2話 独裁者vs暴君
家を出て暫く。
國大和学園が見えてきた。
いつ見ても立派な校舎だ。
落書きしたらさぞ映えるだろう。
しないけどね。
そんなことをしてしまえば家族にまで迷惑がかかってしまう。それは俺の望むところではない。
自分だけが不利益を被るのなら俺は迷うことなくやりたい放題生きるだが実際はそうはいかない。
自制すべきだろう。
……とまあそんなくだらないことを考えていると、ふと遠目に校門前に集団がいるのが見えた。
反射的にサッと木の裏に隠れる。
目を凝らしてよく見るとその集団は風紀委員と書かれた腕章をつけていた。
彼らの挙動を見るに、どうも抜き打ちの持ち物検査をしているようだった。
俺は基本的に学校には携帯やゲーム機、漫画やお菓子といった学業に必要な物しか持ってきていないため、持ち物検査はまだいいとしよう。
問題は視線の先にいる一人の女生徒。
腰まで伸びる真紅の長髪を後ろでひとまとめにしている。目は少し釣り上がり、覇気のこもった力強い瞳は周囲に圧力を与え、彼女を孤高の存在へと昇華させていた。
名は紅王蓮華。
風紀委員会委員長を務める一つ上の先輩である。
國大和学園における風紀委員は生徒会に次ぐ権勢を誇っており、所属できるのは心身ともに優れていると学園に認められたものだけだ。
紅王蓮華はそのエリート集団の風紀委員を優れた手腕と持ち前のカリスマによって掌握し、手足のように使っている独裁者である。
何より恐ろしいのは風紀委員達は自分が都合よく扱われていることを理解しながらそれを良しとしているところだ。
洗脳とかしているのだろうか?
ここだけの話、俺は風紀委員会のことはあまり好きではない。
何かと対立することが多いからだ。
俺は本来、風紀を取り締まる立場に立っていてもいい位には優等生だ。
身だしなみも俺なりにちゃんとしているし、校則違反もそんなにはしていない。
なのにあの独裁者はやたらと俺に執着してくるのだ。見つかればまたねちねちと絡んでくるに違いない。
そう考えた俺は校門からの登校を諦め、フェンスを乗り越えて行くことにした。
見つかれば問題だろうが見つからなければどうということはない。
先にバッグを予想着地点に高く放り投げた。
そして素早く助走をつけて、飛び上がる。その勢いのままにフェンスを蹴り上げてひょいっと飛び越えた。
名門だけあってフェンスはそれなりに高いが俺の身体能力なら乗り越えることは容易い。姉から逃れるうちに自然と鍛え上げられたのだ。
受け身を取りつつ手を横に伸ばして放り投げたバッグをキャッチした。
完璧だ。
審査員がいたら揃って十点の札を掲げた事だろう。
いないことが悔やまれる。
機嫌よく、鼻歌交じりに校舎に向かおうと立ち上がると目の前には紅王蓮華がいた。
「………………………………あ、おはようございます〜。」
「待て。」
数秒、お互いの時が止まったが俺は何事もなく挨拶をし、鼻歌を継続しながら立ち去ろうとすると制止の声がかかった。
しかし俺は鼻歌を歌っているのでそんな声は聞こえない。そう、聞こえないのだ。
無視して立ち去ろうとすると制服の首根っこを捕まえられた。
「私が待てと言っている。」
「ぐえ〜。」
ぐいっと引っ張られ、首が締まる。思わず情けない声が漏れてしまった。
こうなるから会いたくなかったのになぜここにいるのだろうか。
先程まで確かに校門前にいたはずだが。
どこから湧いて出たのだろうか?
別人?ドッペルゲンガー?
それとも………
「先輩双子なの?」
「何だ急に?私は一人っ子だ。」
なら瞬間移動を使ったとしか考えられないね。
この人の力は炎熱系だと思っていたのだが違うのだろうか?それとも応用?
仮に瞬間移動だったのなら俺も使えるようになりたいから教えて欲しいな。
そしたらどんなに追い詰められてもこの人や姉から逃れられるし。
いやまてよ…?そもそも追い詰められることすらなくなるのか。
なんと素晴らしい力なのだろう。
「先程、私を見て隠れていたな?」
その言葉に少し驚く。
同じ制服を着た生徒が何人もいる中、何で俺の詳細な行動を認識、把握してるのだろうか?
怖いんだけど。
「いいえ。」
「相変わらず、息をするように嘘を吐くやつだ。」
とりあえず誤魔化そうと試みたが、俺の企みはあっさりと看破さへてしまった。
呆れたようにため息を吐く紅王蓮華。
「朝から貴様のような問題児に頭を悩まされる私の身にもなれ。ノイローゼにでもなってしまいそうだ。」
「大変ですね。」
「そういうところだ。」
どういうところだ?
