第20話 ルキア教の教えは清貧。
相変わらず進まないですね、ホント;
そのまま見ていると、鍋を運んだリーダーさんはレナードの横に陣取り、なにやら話しているみたいで。その間もレナードの手は止まる事無く、着々と大熊が解体されていく。
「レナード! お湯沸いたよ~!」
大声で知らせると二人ともこちらを向いて、リーダーさんが一人歩いてくる。
「いや~、凄いな? あの兄さん。神がかってるぞ、あの解体技術!
―――よし、その鍋、持って行こう」
またも軽々と鍋を持っていくリーダーさんに、火の始末だけは確認して着いていく。
「バルザックさんも、ディートも、お友達もありがとねー。
もう心臓止まってたから、結構血が残ってるんだよな; どうしたもんかなぁ」
リーダーさん、バルザックさんって言うのか。あ、名前……。
「そうだ、レナード紹介するよ。講習で友達になったクリスさん!」
「く、くく、クリスティーナ・ルキアンです! ミルカちゃんやディート君と仲良くさせて貰ってます。
職は神官です! よよよ、よろしくお願いします!」
クリスさんがメチャクチャ緊張してるのが丸わかりな自己紹介をする。
「そうか、ありがとう。一応二人の保護者をやってるレナード・ディーパーです。
二人ともずっと旅ばかりで年の近い友達が居なかったから、これからも仲良くして貰えると嬉しいな。
二人の初めての友達が良い子で良かったよ」
と、レナードが微笑む。
あー、やっちゃった。”必殺女たらしスマイル(自覚無し)”だ。
クリスさんの顔がみるみる赤くなってしどろもどろになる。
「え、あの、その……お、お噂は、かねがね……/////」
「―――噂? なんだよ、もー; また何か良からぬ事でも話してたのか?」
なんて僕の事をジト目で見る。ひどい濡れ衣だなぁ;
「違うって! クリスさんはミルカと同類なんだよ。それでウマがあったんだから」
「てことは、もしかして”食べるの大好き”?」
何かビミョーに違う気が……。でもクリスさんは『うんうん』と頷いている。
その目はまた、アンドレイさん親子とおんなじ光を宿してる。
「ミルカちゃんが言ってたんです! レナードさんのご飯はすっごく美味しいんだって。
それで、一度で良いからボクも食べてみたいってお願いしてたんです!」
あ、食欲の方が勝ったんだw
「ああ、そうか。ルキア教は清貧が教義だからなぁ。
教会の食事は成長期の若い子にはちょっと物足りないよな?」
レナードはさらっと言ったけど、クリスさんが大袈裟なくらい驚いている。
「―――えぇっ、なんで分かったんです?! ボクが『教会の子』だって?!」
『教会の子』って何だろう?
「ルキアン姓は『教会の子』が名乗る物だから、かな。
それに、オレもルキア教の教会に暫く滞在して食事した事があるけど、教義で禁止してる訳でも無いのに、出てくるのは野菜ばかりなんだよな~。
確かに工夫も凝らしてあって味は美味しいし、盛り付けとか見た目も美しかったりするんだけど、流石にそればかりが続くとねぇ……無性に肉や魚、卵とかが食べたくなったもんだよ」
「そう! そうなんですよ~。味付けは薄いし、量は少ないし……。
もっとこう、ガツンって言うか、食べたーって感じのゴハンがもう昔から憧れで……」
「あー、分かる分かる! こってりした物とか脂っこい物とかが恋しくなるんだ~。
そう言う意味ではコイツの肉は良い素材かもな。いろんな料理法があるからさ」
「うわ~! 楽しみー!!!」
な~んて二人が妙に盛り上がってると、バルザックさんがおずおずといった感じで口を挟んだ。
「な、なぁ……それ、俺らも喰えるか?」
「勿論。材料は充分あるし、ここに居る全員分は作るつもりだよ。
まぁ、色々下拵えとかもいるから、明日の昼飯になると思う。
さっきも言ったんだけど、食べる食べない、食べられないは個人の自由だけどね」
「おお! こりゃあ俄然楽しみになってきた! 期待してるぜ、兄さん!」
「んー; なるべく期待に添えるように頑張るよ?」
その後、みんなで簡単な夕飯を作った。冒険者の人達分人数が増えているから、その分翌日の昼食から材料を追加してる。レナードはその前に必要な物を取りに行くと言って訓練場を離れていた。……引き留めれば良かったと思ったのは、味気ない夕食を食べている最中だった。なんだかんだ、食材が寂しくてもレナードはそれなりに美味しい物を作ってしまうから。
バルザックさんじゃないけど、明日のお昼ご飯がどうなるのか僕だってメチャクチャ楽しみだ。その頃にはもうミルカも起きてるだろうし、メイン食材があの熊の肉だなんて知ったら、どんな顔するだろう?
