表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

第3話 城壁都市シュミットガルト

「―――さん、兄さんったら!!」


 ミルカに呼ばれている?!

 僕はその事実に、はっと意識が覚醒した。

 魔物か、はたまた盗賊でも出たのか……ッ?!


「もう、やっと起きたのね? うなされてるし泣いてるし、どんな夢を見てたの?」


 泣いてる? 僕が―――?


 思わず目元に触れた手に水滴が付いていた。


 夢? 今のは夢―――レナードとの出逢いの時の……そう、まだ父さんが元気で、生きていた頃の。


 漸く状況が飲み込めてきて、大きく深呼吸した。

 ここは宿屋のベッドで、あの日からそろそろ5年が経とうとしている。そして、父さんと死に別れて2年と少しくらいになる。

 あのまま夢を見続けていたら、その日の事もまた追体験させられていたのだろうか?


 あの、最悪な日の事まで―――。


「そう言えば、レナードは?」

「見てないよ? 下の酒場に居るんじゃないかな?」

「―――またかよ; ほんっと、碌でもないオトナなんだから」


 出会った当初は好青年と思えるようなレナードだったけど、初めて街の酒場兼宿屋に泊まった時に、そのイメージはガラガラと音を立てて崩れ去った。

 大体宿屋ってのは、一階が酒場や食事の出来る場所になっていて、二階より上に宿泊する部屋が並んでいる事が多い。特に大きな街の盛り場なんかは、大抵そんな感じだ。

 その酒場に入った途端、同じく店の客であろう冒険者風の女性に声を掛けられて、鼻の下伸ばしてホイホイ付いて行ったんだ。


 その時あの野郎、何て言ったと思う?


「あー、ゴメン。今夜はこのおねーさんと過ごすから~♪」


 ニヤけた笑顔で、いきなり階段を二人で仲良さげに上がっていったんだ。

 それがどーゆー意味なのか、僕は知識としては知ってた。


「ま、レナードも健康的な若い男だしな……」


 父さんがポツリと零した言葉からも、そーゆー意味なんだなと確信した。

 初めの頃は意味が分からなかったらしいミルカは、ある日突然『不潔ッ!!!』と言って、暫くレナードを避けていたけれど、いつの間にか元通りに接している。

 二人の間で何があったのか知らないけれど、でも、レナードの女癖が悪いのは相変わらずなのに。

 今日だって、夕べ下の酒場で女性と仲良くなって、そのままだ。


 まぁ、それ以外なら、レナードは良い奴ではあるんだけど。

 相変わらず作る料理は美味いし、年長者っぽい言動もする。……街での夜以外は。


「そういや、お前、一時期レナードの事すっげぇ毛嫌いしてたのに……。

 いつの間に仲直りしたんだよ?」

「え、やだなぁ……随分前の話じゃない。

 仲直りっていうか―――やっぱり、ナイショ。

 でも、今も前もレナの事は嫌いじゃないよ?

 だって、やっぱりゴハンがすっごくおいしいんだもん!」


 そうそう、これもいつ頃からかは忘れたけど、ミルカはレナードの事を”レナ”と呼ぶ。

 まるで女の名前みたいに聞こえるけど、レナード本人は別に気にした風でもなくミルカがそう呼ぶのを咎める事もない。

 愛称にしたって、何か他にもあるだろうにどうして”レナ”なんだか。


「なんだそりゃ? 結局食い物につられてるだけかよ;」

「そーゆー事にしとく~♪」


 そこへ、コンコンとノックの音がした。


「おーい、二人とも、起きてるか~?」


 レナードの声だ。女の部屋から戻ってきたんだな。


「起きてるよ~! お寝坊さんの兄さんもさっき起きたしね?」


 ミルカがドアを開ける。そこには出会った頃と、殆ど見た目も変わらないレナードが立っている。身なりも乱れた所はなく、至って普通。


「珍しいな、ミルカじゃなくて、ディートが寝坊なんて? まぁ、起きてるなら良いか。

 今日は大事な日なんだし、そろそろ朝飯食べて、出掛けるぞ。

 下で待ってるからな?」


 それだけ言い残し、また後でな、と立ち去った。


「さ、兄さん! 早く! 今日は大事な”選択の日”なんだから!」


 そう、今日は僕達双子の13歳の誕生日。

 正式に神殿で”ジョブ”を選ぶ”選択の日”だ。

 まぁ、『能力値ステータス』って唱えれば、”ジョブ”は見られるけど、今日までは”(ジョブ)”名の後に『見習い』ってのが付いている。例えば僕なら”『戦士(ファイター)』見習い”って感じ。