嫌ならこうして俺に突っかからず、相手をしなければいいのに、などと思う。
「まあそれはいい。現在持ち物検査を実施している。貴様も荷物を差し出せ。」
真紅の瞳が俺を射抜くように細まる。
「……………嫌だと言ったら?」
「言えるのか?」
彼女の眼光が身を焼くように全身を照らし、真紅の髪がメラメラと燃え上がる。
脅しに出たか、俺がそんな理不尽に屈するとでも思っているのだろうか?
勿論屈しますとも。
俺は大人しく荷物を差し出した。
「………なんだ?いやに素直だな。」
紅王は拍子抜けだと言わんばかりに肩をすくめた。
そして俺の荷物を漁る。
俺には急ぐ理由があるのだ。
ここで反発したとしてもこの人のことだ、多分しつこい。ならばさっさと目的を果たさせて満足してもらおう。
「……ゲームに漫画、これは何だ?知育菓子か?貴様この学び舎に何をしに来ている?」
無論、勉強だとも。
「すべて没収だ。」
「馬鹿な!?」
「馬鹿はお前だ。問題児め。」
お、俺の勉強道具たちが……。
「貴様の最近の違反行為は目に余る。今日という今日は反省室でみっちりと後悔させてやろう。安心しろ。私も付き合ってやる。」
紅王の顔が怪しい笑みへと変わる。
「どこに安心しろと?」
あんたとのマンツーマン指導など御免被る。
ん?この場合はマンツーウーマンになるのか?
というか確認が済んだのならさっさと解放して欲しい。こんなところでもたもたしていたらヤツが………
「私の弟をどこに連れて行く気なのかしら、蓮華?」
その時、凛とした声が響いた。
そしてその声には明確な怒気と敵意が込められていた。
(あ〜手遅れだ。)
「黒羽ッ………。」
紅王蓮華が忌々しそうに呟く。
我が姉、春黒羽が四枚二対の漆黒の翼を広げ國大和学園に降り立った。
「時雨、何で私を置いていったの?」
目に光が宿っていない虎雪もいた。
「こいつが校則違反を犯したからな、反省室に連れていくところだ。」
「時雨が違反を?」
姉の視線がこちらを向く。
俺は目を合わせないようにそっぽを向く。
「………まぁいいわ。反省室には私が連れていく。生徒会役員である私にも権限はあるわ。」
「風紀の取り締まりは我々風紀委員の本分だ。生徒会にも権限はあるがあくまで我々の領分であることを理解してもらおう。」
「私の弟よ。」
「それがどうした。」
「…………………。」
「…………………。」
とうやらお互い、一歩も譲る気はないらしい。
背に仁王像が見えるほどの迫力だ。
下手なB級映画よりもよほど見応えがある。
ポップコーンを片手に鑑賞したいくらいだ。
「ねぇ時雨、何でって聞いてるよ?」
虎雪の存在を忘れていた。
無言で頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。ちょろかわいい。
「埒が明かないわね。力付くで黙らせてあげてもいいのよ?」
「ほう、貴様にできるのか?愚弟すら禄に制御できん貴様に。」
うわなんかこっちにも流れ弾がきた。
愚弟とか言われてますわ。
争うのは勝手だが俺を巻き込むのは辞めてもらいたい。
俺は私のために争わないで!などと取り合いの渦中にいる自分に酔いしれるような発言をする気などないのだ。
紅王から炎が立ち昇る。その熱気は少し離れたこちらにも十分に伝わるほどだ。
それに対抗するように、姉の身体を黒い瘴気のようなものが纏う。その姿は禍々しくも神秘的で視線を吸い寄せられる。
登校中の生徒たちも足を止め、こちらに注目している様子だった。
やがて緊張が最高潮に達し、両者が一歩を踏み出そうとした瞬間─────────
「あなたたち〜。」
ほんわかした声が遠くから聞こえた。
見ると此方に向かってゆるふわな空気をまとった女性がぽわぽわと走ってきていた。
あれは我らが担任、癒瑠歩和子先生だ。通称ゆるふわ先生。
ゆるふわ先生は俺たちの目の前まで来ると手を膝につき、乱れた息を整えた。
大した距離でもなかったのに、あいかわらず体力がない。
「もうすぐ予鈴が鳴るわよ〜。早く教室に入りなさ〜い。」
「命拾いしたわね。」
「ふん、ほざけ。」
危なかった。
どうやらこの二人は命のやり取りにまで発展させるつもりだったらしい。
この平和な現代社会において────まぁ最近は物騒だが………。とにかく目の前でそんな凄惨な戦いがおこりかけたとは驚きだ。
ゆるふわ先生が来ていなかったらどうなっていたことだろうか。
「時雨、私を置いて勝手に登校したことについてはまたゆっくりと話をしましょう。」
「貴様の指導は放課後に変更する。逃げるなよ。」
各々が一方的にそう告げ、自分の教室へと歩いていった。
「私たちも行こ、時雨。」
「そうだな。」
そして俺達も教室へ向かった。
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