(5)
「お父さん、お母さん!!」
セピアが叫ぶ。現れた三人は子供たちを見て、ほっとした顔をした。
青白い鳥が鳴きながらオーメン教官に光る風を放つ。風は渦となってオーメン教官を包み込み、その間に三人が駆けてきた。
「リリー、ああよかった。無事なのね?」
シータがリリーを抱きしめる。
「お父さんから使いが来たの。今、お父さんもこっちに向かっているからね」
オーメン教官がうるさそうに鳥を追い払おうとしているが、青白い鳥はバサバサと羽音を鳴らして周囲を飛び回っている。
あれは風の神の使いだ。ということは、父が召喚して飛ばしたのだ。
母が来てくれた。そして、父も神法学院からゲミノールム学院へ急いでくれている。
ずっと張りつめていた気持ちがゆるみ、リリーは母にしがみついて涙をこぼした。
今までびくともしなかった扉が開いたことで、教養学科生たちは攻撃をやめていっせいに外へ向かった。しかし半分が脱出したところで、再び大きな地震が起きた。
礼拝堂に絡みついていたつるが、壁と屋根を粉砕していく。頭上から降ってくる木くずや石の欠片に、リリーたちは頭をかかえた。
「礼拝堂ごと破壊しやがった。大地の法の担当教官はここを壊すのが本当に好きだな」
ラムダが褐色の短髪をかきながらぼやく。
「戦いやすくはなったけど……ずいぶん大きな闘技場になったわね」
シータが周囲を見回して眉根を寄せる。建物はなくなったが、巨大な植物を中心につるの牢獄ができていた。一度引き込んだ獲物を逃がす気はないということだろう。しかも花壇の花がつけた実はずっと魔物を産み落としていたようで、つるの内側は魔物でいっぱいだった。
「うわあああっ」
先に礼拝堂を抜け出した生徒たちが、魔物に襲われて逃げ惑っている。
「ルテウス、みんなを集めたら、全方位に『盾の法』を使える?」
リリーがルテウスを見やる。
「できる……が、ちょっと時間がかかる」
「それまでは私も補助するから、お願い」
「仕方ねえな」
ルテウスが舌打ちしながらも承知する。オーメン教官の相手はもう少しだけ風の神の使いに頑張ってもらうことにして、オルトたちはあちこちに散らばっている教養学科生を誘導するために走った。
ルテウスが広範囲かつ全方位の『盾の法』を発動する。早めに避難してきた教養学科生に襲いかかる魔物やつるは、リリーが『砦の法』で守っていく。そして何とか全員が集合したとき、防御壁が完成した。
ようやく応戦の態勢が整ったのを待っていたかのように、風の神の使いがオーメン教官から距離をとる。それでも頭上を旋回し威嚇している青白い鳥を、オーメン教官がにらみ上げた。
「ファイ・キュグニー。アルファード様と縁を結びながら歯向かうとは、なんと不遜な……」
反論するかのごとく、風の神の使いが甲高い鳴き声を発する。そして青白い鳥はカッとまばゆい光を放つと、暴風を生んだ。
オーメン教官が『盾の法』で対抗する。二つの力がぶつかりあい、バリバリとすさまじい音が轟いた。大地の法を操りながら暗黒の法術で攻撃するオーメン教官に、美しい半透明の鳥もひらりとかわしつつ立て続けに風を起こす。
「御使いって、あんな使い方をするものだっけ……?」
神の使いは基本的には道案内や伝言を目的として召喚する。それが、術者の法術の媒介として利用されていることに、レオンが驚惑の容相でつぶやく。「普通はできないと思う」とセピアがかぶりを振った。
「ファイの奴、風の神の使いを酷使しすぎじゃないか?」
「怒ってるのよ」
あきれ顔のラムダに、シータは「当然でしょ?」と答えた。
「うちの大事な一人娘にちょっかいをかけておいて、ただですむわけないじゃない」
