第24話 死霊術師
その日は半月に一回、国境辺りの村々を巡回している小さな商隊の護衛としてその村を訪れた。
「随分静かですね? いつもこんな感じなんですか?」
この村に来るのが初めての彼は、同じ護衛の冒険者や商隊の人間に聞いてみるが、皆一様に首を傾げている。
「いや、いつもなら子供達がわーっと走って来て歓迎してくれるんだが……」
開きっぱなしになっていた村への門をくぐった時、ある匂いを感じた。
「止まって下さい! ……血の匂いがする。警戒をお願いします」
緊迫感のある警告に、護衛の冒険者達がすぐさま臨戦態勢に移る。今までこの若い新参の彼の言葉で命拾いした事が片手に余るだけに、彼らの行動は迷いなく迅速だった。
「野盗にでも襲われたか……? それにしちゃあ、綺麗すぎるのが気になるな」
通常、野盗などに襲われた村は、出会い頭に殺され至る所に遺体があったり、血の海になっていたり、焼き打ちされていたりするのが通常だ。
しかし、この村は……至って普通の村の風景だ。村人の姿だけが見当たらない。
「どうします? オレが偵察に行きましょうか……ッ?!」
2台の馬車の馬たちが、突然高く嘶き、首から鮮血を吹き出し倒れた。
深く切りつけられたような傷が付けられている。
「技能かッ?! 隠密系だ! 気をつけろ!!」
護衛のリーダーが警戒を呼びかけるが、姿の見えない敵の存在に騒然となる。
「うわぁぁぁ!!!」
一人、首を掻き斬られて馬と同じ様に鮮血を吹き出しながら事切れ、その場へ頽れる。
『キャハハハ! 弱っちぃ~んだ~♪
良くそんなんで”冒険者”なんて名乗ってるよね~w』
まだ少女のような高い声が辺りに響く。その声の主は未だに姿が見えないが、一行を囲むように揃いの真っ黒の装束を纏った男か女かも分からない集団が現れる。
その数、12人。各々剣や斧などで武装しているが、その武器はどれもこれもべったりと血に塗れている。
「―――村の人達を殺したのか?」
『ウフフ♪ こーんなしみったれたチンケな村でも、”暗黒竜”様の贄になるっていう崇高なお役目が与えられたの~。それってとーっても名誉な事だって思わな~い?』
とても楽しそうに声は話すが、内容はとてもじゃないが同意出来ない……と言うか、断じてしたくない。
「イカレてやがる……ッ! ともかく見えてるヤツを片付ける!」
リーダーの指示の元、戦士系のメンバーが交戦開始し、魔法系は馬車から降りた依頼人の商人を守っている。そして新参の盗賊は、遊撃。臨時の加入なので、そこまで連携も取れないだろうから、と前もって決めてあったのだ。
そこそこ手練れのパーティだった事もあり、暫くすると真っ黒の集団は一人残らず打ち倒されていた。
「いい加減、姿を見せたらどうだ?! テメェの部下だかは全員死んじまったぞ?」
『ふぅん、雑兵共相手とは言え、なかなかやるじゃな~い?
まぁいいわ。じゃあ、特別に見せてあげるぅ―――』
リーダーのすぐ近くの空気が揺らぐ。キィンッ! と金属音がして盗賊がリーダーの前で逆手に剣を構えている。その剣には正に今も刃を合わせている不思議な形状の剣が―――。
そこから、霧が晴れるように一人の女が姿を現す。縦巻きツインテールにした蜂蜜のような金髪、晴れた空のような青い瞳、毒々しい程に真っ赤な唇、そして変わった形状の黒の革服……。
「初めましてぇ~、そして、さよぅならぁ~♪」
異様な程赤い唇の口角をつり上げ、どす黒い笑みを浮かべる。
「させるかッ!」
ギャリッ!
刃を滑らせ力を逃がせ、腹を蹴り飛ばす。
「痛ったぁ~い! か弱い乙女になんて事するのぉ~?! ひっどぉ~い!」
体勢を整え立ち上がったその姿は、言葉とは裏腹に痛みを堪える素振りも無い。
「―――悪い、助かった。しかし何なんだ、あの女は……?」
リーダーが盗賊に小声で声を掛けたのを耳ざとく聞きつけたのだろう、声高らかに名乗りを上げる。
「あらぁ、ワタクシ? ワタクシは”暗黒の牙”円卓第12席、”死霊術師”エカチェリーナ・ブローツキィ……って、覚えなくていいわよ~?
―――今ココで、全員殺すからッ!!」
それまでの雰囲気がガラリと一変した。それは『遊び半分』から『本気の殺意』へ。
「特にお前……よく見ればイイ男だし、結構強いじゃない。殺してワタクシの側近にしてあげるわね。
―――さぁ、起きなさい、ワタクシのカワイイ僕達! 殺っておしまい!」
女の号令一下、倒した筈の真っ黒の集団ばかりか、首を切られて死んだ馬や冒険者までもがゆらりと起き上がる。
「お前の側近なんざ願い下げだ。確か、ゾンビってルキアの力に弱かったよな?」
盗賊が何かを取り出し、地面にそれを投げ付けた。
途端、視界を眩い光が一瞬塗り潰し、冒険者達がそれまでに負っていた傷が瞬く間に回復する。一方で、起き上がっていた真っ黒の集団、死んだ馬と冒険者が糸が切れたようにバタバタと倒れていく。
「な、何?! どういう事よッ?! ―――ヒッ!!!」
信じられないと言いたげな表情で女が喚くが、いつの間にか盗賊が首筋に剣を突き付けている。
「”不死の王”にはなっていないんだな?
