第2話 美味しい晩ご飯
これにも用語説明必要そうだなぁ……;
うなり声を上げ体勢を低くしたオオカミは、今にも飛びかかろうかと言わんばかりだ。
それも1匹、また1匹と数を増やしていき、5匹にまで増え、囲まれてしまった。
さすがに多勢に無勢だ。
父さんに教わりつつ剣の修行は始めているけれど、オオカミ5匹を相手に勝てるとは思えない。
ミルカだけでも逃がさなくちゃ……と覚悟を決めたその時、声が聞こえた。
「伏せろ!」
反射的に二人一緒に頭を下げた場所を、何かが飛んで行った。その何かは最初に出て来たオオカミの頭に見事命中し、その場に声も無く倒れる。突き刺さったのは、不思議な形のナイフみたいな物らしい。
同じ物がドスッ、ドスッと2匹目、3匹目の頭にも刺さって倒れていく。
仲間が半分以上倒れてしまったからだろうか、残りのオオカミが逃げていった。
「―――怪我は無いか? 二人とも。
街道を少し離れると、獣もモンスターも出るからな。
此処はちょっと踏み込み過ぎだ。気を付けろよ」
ナイフが飛んできた方向から、レナードが現れた。
そのスカした顔を見たら、僕は思わずヘナヘナとその場で座り込んでしまった。
「お、お兄ちゃん?!」
「大丈夫、緊張の糸が切れたんだろう。すぐに元に戻るよ」
ミルカを安心させるように話しながら、レナードは倒れているオオカミに近寄る。
変な形のナイフ? を抜き、「すぐ食べるなら血抜きはしなくて良いかなぁ」とか呟いて足を纏めて縛ってしまう。3匹とも同じように縛って「ちょっと待ってて」と森の中へ消えた。
その様子を、呆然と眺めていた僕たちは、レナードの姿が見えなくなって、急に怖くなってきた。
し、仕方ないだろ?! 野生のオオカミに囲まれるなんて初めてだったんだから!
「れ、レナードさぁん……?」
ミルカが心細いのか、名前を呼んでいる。ん? 目元が……涙ぐんでるような?
またガサガサと茂みが揺れて、まさかまたオオカミか?! と身構えたけど。
「お待たせ~。さぁ、丁度良い枝も見つかったし、獲物も手に入ったし、戻ろうか」
今度は、例の人懐っこそうな笑顔でレナードが出て来た。
―――き、緊張して損したッ!!!
「お、脅かすなよッ!!! バカヤローッ!!!」
「え? ああ、ゴ、ゴメン?」
それから、取って来た長い枝にオオカミ3匹をぶら下げ、肩に担ぐと(重くねーのか?!)僕達を急かして歩き出す。
「ほらほら、さっきのオオカミが仲間を連れて戻ってくるかも知れないから、さっさと離れるぞ。小枝はもう充分あるし、街道沿いの野営地まで急ごう」
言われるままに落としていた小枝を拾い、足早に立ち去る。
そんなに森に踏み込んでいたつもりは無かったけど、結構奥まで入り込んでたみたいだ。これから気をつけないと。
野営地まで戻って父さんの顔を見たら……急に―――。
「―――父さんッ!」
思わず駆け寄ってしがみ付いてた。
「おお? どうしたどうした? 何かあったのか?」
無言でしがみつく、なんて余り見ない息子の様子に父が困惑しているのが分かる。
呆れた口調のミルカが説明する。
「も~、お兄ちゃんったら……。
その、ね? 森に踏み込み過ぎちゃったみたいで、オオカミに囲まれたの。
危ない所をレナードさんが助けてくれたんだよ」
「そうだったのか。いつも言ってるだろう? 子供だけで余り遠くに行くなって。
人間の領域なんて、街や村を一歩出れば、街道沿いのごく狭い範囲だけなんだから。
まだまだお前達は弱い。強さも、狡猾さも奴らの方が上だ。
充分気をつけないと、すぐに死んでしまいかねないのだから」
「―――うん。……ごめんなさい」
「よし、分かれば良い。
じゃあ、火を起こしてくれるか? この間教えただろう?」
父の言葉に、ディートがぱぁっと表情を明るくする。
「あ、う、うん……やってみる!」
二人を見守っていたミルカとレナードも、安心したように息をつく。
「じゃあ、オレこいつら捌いてくるよ。おっちゃん、川どっち?」
「少し先を下りると水辺がある。何か手伝おうか?」
「大丈夫大丈夫。
あ、そうだ。じゃあこの鍋に湯を沸かしておいてくれる?」
レナードの手には、まぁまぁ深めの鍋が。
一体何処に持ってたんだろう? ナップザックに入ってたにしちゃあ、大きすぎるような……?