 神殿で”選択の日”を終えれば、その”見習い”っていうのが取れる。

 正式な『戦士(ファイター)』としての第一歩だ。


 そして、大きな変化としては、冒険者ギルドに登録が可能(一応簡単な試験はある)になる。最低ランクの『F』からのスタートだけど、晴れて依頼クエストを受ける事が出来る様になるんだ。

 慌てて身なりを整えて酒場に下りると、レナードが待っていた。


「おお、来たな。朝飯何食べる?」

「……うーん、何か緊張して食べられないかも;

 わたしは軽くで良いかなぁ」

「僕は腹減ってるんだよな~。ちょっと多めに食べるか」

「なんか正反対だな。じゃあ、すいませ~ん! 注文宜しく~!」


 確か、この酒場兼宿屋を切り盛りしている夫婦の娘だという少女を呼ぶ。少女っていっても、ぱっと見17、8って感じだから僕らより確実に年上だけど。


「は~い! お決まりですか?」

「わたし、サラダとヨーグルト、お願いします」

「僕はカツサンドと……ミルクで良いか」

「オレはミックスサンドとコーヒーで。

 そうだ、神殿ってこの道まっすぐだったっけ?」

「はい、まっすぐ行って、行政地区に入ってすぐですよ。

 じゃあ、しばらくお待ちくださいね」


 その後、すぐに運ばれてきた朝食を平らげ、早速神殿へ向かう事にした。



 『城壁都市シュミットガルト』という名のこの街は、治めている領主が大変な人徳者だと呼ばれるくらい治安も良く、栄えている。

 近くに有名な地下迷宮や遺跡、魔物の出る森なんかが点在しているのも大きく関係していて、この町を拠点にしている冒険者も多い。また新たに訪れる冒険者も多く、彼らを管理するギルドも規模がかなり大きいらしい。

 人が動く、集まる所は栄えるんだとレナードが言っていた。

 確かにこの街は、これまで旅してきた中では最大級の大きさだ。街を囲んでいる石壁も、もの凄く高くてビックリしたもんな。


 僕達が今居るのが、繁華街である娯楽地区。そこから北へ進むと行政地区と呼ばれる役所や神殿、貴族の屋敷のある地区。その奥にこの街の領主の城がある。

 因みに一般市民は、娯楽地区やその周りに広がる一般居住地区と呼ばれる場所に住んでいる。


 東西に街道から繋がる街の門があって、門同士は娯楽地区の大通りで繋がっている。その大通りと、領主の館のある北へ向かう大通りが交差している近くにあるのが、この酒場兼宿屋『飛龍の翼亭』だ。

 僕らはこの街に来るのは初めてだけど、レナードは以前に立ち寄った事があるらしく、料理が美味しくて宿としても小綺麗だから、とここを選んだ。

 何でも昨日の夕食時に聞いた話だと、実は今の経営者夫婦は二代目なんだとか。

 先代が高齢で引退を考えているんだという話を聞いて、定宿にしていた冒険者の夫婦が引き継いだらしい。

 先代時代からの名物料理だと言う黄金イノシシのシチューは、確かに美味しかった。

 うん、美味しかった……んだけど。

 普段からレナードの料理を食べていると、そっちの方が美味いかなって、思わなくも無い。もしかして、ずっと食べてるから舌が慣れてるだけ、なのかも知れないけど。


 ああ、そんな事を考えてたからかな?

 出会った日の事を夢に見たりしたのは―――。




「ほら、あの白い大きな建物がルキア神殿だよ。

 この街の神殿は治療院や、孤児院、初級学校なんかも併設してるから、規模が大きいんだ」


 見えてきた神殿を指差して、レナードが説明してくれる。


 なんだかんだ、レナードってあちこち旅してるからか、色々物知りだ。実は冒険者ランクも上から3番目の『A』、らしい。……らしい、ってのはレナードがちゃんと教えてくれないからだ。

 でも、僕は見たんだ。ペンダントになっている冒険者認識票(タグ)に刻まれていた『A』の文字を。

 普段は飄々としていて、全然そんな風には見えないのに、『A』ランクだなんて?!

 あの時は本当に衝撃だったね。余りの高ランクにめまいがしたくらいだし。


 大体、最高位の『SS』ランクってのは、ほぼ伝説みたいな感じで、今現在……というか、ずうっと該当者は居ないって話だ。次ランクの『S』ランクにしたって、国にお抱え冒険者が一人でも居ればスゲー! ってレベル。名前が通ってるSランクの人でも、現役はたったの5人くらいらしい。

 正直、一般人レベルの最高ランクが『A』って事だ。その『A』だよ?

 あのレナードが! まぁ、その辺も同じ冒険者になればハッキリするんじゃないかと思ってるんだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