あいつに『もりたい』
「ちょっとあんたたち、あたしの歌きいてるの?」
ものすごく太く低い声がマイクをとおしてひびきわたる。
発したのはステージで派手な色のスパンコールのドレスに窮屈そうに身をおさめた、大柄な女だった。
いや、ただしくは男だが。
きいてるよ、とウィルが指先でキスをおくり、機嫌をなおした女は続きをうたいはじめる。
うそみたいにやさしくかわいい高い声がながれ、ザックは「アメリ最高!」とステージの女へさけぶ。
ウインクを返す《アメリ》は外見はごつくたくましい男だが、中身と服装はとても女らしいこの店のオーナーだ。
今はピアノにあわせてアメリが歌っているが、普段はステージの上で、セクシーに早変わりする歌のうまい女たちが、客を喜ばせている。
今日は店が臨時休業なので一般の客はいない。
この店で何度もふざけてアメリと《おいかけっこ》という名の騒動をおこしていたケンが、店の改装を申し入れ、その工事がおこなわれることになったからだ。
新しい壁と床が張られ、音の響きがどう変わったかアメリが自分で確認しているところへ、ザックたち警備官が新しいテーブルと椅子を運び込み、そのままルイの話になったのだ。
「・・・『体』って・・・ルイが病気ってことか?そんでそれを、おれたちに隠してる?」
ザックが口元をおさえて床に目をおとせば、まわりの男たちがつまらなさそうに手をふった。
なにしろ先週、健康診察があったばかりだ。
「じゃあ、どうすんだよ?」
力んだ新人が立ち上がるのを手で制したジャンが、来週、薬の取り締まりをする警察の手伝いに三人ほど出ることになってる。と指を三本たてた。
「さあ、―― あいつに薬をもりたいやつは?」
その場の全員が手をあげた。