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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

E組の鈴木くん

作者: 小雨川蛙

 水の中にさえ太陽の熱が微かに漂う夏が今年もまたやってきた。


 町に住む者であの中学校に居るE組の鈴木君を知らない人は居ない。

 あの子は水泳が大好きでプールの時間、泳ぎが苦手な生徒がいるとすぐさまやってきて泳ぎのコツを教えてくれる。

 初めは鈴木君におっかなびっくりしている生徒も段々と慣れてきて真剣にアドバイスを聞くようになる。

 鈴木君は泳ぎが得意だ。

 だから、鈴木君のアドバイスを聞いた生徒はその夏の内に泳げるようになる。

 その教え方は誰よりも上手くて、先生たちだって鈴木君を頼りにしている節がある。

「E組の鈴木君! あの子に泳ぎ方を教えてあげて!」

 そんな声が今日も聞こえる。

『鈴木』という名前は多いから、生徒も先生も外から来た人も皆『E組の鈴木君』と呼ぶ。

 鈴木君は呼ばれるたびに笑顔で泳いでくる。

「大丈夫だよ。水は怖くない。俺が言っても説得力ないかもしれないけど」

 少子化問題が騒がれる時代でもうクラスはC組までしかないけれど、どれだけ時間が経っても鈴木君はE組の鈴木君だ。


 この町に住んでいなくてもあの中学校に居るE組の鈴木君を知らない人は少ないかもしれない。

 何せ、夏になる度にテレビ局がE組の鈴木君にインタビューに来るから。

「今年も夏がやってきたね~」

 新人のアナウンサーがおっかなびっくりといった様子で鈴木君に尋ねる。

 その様子を以前から鈴木君と面識のあるカメラマン達が笑顔で見つめていた。

「はい! 今年も夏が来ました!」

 スクール水着と水泳帽をつけた鈴木君が笑顔で返事をする。

「今年もこの時期が楽しみだったの?」

「そりゃもちろん! やっぱり、俺と言えばプールだし!」

 悪戯っぽく笑う鈴木君にアナウンサーは「ははは……」と乾いた笑いを返す。

「鈴木君、不謹慎だよ!」

 もう鈴木君と何年も付き合いがあるスタッフが笑うと鈴木君もけらけら笑って返した。


 十数年も前、水泳の授業でプールでE組の鈴木君は溺死した。

 後に鈴木君自身が笑って話していた。

「足をつっちゃった。本当にそれだけなんだ」

 泳ぎが得意な鈴木君だったから皆が異常に気付かなかった。

 気づいた頃には手遅れだった。

 鈴木君のご両親はすごく怒って学校を訴えたし大騒動にもなった。

 連日、近所の人やマスコミまで訪れて、延々と前に進まない話が繰り返された。

 そんな時、プールで手を振る鈴木君に誰かが気づいて、彼自身が事の次第を話してようやく一段落した。

 鈴木君のご両親は泣いていたし、鈴木君も何度も何度も泣きながら謝っていた。


 E組の鈴木君が幽霊であることは皆知っていた。

 だけど、誰も鈴木君を怖がることはなかった。

 幽霊と言えば近づけば消えてしまうし、その正体は分からないし、作り話ばかり……そんな常識をE組の鈴木君はあっさりと打ち破ってしまった。

 テレビ番組や怪しい霊能力者がやってきて「この世に未練があるんだろう?」だとか「寂しくて誰かを自分と同じように連れていきたいのだろう?」なんて失礼なことしていたけれど、鈴木君自身がはっきりとそれを否定した。

「馬鹿じゃない? 少なくとも俺はそんなことしねえよ」

 いわゆるキレた子供の口調で彼らを睨みつけていた。

 やがてそんな馬鹿で失礼なことをする人は居なくなった。

 今じゃ、鈴木君は町の名物だ。


「きっと、僕はこの学校で誰も溺れないよう見守るために幽霊になったんだと思います」

 今年も鈴木君がカメラに向かってきりっとした声と表情で語る。

 テレビの前に居る人々はE組の鈴木君が幽霊だなんて誰も信じない。

「僕を疑っていて、僕に会いたい人はぜひこの町に来てください!」

 地元の人に吹き込まれたPRをして鈴木君がわざとらしく親指を立てて笑う。


 こんなにも堂々とした幽霊は誰も怖がらないし、誰も恐れない。

 結局、幽霊が怖いのは人間がうまく捉えられないからなんだって鈴木君を見ていれば分かる。

 町の名物、E組の鈴木君は今日もまた泳ぎが苦手な生徒に泳ぎを教えている。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  認識こそが人足りえるなら、存在すら気付かれない人の方こそを○○と言う今の世なれば、実は日々の電車や街中で隣合っていても判りませんものね。  素敵な存在に、実体無き真実すらをも受け容れられ…
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