「ラムダ、シータ、あの植物を何とかしないと」
ミューが花壇を指さす。
「そうだな。魔物を生んでいる花の実と、あのバカでかい植物を狙う奴で分かれるか」
ラムダがうなずいて、生徒たちをかえりみた。
「オルト! それから、そこの槍専攻生、名前は?」
「ソール・ドムスです」
ラムダに呼ばれ、ソールが進み出る。
「ドムス……?」
ラムダとシータが目を見開く。
「そういえば、槍専攻教官の息子が一回生にいると聞いたな。なるほど、入学式の代表戦でオルトと引き分けたのはお前か」
「ピュールの子なのね。それなら腕は確かね」
シータが懐かしそうに薄緑色の双眸を細める。
「ラムダ、私は魔物のほうに行くわ。ソール、ついてきて」
「はい」
「俺たちはつる植物だな。行くぞ、オルト」
「お母さん、私も戦う!」
ルテウスの防御壁を出ようとしたシータたちは、リリーの叫びにふり返った。
「リリー、あなた……」
口を開きかけたシータの視線が、リリーのにぎりしめている青い袋にとまる。唇を引き結んでこくりとうなずくリリーに、シータは微笑んだ。
「じゃあ、リリーはラムダたちの援護をお願い。それから弓専攻のあなたと、炎の法専攻のあなた……たちは双子?」
「フォルマ・イクトゥスです」
「レオン・イクトゥスです」
二人が姿勢を正して名乗る。
「あなたたちはここの護衛を頼むわね。数が多いから、討ちもらした魔物が来ると思うから」
「任せてくださいっ」
フォルマの暗青色の瞳がやけにきらきらしていることに、リリーは首をかしげた。どちらかと言えば冷静なほうだと思っていたのに、今のフォルマはずいぶん張り切っているように見える。
「よし――行くぞ!!」
ラムダの掛け声に合わせ、ラムダとオルト、シータとソールは防御壁を飛び出した。
シータはなだれを打って迫ってくる魔物たちを、走りながら切り捨てていった。かなりの数だが、シータについていくソールも傷一つ負うことなく次々に仕留めていく。そのため、シータが言うほど討ちもらす魔物はなかった。襲来するとしたら、シータたちの手が届かない飛行型の魔物である。
「お母さん、すごい……」
母の戦いぶりに、リリーは感嘆の息をついた。
「リリーのお母さんって何者?」
たまにやってくる鳥の形の魔物に炎のつぶてを飛ばしながら、レオンも目を丸くしている。
「シータ・ガゼルよ。あの伝説の! さっき名前を聞いてわかったわ。そうでしょ、リリー?」
レオンの隣で矢をつがえながら、フォルマが興奮気味に話す。
「伝説なの?」
「知らないの、リリー? シータ・ガゼルといえば、武闘学科女子のあこがれの存在よ」
何といってもゲミノールム学院と武闘館で、女性初の代表と総代表を務めたのだ。
「まさか本物に会えるなんて。今日はもう眠れないかも」
「浮かれすぎて的を外さないようにね」
フォルマのあまりの喜びぶりにレオンが苦笑した。
「ダメだわ、再生してる」
シータたちの奮戦を見守っていたミューが険しい表情を浮かべた。シータたちが花壇で切った花は一度くたりと倒れるものの、すぐに新たな新芽がのびては開花し、実をつくっている。
「『清めの法』で効くかしら……セピア、しばらく『治癒の法』は任せるわね」
娘にそう指示を出してから、ミューは杖を構えた。
「波にたゆたうがごとく流るるは銀の髪、水を統べる崇高なる女王エルライ。御身よりあふるる純粋にして清冽なる滴を降らさしめ、我が前にある不浄なる地を清めたまえ。御目よりこぼれるは憂いの涙、慈愛の涙。涙は貴き力にして至上の宝玉なり。邪なるものは滅び、病めるものは安らかに。今ここに悪しき鎖は断たれ、祝福を受けし地はよみがえる。万物をいとおしむ慈悲深き女神エルライの名において」
