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過去のおれのもとへ

作者: 雉白書屋

 人類はついにタイムマシンの開発に成功した。

 それは誰もが認める偉業だった。しかし、インターネットというもう一つの偉大なる発明品によって、タイムマシンの製法が流出して、今、歴史の教科書が毎日書き換えられ、歴史教師は失業の危機にある。過去が変わるたびに現在も変わるが、なぜか人々の記憶はそのままだ。時間の流れと人間の意識の間には奇妙なギャップがあるらしい。

 今ではハッカー集団と中国のおかげで、誰でも時間旅行を楽しむことができる。しかし、残念なことにタイムマシンは現代と過去しか行き来できず、未来を知ることはできない。

 だからだろうか、現在、過去を改変しようとする者たちと、それを阻止しようとする者たちの間で、まるでウィキペディアの編集合戦のような争いが日々繰り広げられている。連中は歴史を作ることで勝者になれると信じているのだ。

 本能寺から逃げた織田信長の眉間をライフルで狙撃することなど、ある種のスポーツとなりつつある。しかし、心が広く、版権フリーの織田信長は現代人の暴挙をきっと許してくれるだろう。

 さて、世界は混沌とし、未来は以前にも増して先行きが不透明だが、この時間旅行が違法になるのは時間の問題であることは、おれでも予測できる。

 だから、おれは中国製のベルト型タイムマシンを腰に巻き、過去へ飛んだ。過去の自分に未来の情報を教え、金持ちにしてもらうのだ。


「やあ」


「えっ」


 おれは家の前で、学校から帰ってきた小学生のおれを待ち構えて声をかけた。

 小学生のおれは、目に入れても痛くないくらい可愛いなんてことはなく、よその家の男の子に対して抱く感情と何ら変わらなかった。つまり、生意気なクソ猿だ。おれは子供の頃、大人の男から理不尽に怒られたことが何度かあったが、今なら納得できそうだ。


「あの、なんですか……?」


 小学生のおれは警戒し、今にも逃げ出しそうだが、おれが言う台詞は決まっている。


「おれは未来の君だよ」


 一度言ってみたかったんだ……が、小学生のおれは『え、これが……?』と、露骨に嫌な顔をした。真っ先に嘘だと思われなかっただけ、マシだと思うことにしよう。

 だがまだ疑っている、あるいは信じたくないようだったから、当時好きだった子の名前など、誰にも言ったことのない秘密を次々と言い当てた。すると、小学生のおれは納得した。口を曲げ、首を傾げて、なかなか咀嚼できないようだが、まあいい。おれは調べておいた宝くじの当たり番号や競馬の勝ち馬を教えてやった。


「じゃあ、帰るからな。その時が来たら、ちゃんと稼ぐんだぞ」


「あ、はい……あの」


「なんだ?」


「何か、未来のものを見せてくれませんか?」


「なんだ? まだ信用していなかったのか?」


 おれの人間不信はこの時から始まっていたのだろうかと思ったが、違うらしい。単純に未来のものに触れたいだけのようだ。

 おれはスマートフォンを渡してやった。この時代はスマートフォンどころか、折り畳み式の携帯電話さえもまだ世に出ていなかったはずだ。

 小学生のおれは目を輝かせながらスマートフォンをいじり始めた。もし息子がいたら、こんな気分になるのだろうか。だんだん可愛く見えてきたが、そろそろ時間だ。


「なあ、もういいか? スマホを返せ。今から依存症になられたら困るからな」


「あ、はい。どうぞ!」


「じゃあ、くれぐれも頼んだぞ」


 小学生のおれと握手をして、現代へ戻った。しかし……。


「まあ、そうだよな……」


 おれはため息をついた。おれの部屋は、相変わらず歴史資料の一部として保存されているような古びたアパートの一室のままだった。おそらく、おれ以外にも同じことを考えたやつがいたのだろう。宝くじ売り場や競馬場に人々が殺到し、争奪戦に負けたか、歴史に狂いが生じたのだ。

 過去へ飛んで、おれが直接宝くじを買うことも考えたが、タイムトラベルには時間制限があり、過去の時代にいられるのはほんの数分程度なのだ。それに、過去のものを現代に持ち帰ることもできない。何がタイムマシンだ、まったく。おまけに壊れたみたいだ。不良品め。

 ああ、何か手はないものか。現状を逆転できる何かが――


『えー、タイムマシンの使用を全面禁止し、取り締まることを決定いたしました』


 テレビをつけると、総理の会見の中継が行われていた。この総理、確か死んだはずでは……まあ、どうでもいい。どのみち未来はお先真っ暗だ。

 おれは床に寝転び、ゲームをしようとスマートフォンを手に取った。


「あ、ふはははははは!」


 待ち受け画面が小学生のおれになっていた。それもしわくちゃの笑顔だ。こいつが、おれが目指すべき未来の自分なのかもしれない。未来を、自分を信じていた、あの頃のおれが。

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