第8話 喧嘩するほど仲が良い?
話がなかなか進まない、悪い癖。
全然目を覚まさない男二人は、ほっとけばその内気がつくだろうってんで、訓練場の邪魔にならなさそうな端っこに転がされている。
良いのかなぁとは思うけど、元々荒事に従事するのが冒険者の仕事なんだから、これくらいで良いのかも?
「―――で、もう実技の確認終わったの?」
何事も無かったかの様に、レナードがもう一度聞いてくる。
「そうね、最後の確認も済んだし……はい、今日の所はおしまいよ。
二人とも、お疲れ様♪」
セリエさんも、何事も無かったかの様に笑顔で返事する。
「明後日の朝、10時にまた来て下さいね。コレを逃すと次の新人講習は一ヶ月後になりますから」
只でさえ2週間も掛かるんだから、次が一月後ってのも分かる。でもそんなに待ってられないよ。新人講習ってのを終えないと、絶対にレナードは依頼に連れて行ってくれないって言ってるし。……Fランクの間は、Eランク以上の付き添いが要求されるけど、誰だって見ず知らずの新人の面倒なんて好き好んで見ないだろうから。
「うん、必ずミルカを起こさなくちゃ!」
「え~、今日はわたしが先に起きたじゃない?」
「たまたまだろー? いつも寝坊するのはミルカじゃないか」
と言い合いになる僕達に、呆れた顔でレナードが仲裁に入る。
「あーもー、はいはい、喧嘩しない。
明後日もだけど、明日だってそれなりに早起きしてくれよ?
武器屋に防具屋、魔法屋も回るんだから」
「あ、そうだった! えへへ、楽しみだなぁ~♪」
「わたしも! 魔法とか杖とかぁ~♪」
「あらあら、本当に仲が良いのね~。あ、そう言えば……皆の宿は何処なの?」
「えーっと、『飛龍の翼亭』だっけ? シチューが名物の所」
ミルカの返事にセリエさんはうんうんと頷く。
「ああ、あそこなら道にも迷わないわね。じゃあ、明後日待ってるわね」
「新人講習もセリエさんが担当なの?」
「ええ、当番制でね。今回は私と、他にもギルドの職員が5人ほどで担当するのよ」
「そっか、ちょっと安心した~。知ってる人が居てくれるとホッとするから」
べ、別に知らない人が怖いって訳じゃないからね?
「意外と人見知りだよな、ディートって。用心深いって意味では良いんだけど」
またレナードが僕を貶める事を言う……。
「ミルカみたいに、誰にでも食い物で釣られるよりは全然良いと思うけど」
「誰でも良くないもーん。レナくらいゴハンが美味しくないと釣られないもん!」
「レナードには釣られてんじゃん;」
「レナ以外には釣られないもん! 良いじゃない、別に~。ねぇ、レナ?」
とミルカは同意を求めるモノの……。
「いや、それもどうかと思うけどな。オレより料理上手いヤツだって居るだろうし。
自分で美味いもの作れるのが一番だろ。早く料理技能上げろよ、ミルカ?」
すげない返事をされて、すねる。
「自分で作って自分で食べるの? そんなの楽しくないよ~;」
「そうでもないぞ? 将来誰かを好きになって、手料理を振る舞う……とかな?」
「え~、それって楽しいの?」
「うーん、もうちょっとオトナになったら分かるかもな?
