第14話 ディート、倒れる。
服一式と、魔術師LV.5になったら習得可能になる呪文の巻物幾つかを纏めてトランクに詰めて、それから杖も。
結局ホントにこの店だけでミルカに必要な物は一揃え集まった。
レナードが支払いをしている間、ミルカと二人で待って居るとふと淡いピンクの服が目にとまった。
「ああいうのとかでも良かったんじゃないか? 女ってピンクとか好きそうなのに」
「う~ん、あれもカワイイんだけど……やっぱりこっちの方が好きかなぁって」
「ふぅん……ま、良いけど」
まぁ、確かに白って何にでも合う無難な色だよな。
そう、ミルカの金色の髪にだって……―――え?
ちょっと待て、ミルカは黒髪だろ?! そんでもってボクが茶色の髪で……???
そうさ、父さんが黒髪で、死んだ母さんが茶色だったって……。
目の前に居るミルカの見慣れた黒髪は父さんにそっくりで、ちょっと、ほんのちょっとだけ羨ましかった……んだ。
だけど、赤い髪のレナードが仲間になって……赤い髪?
赤? そうだよな、二つ名の”赤の疾風”の由来なんだし。
うん。茶色っぽい髪の仲間が出来て嬉しかったってのは、本人には内緒で……。
「兄さん? どうかしたの? えッ、顔色真っ青だよ?!」
「な、なんでも……ない……」
なんだ? 何か、目が―――。
「兄さん?! しっかりして、兄さん!! レナ、兄さんがッ―――!!」
*** ***
「―――ぅん……?」
ゆらゆら揺れてる感じがして目が覚めた。
「ん? 起きたか、ディート? 大丈夫か?」
「あ、あれ……僕、どうしたんだっけ? あ、ご、ゴメン、レナード!
自分で歩くよ、下ろして!」
どうやら揺れてたのはレナードに背負われていたかららしい。
「もう直に宿に着くから、負ぶって行くよ。
てか、空腹で倒れるなんて、そんなに腹減ってたんなら言えば良かったのに……。倒れた後も、もの凄い声で鳴いてたぞ、腹の虫。
ミルカが責任感じて酒場の席取りしておくって先に帰ったくらいだし。
宿に戻ったらすぐ晩飯にしような」
「……うん。(ありがとぅ)」
やっぱりなんか、恥ずかしくて素直にお礼が言えない。ちょっとでも感謝が伝わればいいなと思って、腕をぎゅっと絡めてみた。
「ちょ、首絞まるって; ホントにもうちょっとだから我慢しろ;」
―――むぅ、逆効果だったみたいだ。
レナードの言葉通り、すぐ”飛龍の翼亭”に帰り着いた。酒場に入るとすぐにミルカが『こっちこっち!』と手を振って呼んでいる。
場所はカウンターに近い奥の席だ。見ればケイトさんも心配げな表情で待っていた。
「ディートさん、大丈夫ですか? ミルカちゃんから倒れたって聞いて……」
「あ、うん、大丈夫。もの凄くお腹空いちゃって……、早速注文して良いですか?」
下ろして貰ってすぐ椅子に座る。
「ええ、勿論! 何にします?」
結局、名物シチューにレナード考案? の照り焼きサンド×2、大くちばし鶏の唐揚げ、揚げた芋、サラダにパンに、蜂蜜入りのホットミルクも2杯……と、これでもかと食べまくった。
「おいおい、もっとゆっくり食べろって。誰も取らないから;」
とレナードに苦笑され、
「ご、ゴメンね兄さん……。
わたしがあんまり夢中になっちゃったから、お昼ご飯食べられなくて」
ミルカに平謝りされる。
「でも何でかな? 一食抜いたくらいで倒れるなんて……旅の間、そんな事しょっちゅうだったのに?」
「それもそうだよな。……うーん、街に居るとちゃんと3食きっちり食べてるから、とか?
