第4話 『能力値』
初めて訪れたルキア神殿は、白っぽい石造りで塵一つなく掃き清められており、明るい光で満ちていた。入ってすぐの広いホールで三人ほど並んで座る神官衣の女性達が受付をしてくれる。
「すいません、”選択の日”で来たんですが……」
「あ、ハイ。”職”関連ですね。
では、あちらの階段から二階へお上がりください」
真ん中の女性に話しかけたら、淀みのない返事が戻ってきた。どれだけ言い慣れてるんだろうかと思わせる。
「折角神殿まで来たんだし、オレも転職考えようかな……」
今日は僕達の付きそい役の筈のレナードが、そんな事を言い出した。
「え、転職って? そんなの出来るの?!」
ミルカが驚いてる。そりゃそうだ、僕達はまだ一つ目の”職”にすら付けていない状態なのだから。
「ああ、出来るよ。
オレの場合、今は”狩人”と”盗賊”だけど、”職経験値”が一定以上貯まっていれば、上級職や他の基本職に転職出来るんだよ。
”職”固有の”技能”を全部習得したら、転職した方が他の”技能”も覚えられるしね。
なにせ、一度習得した”技能”は、放っておくとレベルが下がるけど、”技能”自体を忘れてしまったりはしないからさ」
「へぇ~、そうなんだ~。わたしもいつか転職してみたいな~」
「あ、ミルカは”治癒師”は無くすなよ? ホントに珍しいんだし。
転職したいなら、2つめを変えていけば良い」
「え~、まだ1つめも始まってないのに……。遠い未来の話じゃないの~」
なんて二人が話してるけど、転職って言うシステムを詳しく知らなかったから、教えてもらえて良かったかも?
父さんの”職”、『剣士』も上級職って呼ばれる物の一つだから。
二階へ上がると、壁の矢印で誘導される。その先の部屋へ入ると、係の人だろう神官衣の人達が三人ほど待っていた。
「ようこそ、”職選択の間”へ。
さて、本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
「この子達が13歳になって”選択の日”を迎えたので、宜しくお願いします」
と、レナードが僕らの背中を押し出す。ああ、なんか今更だけど緊張してきた―――。
「そうでしたか。それはおめでとうございます!
では、どなたから”職選択”されますか?」
「どうする? お前達……ミルカ、先やるか?」
「えッ、わ、わたし?! う~……うん、やるよ!」
意を決して、係員へと歩み寄る。
「どうぞ、こちらへ。
この水晶玉に触れて頂くと、そこの魔晶石の一枚岩に『能力値』が映し出されます。他の方に見られたくないのであれば、係員以外は部屋を退出して頂きますが……どうされますか?」
「あ、大丈夫です。兄もレナも、大体知ってますから……じゃ、じゃあ始めますね?」
ミルカがおっかなびっくりといった様子で、水晶玉に手を伸ばす。その指先が触れた途端、バチッという音とともに一瞬眩い光が発生した。
「……ま、眩しい~; 真面に見ちゃった。チカチカするよぅ……」
なんて本人は呑気な事を言ってるけど、係員の人たちが魔晶石の板を見て息を飲んでいる。
「―――おお、『治癒師』とは……。また希少な”職”ですね」
ミルカ・シュトレイン Lv.8
人間 女 13歳 冒険者ランク:未登録
HP:38 MP:87
第1職:治癒師 Lv.1
第2職:---
筋力:8 耐久力:7 敏捷性:6 器用さ:10
知力:13 信仰心:9 幸運:12
装備 ※職による制限あり
頭:---
体:軽装革鎧/子供用
盾:***
装飾品1:旅人のマント
装飾品2:---
武器1:---
武器2:---
物理防御力:6
魔法防御力:11
”素質”
#$%&@
魔力増幅+
魔術適正+2
(精霊眼・精霊語)
”技能”
魔素操作:F
治癒術:E
料理:F
……
「あ、やったぁ! 料理がある……最近ちょっとだけレナのお手伝いしてるからかな?」
「いや、料理は良いけど、1つ読めないのがあるぞ?」
「ホントだ、なんだろうねぇ? あれ……なんか見た事ないのもある?」
不思議そうなミルカに、神官が教えてくれる。
「そうですね、こちらの画面でカッコ付きの”素質”は、能力の発現がまだの物ですね。ご自身で見られるのは発現済みの物だけですので、恐らく今まで見えなかったのでしょう。
何らかのきっかけがあれば発現するのですが……でも、そのきっかけが何であるかは我々では分かりかねるのです……」
申し訳なさそうに話してくれた神官の後を受けて、レナードが前向きな事を言う。
「へぇ、発現前だけど精霊眼に精霊語とか持ってたのか……。魔術適性もある。
第2職に”精霊魔法使い”とか取れるんじゃないか?」
「しゃーまん?」
「これもまぁまぁレア職だぞ? 数が少ないから」
「え、わたし、もしかしてスゴイ?」
しゅんとしていたミルカが、ちょっと持ち直したみたいだ。
「スゴイ……と思うぞ。ねぇ、神官さん?」
「ええ、勿論! ですが、表示が文字化けしてしまっているなんて、初めてですわ。
どうしたものでしょう……もう一度やり直されますか?」
係の神官の問いに、ミルカはうーんと少し考えた後ゆるゆると首を振った。
「いいえ、大丈夫です。兄も待たせてしまってますし」
「そうだな。たまたま調子が悪かったのかも知れないし……神殿に来たらいつでも見られるんだから、いつかは分かるだろ? さ、次はディートだぞ」
―――ドキンッ!