はい、と横に居たミルカに鍋を手渡し、飄々と立ち去る。
受け取った両手鍋を不思議そうに見つめながら、ミルカが僕達の方へ歩いてくる。
「―――どれくらい要るのかな? お湯……」
「え、そっち?!」
……僕は、ミルカは結構天然だと思う。
レナードは小一時間ほどして戻ってきた。
「もう3匹捌いたの?」
「まぁ、慣れてるから。……丁度湯も沸いてるね。
じゃあ早速料理の腕を振るいましょうか~♪」
そう言って、他にも取って来ていたらしい物と、オオカミの肉を下処理し、鍋へと入れていく。その間も、見た目には萎んでいるナップザックからまな板に包丁、それから調味料? を出していたけど、更に僕達用の食器まで手渡してくる。
その様子をじぃっと見つめていた父さんが口を開いた。
「レナード、お前さん……”異空庫”持ちか?」
「―――え? あのメチャクチャ便利なヤツ?!」
思わず聞き返しちゃったけど、”異空庫”持ちを見るのは初めてだ。
「あー、バレちゃった; そりゃバレるか、うん。
一応他の人には内緒にしといてくれると助かるんだけど」
”異空庫”―――正式には”異空間倉庫”と呼ばれるそれは、文字通り『異なる空間に出し入れ自由な倉庫を持つ』という、超々レア級の”素質”だ。
何しろ、生まれつきでしか持てない”素質”で、後から習得できない上に、そもそも持っている人間が少なすぎるから。
でも、自分から”異空庫”持ちだと明かす事はまずない。
下手をすると、本人にとって大きなリスクになるからだ。
”異空庫”はある程度上限があると言われているけれど、どれだけ中に物を収納しようと、本人はその重量を感じる事はない。また収納中は時間が止まるらしいので、ナマモノを入れたとしても腐敗する事もない。
食べ物や水も、入れた時点の新鮮さをキープするわ、倒した魔物を入れておけば腐らせずに街まで持って帰って来られるわ……。
そんな感じでレアな上に超便利な”異空庫”持ちは常に引く手数多だ。
かつては”異空庫”持ちを巡って、戦争が起こった事すらあるっていうくらいだし。
「そ、そうだよね。怖い人に捕まったりしたら困るもんね?」
「そうそう。最悪、戦争の道具にされちゃうかも知れないしね。
だから、くれぐれも他言無用だよ;」
ふつふつと沸いて来だした鍋をかき混ぜながら、しーっと人差し指を唇に当てる。
うんうんと頷く僕とミルカ。無言のまま、顎に手を当てて、何か考え込んでいる父さん。
「お、そろそろ良いかな~。
じゃあ、まずはオレが味見するね~」
「あ、ズルい!」
「これはズルくないよ。一応毒見も兼ねてるんだから」
と自分の器にスープ? をよそって、スプーンで一口。
「うん、良い感じだ♪ じゃあ、年長者優先。おっちゃん、器貸して」
父さんが器を差し出し、レナードがたっぷり入れる。
「口に合うと良いんだけど……食べてみてよ?」
「お、おう……。済まんな。どれどれ―――ん、こ、これは!!!」
「と、父さん?!」
「ど、どうしたの?!」
器を持ったまま、突然俯いてしまった父親を心配して双子が側に寄るが……。
「う、……」
「う?」
「美味いッッッ!!!!! 野宿でこんなに美味いものが食えるとはッ!!
ディート、ミルカ、お前達も早く食ってみろ!
この年になって食い物で感動するとは思わなかったぞ、流石は料理Aだな、レナード!」
うわー、父さんってば涙まで流して感動してるよ……。そんなに美味いのかな?
「え~~~……人騒がせだなぁ;」
「レナードさん、わたしも早く食べたい!」
「あ、僕も食べる!!」
「はいはい。たくさんあるから、おかわりしても大丈夫だよ」
ミルカと僕のお椀にもよそってから、またナップザックをごそごそして出してきたのは、良い香りのするふわっふわのパン。
「これもどうぞ。街に居た時、焼きたてを買って放り込んだから美味しいと思うよ?」
一人に2つずつ、手渡していく。
「まだ温かい! 良い匂い!」
「ホント、おいしぃ~!」
思いがけず美味しい晩ご飯にありつけた幸運に、神様に大いに感謝する。
食事の後も、旅の話なんかをしてたんだけど、温かいスープで体が温まったのか、いつもよりずっと早く眠くなった。見れば隣に座っているミルカもうとうとしている。
「火の番は父さんとレナードでやるから、お前達はもうテントで休むと良い。
―――おやすみ、二人とも」
「良い夢見ろよ~」
大人二人に促され、僕らは大人しくテントに入って毛布に包まった。
どれくらい経った頃だろう? 何だかテントの外がやたら明るく感じて目が覚めた。
光はすぐに消えたのか、入り口の隙間から入り込んでた眩しさは収まった。少し開けて火の方を見てみると、父さんとレナードが話し込んでるみたいだった。
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◆大人達の会話を盗み聞きしますか?
聞く
→ 聞かない
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見た感じ危険そうでもないし、やっぱりまだ眠いや……。
僕は夜気から逃げるように温かな毛布に潜り込んだ―――。