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化け字  作者: 鷹羽諒
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ツミこと人員輸送用高機動車は、広い通りに泥を焚くように進んでいた。小柄な猛禽類である雀鷹の名を冠しているだけあって小回りの利くこの車両は、急襲にも撤退にも使える優れモノだった。


 言うまでもなく、書内からの撤退のために直走るツミの荷台に結人は座っていた。化け字の早期探知を目指し幌の外された荷台からは、一面に江戸の町が映り、その中に他の輸送車とそれを護衛する波島班がわずかに滲んでいた。


 結局、波島班長の交渉は不調に終わり、やむを得ず輸送車群は自力での撤退に踏み切っていた。化け字の再襲撃に備え、余力のある波島班は飛び回って索敵と護衛、一方の目黒班はひとまず待機、これが目黒の出した撤退作戦だ。もっとも目黒班のうち佐々木と鉄平は波島班と共に展開しており、目黒も指揮を執っているため、荷台で待機中なのは目黒班の結人と佐川、それに波島班の加藤という候補生だけだった。




「君垣さんたち、戻ってこねぇな」


口を一文字に結んだまま結人と同様に土埃を眺めていた佐川が独りごとのように呟く。別れた三人の所在はいまだ分からないままだ。君垣と連絡のつかない状況に、目黒は彼らをおいての撤退を決断、今に至る。


「そうだな。それに」


通信もない。そう続けようとして口が止まる。これの意味するところなど考えたくもなかった。だが言うまでもなく二人も気付いているはずだ。


「敵と戦闘中なのかもしれないし、無線機が壊れただけかもしれない。………まだ分からないよ」


何とか励まそうとする加藤の言葉も痛々しかった。第一書士学校でも明るく、いつも話題の中心にいた加藤の声色もまるで別人のようだ。佐川も結人も何も言えず、加藤の言葉は雨の止んだ江戸の暗雲に薄く吸い込まれるばかりだった。






「崎長書士から全隊員!!後方!!正体不明の何かが接近中!!」


無線と大声が空気を震わせた。


「後方?」


加藤が立ち上がり、車両の後方へ目を凝らす。遅れて結人と佐川も続いた。


「あれか」


通りに面する家々の上を何かがこちらへ向かってきているようだ。距離は数百(メートル)といったところだろう。だがそれが化け字なのか、はたまた君垣達なのかは判別できなかった。


「どうすんだ、これ?」


佐川が少し声に、また張りが戻ったようだ。こうしている間にも輸送車と何かとの距離は縮まってきているのだから当然だろう。


「おそらく指示はすぐ出るはずだから、とりあえず僕たちはいつでも動けるようにタイプライターの準備だけしておこう」


タイプライターを手でいじりながら、加藤がそう返す。だが、その手は僅かに震えているようで、上手く盤を押せていない。


「そうだな」


「そうしよう」


そしてそれは結人と佐川も同じだった。




「目黒書士から波島班・目黒班、並びに普通科連隊宛て。これより後方に確認された正体不明物、への対応を開始する。目黒班の書士三名で乙と接触する。波島班はこのまま撤退を継続せよ。この間指揮権は波島銀書士に移管する。なお候補生については待機。以上」


それだけ言い切ると、すぐに助手席の扉が開く。飛び出した目黒は素早く空道石を出して輸送車の上を超えると、そのまま後方へと跳んで行った。


「波島書士了解。波島書士から波島班各隊員宛て。目黒班の後方対応に合わせ、陣形を再編する。各員…………」


「待機か……………………」


波島の指示のつつく無線を聞きながら、佐川が気の抜けたような声でぼそっと呟く。ほっとした半面、候補生として扱われたのことへの僅かな憤りもその声には内包されているようだ。




 輸送車群を囲っていた波島班の輪が解け、小さく形を変えた頃には目黒班はもう乙の目と鼻の先だった。誰もが言葉通り固唾をのんで見守る。ツミに積まれた発動機の音がやけにうるさかった。


そして、接触。目黒班の三人が距離を確保しながら、乙を囲う。


沈黙……………………




「目黒書士から各員。乙は木曽・君垣両書士であると確認。両者はともに負傷も、命に別状等無し。なお……………………才書士については殉死を確認……………………これより二人をツミへ誘導する」


荷台は一度盛り上がり、そうして再び沈んだ。仲間がまた一人、死んだ。吐き気とも興奮ともつかぬ感情が溢れ、口を開けばそれが吐瀉物とともに出てきそうで、結人は唇に力を込めた。


「波島書士、了解。目黒書士、両書士は治療が必要な状態でしょうか」


「目黒書士から波島書士。治療は必要だと考えられますが」


「了解。治療のために山形・三洋両書士をツミで待機させます」


「目黒了解。鉄平・佐々木も加えた四人で対応してもらいましょう。それっから……………………目黒から全候補生宛て」


班長同士の会話に急に候補生が登場し、三人は顔を見合わせる。


「聞いての通り、これより四人が医療活動に入る。それによって低下する索敵能力を君たちに補ってもらう。君垣たちの話では、化け字は途中まで二人を追尾していたらしい。今は姿こそ見えんが、近くでこっそり隙を伺っているとみてまず間違いないだろう。この状況で敵に攻撃の糸口を与えるわけにはいかない、力を貸してくれ」


あの強さの化け字、索敵活動だけでも危険なのは明白だ。だからこそ候補生たちはツミの荷台で待機させられていたのだ。それを承知で目黒は指令を出してきた。つまりこの指令は目黒が本気で覚悟しているという、その合図。


示し合わせたかのように、二人と再び目が合う。小さく頷く。


結人は運転席の方へ荷台の上を歩み寄ると、窓から無線機を受け取った。車両備え付けの無線機など使うのは初めてだ。だが何度も見てきた。親指に力を込める。


「金沢書士から目黒書士宛て。これより候補生三名、索敵行動に入ります。指示、お願いします」





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