やり場のない怒り
そばにあった椅子を蹴飛ばすとものすごい音で壁にぶつかった。
ノアが渋い顔で受話器をおろす。
「っちくしょう!なんだ?あいつ、レイのことどこまでつけまわす気なんだ?」
自分の顔を両手でおおい、ごしごしとこする。
若かったときに何度ももてあました《やりばのない怒り》がのぼってきている。
「残念だがマイク、いまの会話じゃあいつが『正気』だっていう証拠にはならないだろ」
「どうして!?こんなにしっかり綿密な計画でレイをおいつめてるんだぞ! 街中であとをつけ、信者がぶつかって携帯電話を落とさせて、それをまた別のヤツが拾ったとか言って警官に届ける。 それから電話に登録された相手にかたっぱしから電話して、あることないことふきこむか、レイについての情報をとるかだ」
くそ、ウィルのやつちゃんと確認したのか、と自分がけとばした椅子をとりにゆく。
「おちつけ。 ウィルはレイの携帯をすぐに会社の鑑識へまわした。とくにいじられたあとはなかったってことだからそのままバートに返されたらしいから、もうレイはつかってない」
曲がった椅子の足をながめ、マイクは「なんでだ・・・」とつぶやく。
「・・・・どうして、あんなのが外にでられるんだ?」
「きいただろ。 あいつは拾ったっていうレイの携帯電話にある番号に『かたっぱしから』電話してるような《あたまのおかしい男》だからさ」
ノアのこたえにいやそうな顔をむけた男に、眉をあげてみせる。
「 ―― おまえだってさっき、『なんで、そんなことをするんだ?』っていいかけただろう?」
言い返そうとしたマイクは、自分の口を手でふさいだ。
たしかに。自分が事件に深くかかわっていない立場であの男をみていたなら、《あたまがおかしい》というひとことで片付けていたかもしれない。




