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化け字  作者: 鷹羽諒
4/11

虚空

 「目黒から宮島書士宛て。化け字の討伐を確認、負傷者無し。化け字の処理を確認次第撤収する」

雨打つ屋根の上、横原から預かった長距離用無線機を使って目黒が宮島に連絡を取っている。広場では横原、鉄平と合流した木曽班が化け字の死骸を確認中。

 一方で結人はというと、屋根に上って待機せよという目黒の命を受けて、一人屋根の上で雨に打たれていた。寒いうえに手持ち無沙汰、控えめに言って最悪だ。だがこの任務は何も結人だけに課されたものではなく、別の屋根には佐々木や君垣もいる。自分だけではないのだ、そう思うことでどうにか悶々とした思いを掻

き消そうとしていた。



「暇そうだね」

全て声に出していたのかと、慌てて振り返るとそこには初老と中年の丁度間のような風貌をした男が立っていた。いつの間に屋根の上まで来たのだろう。すぐ後ろに来ていたことにすら全く気が付かなかった。

「君のいいところなのかもしれんが、露骨に感情を顔に出すのはやめた方がいいな」

濡れてずれたベルトを調節するかのように左右に揺らしながら木曽正道は結人に言う

「顔に出てましたか」

「あぁ、あからさまに不満げな顔しとったぞ。おおよそ、見張りへの愚痴でも考えておったのだろう」

あまりに見透かされ、顔が火照るのを感じた。これもまた「あからさま」だ

「さて、本題に入ろうか」

木曽は先ほどまでの温和な表情を消し、一転厳しさを湛えた顔を見せる。

「金沢君、私の班は後方支援に回っておったから化け字が倒されるまでの過程を知らない。そこで作戦に参加していた君に教えてほしいんだ」

「今、ですか?」

「あぁ、そうだ」

結人には理由が分からない。ここで聞かずとも化け字はもう倒れているのだし、何より詳細な状況はいずれ報告書で確認できるはずだ。

「実は、だね……

結人の困惑を読み取ったらしい木曽は、考えあぐねるように言葉を詰まらせた。

「気を悪くしないでほしいのだが、どうも私には腑に落ちないんだ、この討伐が」

「え、それは……

「勿論、目の前に化け字の死骸が転がっているのは分かっている。それに目黒班が強力だということもね」

「それじゃ、いったい……

言葉が尻切れトンボになったのは、結人に向けられた鋭いまなざしに気付いたからだ。温和な雰囲気とも、老獪と称されるものとも違う鋭利な視線に。


「速さだ」


「速さ?」


「そうだ速すぎる。青の化け字がものの数分で倒されるとは私には到底思えない。ましてや我々は特戦団でもないのに、だ」


何がこの男が何を言いたいのか、その全容が掴めない。いや、むしろ木曽は外縁を悟られぬようにしているのかもしれない。なんのために?それに何より、なぜ班の他の人間ではなく候補生に過ぎない結人に聞くのか。疑問ばかりが山積する。


「金沢書士、誰が化け字を倒した?」


それは


「君垣書士です。私や他の班のメンバーも攻撃には参加しましたが、最後に追い詰めて倒したのは君垣書士です」


「君垣………か。


訳ありのように呟き、木曽は言葉を切った。その顔を見ても男の思案を読み取ることはできない。

だが木曽正道はその知力と思慮深さで知られる。その男の疑問を払拭できる何かを結人は少なくとも持ち合わせていない。


「金沢…


再び開いた木曽の口は、遮られるように止まった。大きく見開かれた瞳は、結人ではなくどこかに向けられたまま。結人はその視線の先を追って、絶句した。




視線の先、瓦屋根の上。先ほどまで目黒がいたそこに、無線を手にした横原が血だらけで、いる。腹から飛び出す何かが、化け字のものだと気付いたのは、それが彼女の腹から引き抜かれてからだった。


 飛び出す血、遅れて音。力なく前のめった身体は、屋根の傾斜を転がる。ドンっと鈍い音がして、それから土に血が広がった。全てが引き延ばされたかのようにゆっくりに見え、身体は微塵も動かなかった。


 地面に転がったそれから目を逸らすように、ゆっくりと視線を屋根の上へ戻す。そこには、まるで人のような様相の、化け字がいた。






呆気にとられていたのは何も結人だけではなかったようだ。目黒も木曽も他の隊員たちも、まるで時でも止められたかのように動けずにいた。


 目で像を成す化け字は人の姿をしている。四肢があって、上には髪のような毛がある。顔だって人間そのもののだ。だが、あれは化け字だ。腕から生えた鋭利な何か、横原から引き抜いた、そしてその前に刺したであろう何かがそれを雄弁に物語っている。




「目黒班、戦闘用意!佐々木、候補生を保護しろ!鉄平、君垣は集まれ!!」


沈黙を破ったのは怒鳴るような目黒の声だった。


「木曽班、戦闘用意!二双を再展開!!大石、鈴木、目黒と合流!小暮(こぐれ)尾佐(おざ)、大至急通信!俺と才は横原の確認だ!」


続けて木曽も。結人も慌ててタイプライターをいじり、準備しようとするが、手が上手く動かない。指がかじかんでいるのかのようだ。くそっ、雨で冷えたのか。ガクガクと震える手を動かそうとするが、指は盤面を下手くそに撫でるばかり。