夕食後はまた職別に分かれて訓練をして、順番に簡易シャワー……と言うよりほぼ水浴びして汗を流して、就寝。……なんだけど、みんな気分が昂ってるのか、なかなか寝付けなくて焚き火の周りで遅くまで話していた。そろそろ休もうかと思った頃に、ひょっこりレナードが戻ってきた。
壊れた出入り口の警備をしてくれてる冒険者の人に挨拶してから、焚き火まで歩いてくる。
「あれ、まだ起きてたのか? 明日の朝起きられなくなるぞ~」
「ん、そろそろ寝ようって言ってたんだ、けど……ふぁぁ」
言ってるしりから欠伸が出る。
「ほらほら。もう遅いんだから早く寝ろよ? 寝過ごしたら昼飯食わせないぞ~」
なんて言って脅すから、僕とクリスさん、一緒に喋ってた講習生仲間は慌てて自分のテントへ戻って寝袋に潜り込む。
「あら、お帰りなさい、レナードさん。あの子達ったら、私が何を言っても全然寝なかったのに、一体どんな手を使ったの?」
セリエさんが『やれやれ、やっと寝た』と言いたげに声を掛ける。
「そりゃ勿論、昼飯喰わせないぞってね。まぁ、気持ちは分かるんだけどさ。
S級モンスターなんて、人によったら一生遭遇しない代物なんだし」
「……私も知識としては知っていたけれど、実際に相対したのは初めてだもの。
正直、もうダメかも知れないって思ったわ。でも、レナードさんが来てくれたお陰で、講習生は一人も欠ける事無く全員無事でした。
―――本当に、ありがとうございました」
セリエさんが深々と頭を下げる。
「いやいや、頭を上げて下さい;
実際にあの大熊を倒せたのは、ミルカとあの杖のお陰だからね。
目が覚めたらあの子にそう言ってくれると良いかな?
そもそも、あの巻物買っといたのも、本当に偶然だったからなぁ。
賢者って職は未来予知でも出来るのかなって思っちゃうよね?」
セリエさんは”賢者”と巻物の呪文名で何か気付いたらしい。
「レナードさんってこの街に来たばかりなのに、人脈がもの凄いわね!
もうギルドでもあの方と交流のある人は少ないのに」
「それについては、実はオレもまさかの展開だったんだよ? 昔のよしみと、後はミルカやディートが気に入られたんだろうね。
あ、そうだ。オレもシャワー借りて良いかな? 洗濯もしたいし、明日の仕込みもしないと……」
と、染み込んだ血が乾いてゴワゴワになって異臭を放っている服を摘まんでみせる。
「ええ、勿論。ああ、だったらシャワーの間に洗濯しておきましょうか?
替えの服とタオルはある?」
「頼めます? 服とタオルは持ってるんで……宜しくお願いします;」
その後、シャワーを浴びて半裸のまま小屋を出たレナードに、セリエさんや女性のギルド職員さん達がキャーキャーと黄色い歓声を上げてたらしい。翌日午前の講習の時に、剣技担当の男性職員さんが苦笑気味に話してくれた。
曰く、『イケメンで身長も高くて、強い上に料理まで出来るって、天は二物どころか何物与えてんだよ? 一つくらい寄越せコンチクショー!!』だそうだ(笑)。
*** ***
で、午前の講習中からもう良い匂いが漂って来てて、みんながそわそわしてるのが分かる。しかも、ずっと眠ったままだったミルカが、突然むくりと起きての第一声が『良い匂いがする~』だったもんだから、みんな思わず笑ってしまった。
「あはは、ミルカちゃん、良い鼻してるよ、ホント!」
「アイツは食い意地が服着て歩いてる様なもんだな……ミルカッ!」
まだ寝惚け眼の妹に、手を振ると漸く気付いたらしい。欠伸しながら手を振り返すので、”あっちあっち!”と指差してやる。ボーッとしたままそっちを向いた途端、大きく目を見張る。まだ半分入ったままだった寝袋から慌てて這い出して、走って行く。
「レナーッ!!!」
炊事場で料理中のレナードに、そのままの勢いで抱きついた。
「ごふっ! ……って、危ねぇっ; おいおい、包丁持ってる時にタックルするなって;
危うく手ざっくり切りかけたぞ?」
「あ、ご、ゴメン!! ね、ねえ、あの熊は?! あの後どうなったの?!」
焦った様子で顛末を聞くミルカに、レナードは優しく頭を撫でてやる。
「ミルカと杖のお陰で倒せたよ。ありがとう。
取り敢えず、先に身支度しておいで。
ミルカは午前の講習は免除らしいから、昼飯の準備手伝ってくれるか?」
「う、うん、分かった!」
パタパタと走って行く少女を見送りながら、またレナードは調理作業に戻る。その後、身支度を終えたミルカが加わって、旅していた頃に見慣れた食事前の風景が見られた。
とは言え、今日の食事の人数は大所帯だ。講習生15人、ギルド職員5人、冒険者10人+1人、総勢31人!
皿やコップ、カトラリーは被害を免れた小屋に置いてあった備品も出してきて、何とか揃ったらしい。午前の講習を切り上げて、みんなで手分けして準備に取りかかる。
食器類を洗って拭いたり、並べたり、コップに果実水を入れて回ったり……。
「えーと、オレが配った方が良い? それとも並んでくれる?」
「そんな大きなお鍋、持って廻るのも大変でしょう? 並びましょう。
じゃあ、講習生が先に、その後に大人でいいかしら?」
セリエさんの意見に誰も意義を挟まない。
「じゃあ、お皿持って並んで~。
それから……よいしょ、っと。パンも2つずつ持って行ってね」
横の台に、袋に山盛りのパンが幾つも入った薄い木箱が置かれる。
「あー、そうだ。配る物が3種類あるから誰か大人2人手伝ってくれる?」
「じゃあ、私がやりましょう」
「俺もやろうか?」
セリエさんとバルザックさんが申し出る。
「ん、宜しくー。セリエさんは器に半分くらい、バルザックさんのは一人3切れで、ソースは置いてあるから自分で掛けていってね。
―――じゃあ配るよー」