な、何だよ?! いつも自分で見てる物が大写しされるだけだろ?
何て事ない、何て事ないって!
緊張の余り、バシっと叩くように水晶玉に手を置いてしまった。
「テンパリ過ぎだろ、ディート~♪」
後ろでレナードが笑ってる。は、腹立つッ!!
ミルカの時と同じように、音と光がして僕の能力値が表示された。
ディート・シュトレイン Lv.9
人間 男 13歳 冒険者ランク:未登録
HP:73 MP:25
第1職:戦士 Lv.1
第2職:---
筋力:13 耐久力:12 敏捷性:9 器用さ:8
知力:7 信仰心:5 幸運:13
装備
頭:---
体:革鎧/子供用
盾:---
装飾品1:旅人のマント
装飾品2:---
武器1:小剣
武器2:---
物理防御力:10
魔法防御力:3
”素質”
&%$#@
不屈の意志
頑強
(???????)
”技能”
剣術:E
戦術:F
弓術:F
……
「また読めないのがある……今日調子悪いの?」
係の神官に聞いてみるけど、彼女は顔を曇らせる。
「先程までは、こんな事なかったのですが……。
それに発現前といえども、神殿の水晶玉では内容を確認できる筈なのですけれど」
そうだ。文字化け? ともう一つ、ミルカの時には見えていた発現前の”素質”も、僕のでは不明になっている。
「しょうがない。また今度、だな。」
ぽん、と頭に手を置かれる。まぁ、確かにそうなんだけど。
「じゃあ、帰るか? 冒険者ギルドは昼からで良いだろ?」
「―――レナ、転職は良いの?」
「あー……なんか調子悪そうだし、オレも今度で良いかな~と」
「僕達の『能力値』見といて、自分のは見せないのかよ?
ズリィぞ、レナードだけ!」
「え~……そんな大した事ないって; そんなにオレの『能力値』見たい?」
「見てみたい、かも……?」
僕とミルカにせがまれて、レナードが一つため息をついた。
「ホントに大した事ないのに……がっかりしたとか言うなよ?
―――じゃあ、すいません。今回は『能力値』の確認だけで」
と、水晶玉に手を伸ばす。また、バチバチッって音と眩しい光に目が眩む。
ジジジ……ジジ……。
その時表示が揺らぐのを、見た気がした。
レナード・ディーパー Lv.53
人間 男 25歳 冒険者ランク:A
HP:743 MP:389
第1職:狩人 Lv.30
第2職:盗賊 Lv.26
筋力:57 耐久力:59 敏捷性:84 器用さ:70
知力:48 信仰心:35 幸運:82
装備 ※職による制限あり
頭:---
体:軽装革鎧
盾:***
装飾品1:---
装飾品2:---
武器1:短弓+
武器2:短刀*2
武器3:黒蔦の鞭+2
物理防御力:36
魔法防御力:21
”素質”
異空間倉庫
身体能力+2
敏捷性+2
夜間視覚
気配察知
空間把握能力
……
”技能”
剣術:B
弓術:S
短刀:A++
鞭:B+
登攀:A
剥ぎ取り:A+
料理:S
鍵開け:B
鑑定:B-
隠密:C
スリ:E-
情報収集:A+
……
「え、レナって冒険者ランクAだったの?! すっごい!!」
「……なんか、ランク以外にも色々凄くないか?
剣術:Bって……剣使えんの? 見た事ねーけど」
「まぁ、オレも最初は『戦士』スタートだったからね。
最近全然使ってないけど……その割にあんまり落ちてないな」
「あらあら、まぁまぁ……お若いのに、大変高い『能力値』ですのね。
もしや、ご苦労されたのではないですか?」
気遣うように声を掛ける神官に、しかしレナードは明るく応える。
「それなりに波瀾万丈な人生だなぁとは、我ながら思いますけど。
今はまぁまぁ落ち着いてますから、平気ですよ。
それにしても、流石に神殿で見て貰うと、随分細かい所まで明らかになっちゃうんですね;」
「うわー……スリとかあるじゃん。さすがは盗賊だよな?」
「いや、技能レベル見てよ?! やってないって!!」
慌てて言い訳するレナードだった。