第17話 まずはテントを張ろう!
それから座学の最終日までレナードと顔を合わせる事はなかった。一応セリエさんにも確認してみたけど、納品の為にギルドに戻った、という事もないそうで。
「この依頼は常設の物で、特に期限がある訳ではないから……。
あの森なら、ランクAの冒険者が苦戦するような魔物はいないと思うけど」
それでも、心配は心配だ。人間、いつ何時何があるかなんて分からないから。
「レナなら大丈夫だって! それこそ暗殺者になる為にレベル上げで森に籠もってるんじゃない?」
ミルカは脳天気にそう言うけど。
「わぁ~、早く会ってみたいな~。”赤の疾風”さん♪」
すっかり仲良くなったクリスさんと、お昼ご飯を食べながら話してる。
因みに今日のメニューは、食感ぼそぼそのパンに焼いた干し肉と何か分からない葉物野菜を挟んだサンドイッチに、超うっすい果実水。……ほんと、美味しくない。てか、調理の過程、進むの遅すぎじゃない?!
明日は一日休みで、明後日の朝に街の外の訓練場へと皆で向かう。
そこまでの道中は少し街道を進んで、途中から道が分かれるそうだ。ゆっくり行って2時間弱掛かるらしい。食料やらテント、訓練用の武器やなんかの荷物を積んだ馬車が3台一緒だから、それくらいになってしまうんだって聞いた。一応、行き帰りはギルドの護衛がつくとの事だ。
訓練場に着いたら寝泊まりの為のテントを設営後、昼食。午後から実技講習が始まる。
実はちょっと、楽しみなんだよね~、実技講習。
父さんからは剣技の基礎の基礎くらいしか教わらなかったし、レナードが剣技能持ってるなんて知らなかったし、ちゃんとした指導を受けるなんてのは初めてだ。
まぁ、新人講習だからそこまで本格的じゃないかもだけど。
「そう言えば、ミルカちゃんとディート君は明日のお休みってどうするの?」
「ん~、ゆっくり寝たいかも~。それか、ニーナさんに会いに行ってみようかな?」
「ニーナさん?」
「うん。魔法屋のオネェさん。レイチェルさんやアンドレイさんの冒険者仲間で、賢者だったんだって。すごいよね~!」
「え、そ、それってもしかして”巨賢王”ヴォルフガング?!」
「きょ……?! ニーナさんって有名人だったの?」
「この街じゃ知らない人は居ないよ? ランクAパーティ”豪雷”!
限りなくランクSに近い伝説的パーティだけど……とある古代遺跡の攻略で仲間を一人失ってその直後に解散、全員がすっぱり引退しちゃったんだ。
その後、結婚した狂戦士”壊滅のアンドレイ”と魔法戦士”閃光のレイチェル”の二人が、廃業予定だった老舗の宿屋を引き継いだって話は有名なんだから!」
レイチェルさんは魔法戦士だったのか。
魔法戦士は、文字通り魔術師と戦士どちらの特性も持っている職の事だ。
転職条件は確か……魔術師と戦士両方での職種王取得。元々正反対な職なだけに、意外と目指す人は多いけど、大成する数はとても少ないらしい。そりゃそうだよな。求められる物が両極端なんだし。
でも魔法を使える戦士って、想像したら格好いいよね? 自分で肉体操作系呪文で能力を上げて、敵をバッタバッタと倒していくんだから。
通常、魔法戦士は魔術師の呪文しか覚えられないけど、唯一武器に魔法効果を与える魔術付与魔法だけは魔導師のレベルまでは習得可能なんだとか。
それにしても、みんな二つ名が凄いな~。”壊滅”に”閃光”に”巨賢王”って……。
「そのパーティーの賢者、”巨賢王”ヴォルフガングは、この街のどこかでひっそりと魔法屋を開いてるって噂だったけど……ホントだったんだ!」
クリスさんが興奮気味に話してる。確かに店の外観はひっそりだったけど……中身はとんでもなかった。趣味と実益を兼ねて店をやってるみたいだけど、もっとおおっぴらにやれば大いに繁盛するだろうに。あの”カワイイ”の洪水は、若い女の子なら誰でも欲しがると思うけどなぁ。
結局、翌日ミルカは休みなのを良い事に、一日中ベッドでゴロゴロと過ごし食事やトイレ、風呂以外は部屋から一歩も出なかった。もしレナードが戻ってコレを見たら、絶対嘆いただろうな。……と思いつつ僕もそれにほぼ付き合ってるんだから人の事ばかり言えないか。
あ、でもボクはミルカみたいにただゴロゴロしてた訳じゃない。
一応、新調した剣と鎧の手入れをしてたし、明日からの準備もした。
準備と言っても、いつもの旅の準備と同じなんだけどさ。暫く街に居たせいか、ちょっと新鮮に感じるのって不思議。
ミルカは買って貰ったトランクに荷物を詰めたらしい。見た目より物が入る感じらしくて喜んでたけど……マダム(仮)さんの事だから、なんかまた『実は凄い物』だったりするんじゃないかって思っちゃうのは僕の気にしすぎなのかな?
そして実技講習当日。
いつものようにミルカを起こして、アンドレイさんの作ってくれた朝ご飯を食べて、ギルドへ集合。宿でもギルドでも、やっぱりレナードの姿は見えなくて……こんなに離れているのは一緒に旅を始めてから一度も無かったな、と思った。
まぁ、僕達の新人講習が終わればひょっこり戻ってくるんだろうけど。
「う~~~ん、レナのご飯食べたいなぁ~。アンドレイさんやマイロさんのご飯も美味しいけど、やっぱりレナのご飯が一番だもん」
「良いなぁ……ボクも食べてみたい~!