だったら、心置きなく”暗黒竜”サマとやらの元へ送ってやろう」
「イ、嫌よッ!! ま、まだワタクシは死にたくないッ!! お、お願い、もう悪い事はしないからぁ!!」
女は邪教の一員とは思えない言葉を吐いて命乞いする。
しかし、盗賊の目は完全に唾棄すべき者として見ている。
「お前は泣いて『助けて』と言う人間を、どれ程殺して来たんだ?
それと同じ事だろう? やられる側に回っただけだ。
『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』って誰かが言ってたぜ。
いや、お前には『殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけ』か―――」
「い、イヤ……ワタクシはもっと……」
音も無く、刃が引かれる。ブシャアッと鮮血が吹き出した……。
*** ***
「その後、村の奥にある集会所で邪教の祭壇と村人達の遺体を見つけたんだ。
子供も大人も、老人も同じ場所に積み上げられて、部屋は天井から壁、床まで血の海だった。
あんな光景は、もう二度と見たくない……」
淡々と語られる話に、ムカムカする思いがわき上がる。
「しかも、一番近くのギルドへ事件を知らせて、その辺りの領主の騎士団に引き継いだけど、証拠物としてヤツらの死体を運ぶ途中に襲撃を受けて持ち去られたらしい。
あの女は”死霊術師”を名乗っていたから……下手すりゃ肉体を殺したとしても、何らかの方法で生き延びたかも知れない」
「何とも後味の悪い話だな……。やっぱり関わり合いになりたくねぇぜ;
しかし、何で今回の熊公とよりにもよって邪教が繋がるんだ?」
バルザックさんの疑問は尤もだ。
レナードはごそごそとナップザックを探って何かを出してくる。
「あの大熊を解体している時に、首の後ろから見つけた。
昔見た”暗黒の牙”の女の入れ墨と同じなんだ」
手の平大のつるりとした板に、牙の生えた口が開いている感じの図が描かれている。
「なんだろう……コレ、何か気持ち悪い感じがする……」
ミルカの言う通り、この板からは”悪い”モノを感じる。
クリスさんが険しい顔で説明してくれた。
「―――”瘴気”ですね……。一般的に”暗黒竜”の発する悪の氣だと言われています。
でも何故あの熊にこんな物が……まさか、操る為に?!」
「その可能性はあるかもな。―――こうなると安全が確認されるまで、森が出入り禁止になっちまうかもしれねぇぞ?」
「うへぇ……今回の2体だけでこりごりだよ;
レアモノの筈のS級モンスターにそんなにウロウロされても困るんだけどなぁ」
そんな話をしつつ、無事に街へと帰り着いた。バルザックさん達とは仲間を医者へ連れて行くからと街に入ってすぐ別れて、大通りの十字路で僕達もセリエさんや他の講習生、冒険者ギルドの一行と別れた。
あ、でもまだクリスさんだけは一緒に居る。と言うのも、宿を知らせておくのと、アンドレイさん達に紹介しようってなったから。
「うわあ、ドキドキする! 豪雷のアンドレイさんとレイチェルさんに会えるなんてッ!」
「えー、でもクリスさん、セリエさん達と違ってみんなが現役の頃って知らないんだよね?
今のアンドレイさんなんて、すっかり料理大好きな親父さんだよ」
なんて僕が言うと、プリプリ怒り出す。
「この街の子達は、豪雷の冒険譚をいっぱいいっぱい聞いて育ったんだから!
今でも断ッ然憧れの対象なの!!」
「はいはい、ケンカしない; 着いたよ、クリスさん。ここが飛龍の翼亭だよ」
十字路からすぐだもんね、もう着いちゃったw
「え、も、もう……ッ?! こ、心の準備がぁぁぁ」
アワアワしているクリスさんの背中を押して中へ入る。
「いらっしゃいませ~……あ、お帰りなさい、皆さん!!」
ケイトさんが明るく迎えてくれる。
「ただいま~、ケイトさん♪ クリスさん、ケイトさんはアンドレイさんとレイチェルさんの娘さんなんだよ~!」
「は、初めまして! 新人講習でミルカちゃんやディート君と友達になったクリスです!」
「まぁ、こちらこそ初めまして! ケイトです。ここでウェイトレスとかやってます。
そうだ、父さ~ん! 兄さ~ん! レナードさん達帰って来たわよー!!」
というケイトさんの声が届くやいなや、アンドレイさんが厨房から飛び出してきた。背後でマイロさんの声で『親父ズルいッ!!!』って言ってるのが聞こえる……。
「おお! 待ってたぜ~、兄さん!! 早速味見して貰いたい新メニューが……」
「もう、父さん!! それは後にして!! これから混む時間なんだから!!」
「うッ、分かったよ……また後でな、兄さん;」
ケイトさんに怒られて、しょんぼり肩を落としてアンドレイさんが戻っていく。
僕達には結構いつもの感じだけど、クリスさんには衝撃だったらしい。
ポカーンと口を開けて見送っている。
「じゃあ、レイチェルさんにも挨拶してから晩飯にしようか。
丁度空いてるから、いつもの席確保しといてくれる? 4人分で」
「はい! かしこまりました!」
「クリスさんも食べていくだろ? ここの名物料理、黄金イノシシのシチュー」
「良いんですか?! やったぁ♪ ありがとうございます!!」
うわぁ、満面の笑みってこの事だよね。超嬉しそうだよ。




