんなもんなのかな。
「少年。詩人になりたい目をしてるにゃ」
「え、そうかな。割といい思考回路になったと思うけど、詩人なんて……照れるなぁ」
猫はボクをパンチした。
「あんにゃの絶対目指さないほうがいいのにゃ。小説家とか詩人とか。この世の誰よりも人生を分かったようなこと言って、自分の人生をおざなりにして死んでいくような奴にゃんか。そんなのより、パン職人になるにゃ。そしたら猫にパンをくれよぅ!」
猫は両手でボクのズボンを弱くひっかいた。甘えてるのかこちらの顔を伺っている。
「か、飼わないぞ!」
「どうしてにゃ、焼きそばパンくれたにゃ」
「それはお前が食べたいって言ったから!」
「にゃー!」
猫は言うことを聞いてくれなかった。
「猫、お前は自由だ。面倒くさい群れの中から外れて悠々自適に過ごしてる。餌だってボクから巧いこと手に入れられた。お前は自由じゃないか」
猫は動きを止めた。少し悲しそうに耳が下がる。もしかして言ってはいけないことを言ったかな。
「猫は……群れの中で仲良くしたかったにゃん。でも、声をかけても無視されたり襲われたりしたのにゃ。自分でもなんでか分からないのにゃ。人間みたいに喋られるからかにゃ。周りの猫たちは『言葉』が不自由にゃん。猫のことを説明しても分かってくれなくて、唾吐かれて終わりにゃん」
猫は泣いていた。
どこか分かる気がする。ボクだってネットで大勢の人から称賛やイイネがもらえると期待していた。受け入れてもらえると思っていた。
なのに、晒されてからどんなに『言葉』を尽くしてもバカにされたり貶されたり。
それがとても、つらかった。
(そっか、猫も同じなのか)
ボクは壊れ物の荷物を扱うように猫の頭を撫でた。
「ごめんな猫。お前の気持ち、分かってやれなかった」
「……これからどうすればいいかにゃ〜」
猫は悩んでいた。
(同じ焼きそばパンを食べた仲だ)
ボクは決心した。猫を飼おうと。スマホで親に電話をした。最初は嫌がっていた。ボクは猫の気持ちとボクの気持ちが同じ事を話した。
ビデオ通話で猫の姿と動作を映したら驚いていた。なんてったって『人の言葉を話す猫』だ。びっくりするのは当たり前だろう。
「世話もご飯も遊び相手も、掃除も。ママやパパから言われたことも、何だってするよ」
ボクは自慢げに言った。
なぜだか、この猫を見つけたことがラッキーで特別な気がしたからだ。
「じゃあ、学校にも行ってくれるわね!」
体がピリついた。
どうして親は、ムリにボクを学校に行かせようとするのだろうか。それが嫌で家出をしたのに(家出だと気付かれていないのが悔しい)……。
「それは……」
ボクが悩んでいたら、猫が言った。
「猫も学校行くにゃん」
「え?」
「学校に行って、お前に絡む変な奴を片っ端から噛みついてやるにゃん」
「猫……お前……」
迷いのない猫の目を見た。どこからか勇気がわいてきた。だから、ボクは決意した。
目の前の猫を飼って、学校に行って現実と向き合うことを。親の承諾を得て、ボクは猫と一緒に帰っていた。
「お前は味方で居てくれるよな」
猫は答えた。
「当たり前にゃ。猫はお前の仲間になるにゃ。そしてお前の仲間の仲間にもなるにゃ。それは猫の欲しかったものでもあるにゃ。絶対にお前を守るにゃ。味方にゃ」
「……ありがとう、猫」
夕日に伸びた影には映らないけど、ボクの泣き顔はきっと猫の瞳にくっきり映し出されてるんだろうな。
空を見上げた。
涙で滲んでよくわかんないや。ボクは小説家や詩人には向いてないのかも。
まぁ、どうでもいいけどね。
おわり。
最後まで読んでくれてありがとうございます。