さぁ、そろそろ帰るぞ? オレ腹減ってきたよ」
確かにお腹減ってきたかも? 空も随分暮れてきてる。
結構時間経ってたんだな。
「うーん、レナのゴハン食べたいな……」
「せめて街に居る間くらい勘弁してくれよ~。素材調達から準備、調理までほぼ一人なんだから……。
そうだ! ディート、今度解体と保存食の作り方教えるから、手伝えよ?」
あ、何かとばっちり食らった感じ……。
「そ、そりゃいつも任せっぱなしで悪いと思うけどさ……」
「オレの故郷には『腹が減っては戦は出来ぬ』って言葉もあるんだ。
素振りや鍛錬も良いけど、体を作る食事にだって関心持ってくれないとなぁ」
「わ、分かったよ; これからちゃんと手伝うから!」
「―――宜しい。じゃー、帰るぞ。二人とも、挨拶!」
僕達のやり取りを微笑ましそうに見ていたセリエさんに、手を振りながら”さようなら”。
「じゃあ、セリエさん、また明後日に!」
「またね~!」
「今日は失礼します」
「ええ、またね!」
冒険者ギルドを後にして、賑やかな夕暮れの街を南へ向かう。夕方になってまた人通りが増えたみたいだ。ま、繁華街だしね。
飛龍の翼亭に戻ると、一階の酒場もまあまあの客が入っている。
空いているテーブルに座ったら、娘さんが注文を取りに来てくれた。
「お帰りなさい! 何にします?」
「どうしようか、やっぱりシチュー?」
「わたし、お昼食べ過ぎちゃったかなぁ、あんまり入らないかも……」
そりゃ、あれだけイモ食べればなw
殆ど一人でパクパク食ってたもん、腹膨れるよ。
「あー……。そうだろうな。んー、そうだな。
じゃあ、オレはパン2人前と一角蹴りウサギの照り焼き、サラダ、後エールを」
「僕はシチューで!」
「ヨーグルト、お願いします」
「はーい! 暫くお待ちくださいね~」
少しして、それぞれの注文が運ばれてきた。僕とミルカが食べ始めるけど、レナードはナイフでパンに切り込みを入れて、大振りに切った照り焼き一切れとサラダを挟み即席のサンドイッチをあっという間に作ってしまった。
「わぁ、美味しそう!」
「ホントですね~。お父さーん、見てみて!」
通りがかりの娘さん……名前なんて言ったっけ? 確かケイトさん? が料理担当の父親を呼ぶ。
出て来たのは、見るからに体格の良い元冒険者というのも納得の親父さん。
「どうした、ケイト? おお、サンドイッチか……ふむふむ、こちらの兄さんがコレを?
なるほど、ウチのメニューに追加するか!
―――いいかい? 兄さん」
「おや、お眼鏡に敵ったんだね。オレは全然構わないよ。
レパートリーが増えると、食べる方も嬉しいしね。
と言う訳で、コレ、部屋に持ち込んでも良いかな?」
「ああ、大丈夫だ。……晩飯のお代は新メニュー提供のお礼にタダにしとくぜ」
と、小声で粋な計らいをしてくれる。
「ありがとう。太っ腹だねぇ、親父さん。
じゃあ、ミルカ、これ部屋に持って帰りな。多分夜中にお腹空くだろうから」
「え、良いの?! やったー!!」
「レナードはミルカには甘いんだもんな~」
「ん? ディートもいるなら作るぞ」
「……ほ、欲しい。」
「素直で宜しい。じゃー、2個目はちょっと味変しようかな~♪」
レナードがケイトさんを呼び止め、何かを頼む。
すると、何故か親父さんがボウルと泡立て器? それに何かのボトルを2本持ってやって来た。
「親父さん? 店、大丈夫? 忙しそうなのに」
「いやなに、また兄さんが何かするってんでな? 厨房は倅に任せて、見学だ。
で? 卵黄2個に塩、酢と油……たったこんだけで何をするんだ?」
料理人な親父さんは期待に満ちた眼差しを向けてくる。
「はは、そんな期待されるような代物じゃないんだけど……。
照り焼き以外にも色々合うと思うよ? コレ」
レナードが卵黄の入ったボウルを受け取り、塩と酢を入れて泡立て器で良~くかき混ぜる。それから油を少しずつ足しながら、更にかき混ぜる。
すると、白っぽいクリーム状のモノが出来上がった。
レナードが指で掬って味見してみる。頷いたから思った通りに出来たんだろう。
「あくまでソースだから、単体で食べるには向かないけど……どう?」
と、親父さんにボウルを差し出すと、同じ様に指で掬って食べて、目を見張る。
その間にレナードは、残りの照り焼きを薄くスライスして、照り焼きのソースを掛けた上にスプーンでその白っぽいソースも掛ける。
「元々の照り焼きが美味しいから、余計っちゃ余計なんだけどね~」
ほい、と皿を差し出されて、僕とミルカ、親父さん、ケイトさんが一切れずつ食べてみる。
「なにこれ、美味しい!」
「うんうん、もう一枚食べても良い?」
「兄さん、天才か?! 後でもう一回詳しく教えてくれ!」
「これサラダとかにもイケそうよね!」
結局、いたく感激した親父さんにもう一皿照り焼きを奢って貰い、無事僕の分のサンドイッチも作ってもらえた……んだけど。
「ねぇ兄さん、そっちも食べたいから半分こずつしない?」
「食い意地張りすぎだろ、お前……別に良いけどさ」
ミルカに甘いのは僕もらしい。でも僕より甘いレナードは、あの後親父さんに捕まって遅くまで料理談義に花を咲かせたらしい。
お陰で珍しく同じ部屋で寝ていたレナードの目の下には、見事な隈が出来ていた。
「……酷い顔してるね; 大丈夫?」
「―――だ、大丈夫……じゃないかも;」
ただのマヨ○ーズだってばよ。