そもそもお前達は成長期だもんな。もっと注意していれば良かったよ。悪かった」
更にレナードにも謝られた。
「倒れるなんて自分でもビックリだけど……もう平気だから」
「まぁ、それだけ喰えばな~。普段の倍以上だろ、この量。腹壊さなきゃいいけど」
「そうだよ~。ちょっと食べ過ぎじゃない?
明日の新人講習、お腹痛くて休みますー、なんてイヤだよ?」
なんて言うミルカの前にも、僕に負けず劣らずな数の皿が並んでいるのに。
「ミルカじゃあるまいし……」
「え~、それどういう意味よ~!」
「あーもー、はいはい、ケンカしない。
明日は腹が痛かろうが、熱が出ようが、新人講習には行かせるからな?」
「「えーッ?! 何で?!」」
「座学の最初の方なんて、お前達だったら殆ど知ってる事ばっかりだろうし、初日はトイレで過ごそうが、寝てようが、”出席”って言う実績がいるんだよ。
欠席になっちまうと、今回の講習自体を欠席扱いにされるから、次の講習まで1ヶ月は依頼も受けられずにボーッと過ごす事になるからな」
「う……そうだったよね。今日は早く寝なくちゃ!」
「別にいいじゃん、知ってる事ばっかりなら新人講習なんかすっ飛ばしたって……」
ゴンッ!!!
「―――いッ!!! たぁ……; いきなり何するんだよッ!」
頭の衝撃が、ゲンコツで殴られたのだと気付くまで時間が掛かった。
見ればレナードが苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨んでいた。
「地下迷宮や古代王国時代の遺跡を、今までの街道の旅みたいに舐めてちゃ、早々に死んじまうんだよ。
レイチェルさんや魔法屋のマダムの話聞いてなかったのか?
ベテランでほぼSクラス並の実力を持つパーティだって、ともすれば全滅寸前まで追い詰められるんだぞ。
その時に生死を分けるのは、新人講習で習った事かも知れないんだ。
知ってるのと知らないのとでは、そんな紙一重を分ける事だって有る。
……それに、おっちゃんも重ね重ね言ってたんだよ。
オレもおっちゃんの言葉に従って、新人講習終わるまでは絶対にお前達連れて依頼行かないから。」
こんなに怒ってる? レナードは久々に見る。
それに、父さんの話まで持ち出してくるなんて。
「ご、ごめん……。ちゃんと講習受けるよ……」
「分かってくれれば良いよ。お前達は風呂入って早く寝ろよ?
オレはもうちょっと飲んでいくから」
また女か? と思ったけど、さっきから親父さんとマイロさんが厨房からチラチラとこちらを伺っているのが見える。いや、見えると言うより、見せてるんだな、アレは。何というか、やっぱり圧が凄い……。
「なんか、マジで親父さん達に見込まれたんだな、レナード……」
「は~……。あえて見ない様にしてるのに―――。
アンドレイさん、アレで現役時代は狂戦士だったってんだから世の中分かんないよな。しかも料理に目覚めたのは引退後らしいぞ?」
「へぇ~。あのお父さん、アンドレイさんって言うんだ~」
「あぁ、そうなんだよ。まだ言ってなかったっけ?
で、名物のシチューを先代から教わってる内に、料理大好きになったんだとさ。
だとしたら案外ディートもいつかは料理好きになるかもな?」
「わぁ、なったらゴハン作ってね、兄さん!」
「ないないッ!! 絶対無い!」
先に夕食を終えてミルカと部屋に戻り、風呂も済ませレナードを待たずにベッドに入る。これはほぼいつも通り。
風呂で温まったからか、すぐに眠ってしまったみたいだ。
ふと話し声が聞こえた気がして、目が覚めた。部屋は暗い。
声は……ミルカ? ぼそぼそ話していてよく聞こえない。
――――――――――――――――――――――――
◆誰が話しているのか確かめる為に起きますか?
起きる
→ 起きない
――――――――――――――――――――――――
レナードが戻ってきて、目を覚ましたミルカと話してるのかも知れない。声といったって悲鳴とかでもないし、だったら危険じゃなさそうだし……まだ、眠い―――。
そしてまた深い眠りへ落ちていく。