「金沢!落ち着け!」


はっとして顔を上げる。木曽だ。


「落ち着くんだ。戦いは俺たちでやる。お前はここで佐々木と待機だ。」


「は……はい」


声が震える。答える様に頷いた木曽はタイプライター押し、広場の横原の元へ降りていった。


 同時に書士たちが一斉に動く。化け字と広場を挟んで対角線上の屋根へと目黒は上がり、そこに鉄平と木曽班の大石、鈴木が合流する。小暮、尾佐両書士は、空道石を用いて広場を離脱。そして動かずにいる結人の元へ佐々木が佐山を半ば引っ張るように向かってきた。


「金沢!大丈夫だな!?」


大声で確認しながら近寄ると、佐々木は屋根の上へ飛び乗った。


ドサッという音とともに佐山も屋根に転がり込む。その呼吸は荒く、大きく開かれれた目と蒼白たる顔面は、彼の覚えた恐怖を如実に表していた。




「どうなってやがる」


振り返り、化け字を再視認した佐々木が独り言のように呟く。数十人いた書士に全く気付かれることなく忍び寄り、背後から刺す。あまりに現実離れした芸当だ。それはつまりあの化け字が……いやそんなことはないだろう。




 もっとも化け字は既に展開した目黒たちに取り囲まれている。武闘班と呼ばれ、書内戦闘団最強の班とも言われる目黒班にだ。化け字に勝ち目などない、そのはずだ。必死にそう願う。


だが……それは取り乱す様子どころか、身じろぎ一つ見せない。さっきと変わらずそこに立っているだけだった。




「金沢、佐山。タイプライターを起動しておけ。決定盤(エンターキー)を押したら逃げられるように、だ」


佐々木は化け字から眼を離すことなく言った。いつもの彼らしからぬ強張りが、その声にはある。


 思わず結人が佐川を見ると、彼は目を大きく見開いたまま必死にタイプライターの盤面を操作している。その眼はもはや恐怖一色だ。遅れて結人も盤を押し始める。さっきとは違い手は震えなかった。




「佐々木!」


その声と同時に木曽が屋根へと戻って来た。後ろには才もいる。短時間で戻って来たという事実が、二人の顔に落ちた暗い影が、横原の容態を告げていた。


「もう手の施しようもない」


木曽は雨で濡らした顔を佐々木の方へ向けて言う。強くなった雨は、横原の血を広場に池のように広げていた。




 静寂を破るように鋭い音。はっと振り返ると、引き抜いた軍刀を振り下ろす目黒の姿があった。化け字は尖った腕で攻撃を防ぎ、振り払うようにして目黒を追い払う。だが、すぐに後ろから鉄平の剣が迫る。人間なら気付けない完全な死角!だが、化け字は飛び上がってそれを躱した。まるで背後にも目があるかのように。


 もっとも化け字の動きは完璧に読み切られていたようだ。飛び上がった化け字が着地するよりも速く、空道石を足掛かりに後ろから鈴木、正面から大石が襲い掛かる。空中ではさすがの化け字もどうしようもない………決まった!




!!?




だが化け字が二本の軍刀を喰らうことは無かった。ただ真っ赤な血を雨のように被っただけで。




何が起きたのか、全く分からない。だが気が付けば大石と鈴木の身体は何かによって切断されていて、当然かれらの軍刀が化け字に当たることもなかった。そして二人が助からないということは、もはや誰の目にも明らかなものだった。




「う………………………そ、だろ」


佐々木の小さな呟き以外、言葉すらない。あの化け字はたったの一瞬、こちら側が気付く暇すらないその間に、二人を殺したのだ。


明らかにこの書内で最初に狩った()()よりも、はるかに強力な化け字。()()はいかなる方策を採ろうとも、ここにいる書士の数と能力では到底かないようがない相手に違いなかった。




「それで、どうする?………人間」


急に響いたその声に結人は戦慄した。広場とは違う方方向から聞こえたその声は、結人の知っているどの書士のものとも違う。


「それで、どうするんだ?人間」


後ろだ。広場と反対方向、背中から声はする。しわがれた老人とまだ幼い子どおの声を混ぜ合わせたような気味の悪い音だった。結人の知る限り、人間はこんな風に声を出せはしない。怖い。明確にそう意識した。足がガクガクに震え、軍刀に伸ばした手は震えたまま途中で止まっている。だが、まるで糸に引かれるように結人の身体はゆっくりと反転する。自分の意志がそうしているのか、はたまた脳が勝手に操作しているのか、まるで分らないまま気付けば結人の背は広場を向いていた。




ゆっくりと動いた顔は、雨に打たれながら宙に浮く、またも人間のような形相の化け字を捉える。使い古された人形のような、それの首は不気味に曲がり、




 


    その両手には人間だったであろうものの亡骸が、一つずつ握られていた。



最後までお読みいただきありがとうございます!!

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