あ、二人がランクFの間の付き添いって、”赤の疾風”さんなんだよね?
その……もし良かったらで良いんだけど、ボクも一緒させてくれないかな?!」
「えっと、普通はそうなるよね?
レナってわたし達の保護者だし、ずっと一緒に旅してるし。
『新人講習終わるまでは、絶対に依頼連れて行かない』って言ってたし」
「レナードが帰ってきたら聞いてみるよ……。
流石にレナード一人で新人3人連れって辛いかも知れないし、誰かに入って貰わなきゃいけないかもだけど」
そう、ランクFの新人期間はランクE以上の付き添いが必要だ。ランクFだけのパーティではギルドの依頼を受けられない。冒険者になってすぐに命を落としたりしないようにって事らしいけど、その伝手が無いと結構困った事になるらしい。
「クリスさん、もしかして付き添いのアテが無いの?」
「―――うーん、一応頼んだら聞いてくれそうな人は居る、んだけど……折角ミルカちゃんやディート君と仲良くなったし、何より”赤の疾風”さんのご飯が食べてみたくって!」
うわぁ、身も蓋もないな; 本音全開じゃないか。
クリスさんって絶対ミルカと同類だ。食べ物に釣られるタイプ……。
何て事を話しながら、ギルドの一団で訓練場へ向かう。周りにはギルドが依頼した冒険者達の護衛も付いているから、道中何事も無く無事目的地へ到着した。
僕達はまず寝床であるテントの設営準備に取りかかる事になる。護衛をしてくれた冒険者達は、そのまま森での依頼に出掛けるらしく、『頑張れよ~!』と声を掛けて去って行った。
「さぁ、まずは3人から5人くらいでグループになって下さい!
次に係の者からテントを受け取って、一人に一張りのテントをグループで協力し、張って下さい。
場所はロープから壁までの間なら何処でも構いません。全てのテントが張り終わったら昼食の準備になりますからね!
では、始めて下さい!」
訓練場は、高くて厚みのある壁で囲まれた円状の広場みたいになっている。出入り口は一カ所で、頑丈そうな鉄の分厚い扉が獣やモンスターの侵入を防いでくれるらしい。
壁に沿うように所々大きな木が植わってて、充分幅を取ってロープが張ってある。真ん中は広く空いていて訓練出来るようになってる。
僕達はクリスさんと3人でグループになって、テントを張り始める。昔は父さんが、最近はレナードが率先して張ってくれてたから、ちょっと苦戦したけど何とか3人分出来た。
「なかなか難しいんだね~; ボク、テント張ったの初めてなんだ。
でも、上手くいったのは二人のお陰だよ、ありがとう!」
「兄さんが色々教えてくれたから、早く済んだね~♪」
「父さんやレナードがテント張る時、ちょっとは手伝ってたからさ」
風向きとか、水はけの良い場所とか、木陰とか……色々考えて場所を選んだけど、正解だったのかどうかはイマイチ自信ないカモ。
ああ、でもペグは大分頑張って打ち込んだから、しっかり入ってると思うんだけど……。
「あら、ここの3人はもう全部張り終わってるのね?
今回の中じゃ一番早いんじゃないかしら」
セリエさんが廻ってきた。3つのテントの各部を点検していく。
「……ここもよし、と! 3人とも、本当によく出来てるわ! テント設営は満点ね。
じゃあ、他の組が出来るまで暫く待っててちょうだいね」
他のグループの人達はなんだかんだ手こずってるみたいだ。
まぁ、このテント張りに関してはずっと旅してた僕達の方が、慣れてたって事なんだろうなぁ……なんて思いつつ周りを眺めると、監督官にちょっと揺らされただけで潰れたとか、ペグがすっぽ抜けたとかで、ダメ出しを食らってる。
……昼ご飯、遅くなりそう?
1時間くらい経って、漸く昼ご飯の準備に取りかかる。でもやっぱり干し肉……。
いや、分かるよ? 保存性が良いのは。でも、もうちょっとさぁ。
「うぇぇぇん。レナのご飯が恋しいよぅ……」
「ボクも一度で良いから食べてみたいよぉぉぉぉ」
いい加減ミルカやクリスさんじゃなくても、文句言いたくなるよね。
今日のメニューは干し肉と……野菜がちょびっと入ったうすーい味のスープに、おとついと同じパン。
ホントに最終日に少しは美味しい食事になるのかな?
午後からは実技講習が始まった。新人講習だけあって、本当に基礎の基礎から。
そう、戦士系なら『武器の持ち方』、魔法職なら『魔法の覚え方』から始まって、各々の職に対応した講義になる。幸い? というか、戦士系の参加者8人の武器は剣ばかりだったので結構みっちり教えてもらえた。
後でミルカに聞いたら、魔法職の方は5人が魔術師で、クリスさんともう一人の男の人だけが神官だったらしい。それで二手に分かれてより深い内容に進むんだとか。
実技講習は、間に調理実習や、時には冒険者達が差し入れてくれた獣の解体の仕方、保存食である干し肉の作り方なんかも挟みながら、順調に進んでいった。
そして、もう明日は最終日……という6日目の午後にそれは起こったんだ。