第18話 万事休す?!
昼食後、それぞれの職に別れて訓練していた時、鉄の扉をガンガンと叩く音がした。同時に焦ったような騒ぐ声もする。
慌ててギルドの職員さんが扉を開けると、10人くらい居るだろうか? 冒険者達が雪崩れ込んできた。
「は、早く扉を閉めろ!!」
ガチャンッ!! と大きな音を立てて扉が閉じられる。閂まで掛けて漸く、冒険者達は安心したようにその場へと座り込んだ。皆、大なり小なり傷を負っていて、中には見覚えのある人達……この訓練場へ来る時に護衛してくれたパーティも居る。
「い、一体何事なの?!」
「……ブ、ブラッドデスベアが出た!! それも、二頭だ!!」
「そ、そんな……S級モンスターが二頭も?!」
セリエさんの顔が一気に青ざめる。S級と言えばランクAパーティですら苦戦する……時には全滅すらあり得るレベルの高位モンスターだ。
「ただ、一頭は一人駆け付けて来た冒険者が引き離してくれたから、俺達を追って来たのは一頭だけなんだが」
「引き離した……って、たった一人で?!」
「ああ。『取り敢えず、一頭は引き受けるから、あんた達は逃げろ』って。
見事な手際だったが、あの人は逃げ切れただろうか……」
「そういやシュミットガルトじゃ馴染みの無い顔だったな? あんな凄腕居たか?」
「ああ、アイツはアレだろ? 最近街に来た”赤の疾風”って二つ名の―――」
―――えッ?! あかのしっぷう……?!
『でもオレ、一度たりとも自分で”赤の疾風”なんて名乗った覚えないですからね;』
苦笑交じりにそう弁明していた言葉を思い出す。
「ね、ねぇ?! ”赤の疾風”って、レナの事だよね?!」
ミルカが悲鳴のような声を上げる。
そして真っ青になってガタガタと震え出す。
「し、死なないよね?! わたし達の事、置いて行かないよね?!
レナ、大丈夫だよね……? 兄さん……」
ボロボロ涙を流しながら、僕に縋り付く。きっと、父さんを失った時の事を重ねてしまったんだ。実際僕だって血の気が引いた感覚がする。
「ミルカちゃん……」
クリスさんが心配そうにミルカの肩を抱いてくれてる。
その様子を確認して、取り敢えずは安心と認識したのか、セリエさんはテキパキと陣頭指揮に立つ。
「治癒魔法が使える人は怪我人の治療を! 新人達は自分の荷物を持って中央に集まって!」
「あ、ゴメン……ボク、治療に行かなきゃ。ミルカちゃん、ボクの荷物もお願い出来る?」
いつもより強めの口調で、クリスさんがミルカの目をまっすぐ見て聞く。
「―――う、うん……。任せて……兄さん、行こう……!」
多少は気持ちの整理を付けたらしいミルカに声を掛けられて、僕も漸く動き出す。
各自のテントに戻り、自分の荷物を持って訓練場の真ん中に集まる。その中心は今も治療中の怪我人と回復要員が居る。その外周を囲むように治療を終えた冒険者や、ギルド職員が位置取りする。
「やり過ごせれば良いけれど……、ブラッドデスベアなら防壁を破ってくる可能性もあるわね」
「……奴さん、えらく気が立ってる様子だったからな。あっちのパーティは2人、既にやられてるらしい。人間の味を覚えたモンスターは、しつこいぞ……」
あまり良い内容ではない話を、セリエさんと護衛の時のパーティリーダーらしき人がしていたら、ゴウゥゥゥンッと大きな音が出入り口の方から聞こえた。見ればあの分厚い鉄の扉が大きく歪んでいる。
「チィ、来やがったかッ……。セリエ、ギルド職員のランクはどんなもんだ?」
「私以外は戦士系がB二人、神官と魔術師はCね」
「厳しいねぇ、俺んトコはほぼ全員Bだしな……ついてねぇぜ、全く」
交わされる内容はかなり絶望的だ。その間にも鉄の扉がどんどん拉げていく。
「ひぃぃぃぃッ!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!! イィヤァだぁぁぁ!!! 僕はこんな所で死にたくなぁいッ!!」
初日の昼飯で怒鳴っていた人だった。半狂乱になって喚いている。その姿を見て僕は逆にすーっと冷静さを取り戻していく。
喚いた所で事態が好転する訳じゃ無い。レナードの事も心配だけど、まずは僕達がここで生き残る為に落ち着いて考えないと!
結局、喚いてた人は冒険者から一発喰らって気絶させられた。その後はお付きの人っぽい講習生二人に介抱されている。
そして、とうとう扉が破られる。
ガラガラと周りの壁ごと破壊して入ってきたのは、見上げる程に大きな赤黒い毛色の熊だ。所々、傷はあるみたいだけど深手ではなさそうに見える。
「怪我人と新人は下がって! 常に一番遠い距離を取って!」
「出来ればこの熊を奥に誘い込んで、出入り口から逃げられれば……って無理そうか;」
出入り口は崩れた壁と扉で半分埋まっている。アレを乗り越えるのは人数的にも時間的にも厳しいだろう。何人かは犠牲が出かねない。
冒険者達が前面に立って対峙してくれてる後ろを、じりじりと距離を取るように離れる。
しかし、冒険者達も一人倒れ、二人倒れ、大きな盾を持った人も、パーティリーダーの人も倒れ、魔法職もMPが尽き……ついにはセリエさんさえも傷を負わされ膝を付いた。
「くッ、万事休すね……ッ」
「セリエさんッ!!」
「来ちゃダメよ!! 貴方達は、助かる事だけを考えなさい!!」
そう叫ぶセリエさんに、ブラッドデスベアの太い腕が振り下ろされようとしている。
「―――嫌ぁぁぁ!! 助けて、レナッ!!!」
ミルカの絶叫が訓練場に響く。
―――ドスッ!! ドスッ!! ドスッ!!
