ルイとセリーヌ
この部屋にいっしょにもどったギャラガー夫人はお茶をだすと出て行った。
さきほどのカラスの声が《きこえない》人間がいては、はなしにくいだろうと気をきかせたのだろう。
鳥の声が聞こえたジャンは、微妙な気持ちになった。
「その、・・彼女はなぜその『白いカラス』が怖かったんでしょう?」
カップをソーサーにもどした女は警備官をにらむようにみつめた。
「ルイを、奪われると言ってた」
「・・・うばわれる?」「だれに?」
男二人の間の抜けた声がそろう。
「《白いカラス》にルイを奪われることを彼女はずっとおそれていたのよ。 心臓が悪いこともどうやらそれに関係してるみたいだったわ。いちどだけ『たとえわたしの心臓をとめたとしても、白いカラスにルイはわたさない』とつぶやくのを聞いたわ。 ―― 彼女が亡くなるまで、わたしはカラスは何かのたとえかと思ってた。不吉なことを示す隠喩かと。 ―― あなたがた、ルイからセリーヌのことはきいてるのかしら?」
「亡くなって、墓の下だってことぐらいです。なにしろ自分の生い立ちなんていっさい話題にもしない男なので」
「こっちがきいても、かるーくききながすんだよ」
同僚の返事にマクベティが微笑む。
「セリーヌとおなじね。 わたしも仕事を受けるうえで調べられたことしか知らないわ。海のむこうの国から母親と移住してきたけど、家族はすぐに船の事故で亡くなられてしまった。あの有名な遊覧船事故ね。 そのときには彼女、赤ちゃんを連れてた」
むこうで産んですぐにきたみたい、とカップをテーブルに置く。
「 父親の名前は書類になかったわ。 ―― 初めて会ったときにそのことを聞いたら、微笑んで首をふっただけ。 それでそのはなしは、おしまい」




