重体
そういえば、さっきルイたちを見にいったときからいなかったような気がする。
奥のほうから水のながれる音がした。
「トイレだろ」
ザックがビンのふたをあけようと手をかける。
あけるな!
「え?なんで?」
奥のバスルームからとつぜん怒鳴られ、ザックの手はとまる。
ジャンがバスルームのほうへ走る。
ザックとニコルは顔をあわせ、あとを追う。
そっとドアをあけてのぞきこんだジャンは、水遊び後の犬みたいに頭から濡れた白い顔のケンが座り込んでいるのをみつけ、 正直 《 びびった 》。
「 ケン? ――― どうした?」
「・・かお、あらった」
まるでこどものような答えに、息をひとつ吸う。
こんなふうにケンが《年相応》にみえるときは、よほど《まいってる》ときだ。
むこうの壁にあるシャワーが止め切らずに水を流し続けている。
「どうした? どこか、・・・具合が悪くなったか?」
そっと近寄り、様子をうかがう。
《まいってる》ときの《野生動物》は、いきなり近寄る者を反射的に攻撃する場合があるのを知っているからだ。
からだが小刻みに震えているのがみてとれた。
古くせまいバスルームには、小さな浴槽と便器がそれほどの距離をおかずに配置されている。
ドア近くにある洗面台のむき出しの配管にもたれるように座った男は口をぬぐった手で、きまり悪そうに顔をこすった。
「吐いた。・・・あの羽、・・きもちわりいな」
「どこでみつけた?」
「さっき・・ルイが寝てた部屋で、・・・ふってきた。・・・あのビン、科学班にわましてくれ」
言ってこちらにむけた開いた左手の真ん中に、えぐれたような丸い傷がある。
「・・おいおい、まさか、『あの羽』に、なにか毒がぬってあったとかいうなよ?」
あわててケンの手をとりあげ、洗ったのか?とききながら近くのタオルをとる。
掌にあいた穴からは、まだ血がでつづけている。
タオルで押さえつけながら、いやまてよ、と濡れて白い顔の男をみる。
「さっきの羽って・・・手のひらにこんな穴あけられるかあ?」
「さっき、急にポケットが熱くなりだして、手ぇつっこんだら刺さってきやがった。そしたらそこが、穴あいて、ちいさかった・・・のに・・」
重体だ。
この男が体を動かせなくなるなど。
「ケン、呼吸に専念しろよ。ニコル!!きてくれ!ザック、救急車だ!」
すぐそばで待機していた二人が浴室にかけこむ。
白い顔のケンが口をおさえ、便器へはいずるのをニコルが抱え上げ手伝う。
ケン、しっかりしろ、という怒声と足音が救急車のサイレンにまじったところでも、奥の部屋でねむるルイとレイは起きてこなかった。