ブラッドデスベアに立て続けに何かが刺さった。しかも一本は目を貫いている。
「早く離れろ!!」
この時程、その聞き慣れた声に安堵した事はない。
「―――レナッ?!」
崩れた出入り口を飛び越え走って来たのは、見慣れない黒一色の出で立ちのレナードだった。
「無事だったのね、レナードさん?!」
セリエさんが足を引きずりながらも新人達を背に庇うように並び立つ。そこへ僕とミルカが駆け寄る。
「……何とかね。おお~、無事か? ディート、ミルカ。
ありがとな、セリエさん。この子達を守ってくれて。
とは言え、オレももうMP空っぽに近いんだよね……」
僕達を見るといつもの笑顔を浮かべる。けれど、見れば全身ぐっしょりと濡れてる。この生臭い独特の匂いは血じゃないのか―――?!
「……っとミルカ、その杖持って来てたのか?」
「う、うん。訓練は初心者用の杖を使ってたけど……、自分の杖もあるなら持参しなさいって言われてたから」
「はは、どうやら勝ちの目が出て来たな。ミルカ、杖をアイツに向けてくれ!」
「え、こ、こう?!」
ミルカが片手で持った杖を、頻りに目に刺さった何かを外そうと藻掻いている大熊に向ける。レナードはミルカごと後ろから包むように手を添え、杖を両手で持たせると、魔法の巻物を出してきた。
歯で噛んでリボンを解くと、巻物に書かれた文字や図形が光って浮かび上がる。
「ミルカ、復唱しろ! 『創作魔法”豪雷”Lv.Max』!!」
「そ、そうさくまほう”ごうらい”れべるまっくす!!」
―――ズドォォォォォォンッ!!!!
ミルカの復唱が終わった瞬間、雷が降った。
目が眩む程の光と、耳を劈く轟音。
恐る恐る目を開けると、未だ赤黒い大熊は立っていた。全身からプスプスと焦げ臭い煙を上げながら。
「殺ったの……?!」
セリエさんが、誰にでもなく小さく呟いた。
やがて、大熊はグラリと傾き、その図体に似合った重々しい音を立てて倒れた。
仰向けのまま、身じろぎ一つ、しない。
「ディート、ミルカを頼む」
レナードが意識の無いミルカを僕に託して、大熊の生死確認に行く。
「―――大丈夫、死んでる。安心して良いよ」
その言葉に、わぁっと歓声が上がる。皆口々に”良かったね”とか”怖かった”とか話してる。そんな中で、レナードの緊張感の無い声が……。
「セリエさ~ん! こいつココで解体しちゃっても良いかなぁ?
水辺まで持って行けないし……でもブラッドデスベアの肉って、メチャクチャ美味いんだよね~♪ この毛皮も高値で売れるし」
「フ……フフフ。後で私も手伝いますから、炊事場まで行きましょう? 井戸もありますし。
―――さぁ、動ける人は傷の手当てと後片付けに取り掛かって頂戴!
薬や包帯はギルドのテントにありますから!」
セリエさんの号令で、動ける職員や新人達がわらわらと動き出す。
「ディート君、ボクMP切れで動けないからミルカちゃん見てるよ?」
クリスさんの言葉に『お願いします!』とミルカを預けて、レナードの所に走って行く。
「レナード!! そんなに動いて大丈夫?! 全身血まみれなのに?!」
「ん? ああ、これ? この血って返り血なんだよ。
万策尽きて、巻物で魔法発動させたのは良いけど、たまたま手に取ったのが爆裂呪文だったからさ;
お陰で、売れる物も肉も、ほぼなーんにも回収出来なくて……マジで惜しい事したなぁ」
―――心配して損した。
段々腹が立ってきた。もの凄く心配してたのに、何なんだよ、ホント!!
むしゃくしゃして、レナードを蹴る。
「痛ったぁ; 何で蹴るかなぁ。オレだって結構頑張ったのに……」
「―――そんで? ミルカはいつ頃目を覚ますの?」
「うーん、多分一晩寝てからになるんじゃないかな? MPの回復って水薬とかないと寝るのが一番だから」
「じゃあ、明日の朝か。帰る頃にはもう起きてるな。
ところで……今まで何してたんだよ? 依頼の納品にも戻ってないって聞いたけど?」
「そうそう! それなんだけど、オレ、転職したんだよ~♪」
なんて嬉しそうに、ヘラヘラ笑ってる。でも一転しょんぼり?
「折角二人が新人講習終わったら、びっくりさせようって思ってたのに……。
とんだお披露目になっちゃったよな;」
「えっと、じゃあ、もう暗殺者なの?! それで服も替えたんだ?」
「うん、装備制限は殆ど変わらないけど、やっぱりね?
後は剣と、さっき使ってた石弓が増えたかな」
「ああ、あの目に刺さってたヤツか!」
「あれは紛れで当たったんだよ;
まだちょっと扱い慣れてないから技能も全然低いしさ。
つーか、折角新調した服、速攻で血みどろじゃないか……;」