長い長い言葉をよどみなく口にするミューに、同じ水の法を使うセピアが感動したさまで目を潤ませる。
ミューが宙に描いた大きな円が輝き、銀色の滴が花壇に降りそそいだ。とたん、花が実をつけなくなった。沈黙を続けたかと思うとしだいに枯れ始めた暗黒の花々に、注視していたリリーたちは安堵の息をつきかけたが、そのとき巨大なつる植物が大きな花を咲かせ、あっという間にたくさんの種を飛ばした。種はすぐに芽吹き、育ち、実をつけて再び魔物を生みはじめる。それを見た教養学科生たちが悲鳴をあげた。
「あれじゃキリがないっ」
「俺たち、助からないぞ」
「動くな! 出たら本当に命がなくなるぞっ」
ルテウスに怒鳴られ、逃げかけた生徒たちがかろうじて踏みとどまる。
先にあのつる植物を倒さないと――どれだけ増えても攻撃の手をゆるめない母の雄姿を励みに、リリーは何度も『嵐の法』を連発した。しかし切り刻んでも切り刻んでも、つる植物はいっこうに消えない。ラムダとオルトも精一杯戦っているが、広い牢獄をつくるほどのつる植物は、生命力も桁外れだった。
やがて、リリーたちを目がけてくる魔物の数が少しずつ増えはじめた。ルテウスの張った壁がすべてはじいているものの、リリーたちの後ろの教養学科生たちは肩を寄せ合って震えている。
矢を使い果たしたフォルマは、可能な限り石を拾い集めている。レオンも疲れてきたのか、術の発動が遅れ気味だ。リリーもそろそろ体力的に厳しくなってきた。
「お母さん、もう一度『清めの法』を使えない?」
セピアが母の袖をつまんで尋ねたとき、オーメン教官と攻防戦を繰り広げていた風の神の使いが、美しく力強い鳴き声をほとばしらせた。同時に、大きな風のうなりが上空に響き渡る。
堅固なつるの檻が頭上で破られる。飛行してきた神法士にリリーは目を見開いた。青銀の髪が、穴のあいた牢獄から差し込む陽光を浴びてきらめいている。
「ようやく来たか、ファイ!」
咲きかけた蕾を槍で突き刺したラムダの顔が晴れる。
青い法衣をなびかせて、ファイはリリーのそばにふわりと降り立った。神法学院から『翼の法』で飛んできたはずなのに、息一つ乱れていない。
「よく持ちこたえたね」
ファイがリリーの頭を優しくなでる。その肩にとまった半透明の鳥が、役目を終えたとばかりにすうっと消えた。
たった一人、父の存在が本当に大きく、頼もしく感じ、リリーは頬をゆるめた。涙で視界がにじんでくる。
「この『盾の法』は君一人で?」
ファイの青い瞳がルテウスをとらえる。上気した顔でファイを見ていたルテウスが、慌てて背筋をのばした。
「あ、は、はいっ」
「いい防御壁だ。あとちょっとだけ頑張ってくれるかい?」
「はいっ、やれますっ」
ルテウスの威勢のいい返事を聞いたファイはうなずくと、花壇のほうへ視線を流した。ミューが使った水の法術の残滓を感じとるかのように、枯れた花々をじっと見つめてから、うごめく巨大なつる植物のほうを向く。
そして、四つの紋章石がはめ込まれた杖をすっと構えた。
「赤き深淵に御身を寄せし炎の王レオニス。昼の朋友にして闇を照らす、はざまにあっては善き者に光を、悪しき者に裁きを」
それまでラムダたちをもてあそぶかのごとく動いていたつる植物が、ぶるっと大きく揺れた。自分を滅ぼす力を持つ者の登場に初めておびえた様子を見せている。
「その精悍なる御目はすべての敵を射すくめん。その強健なる御腕はすべての敵を打ち砕かん。その勇猛なる御心はすべての敵を退けん」
やがてゆらゆらうごめいていたたくさんのつるが、いっせいにファイへとビュッと伸びた。
今までで最大の衝撃に、ルテウスが歯噛みして耐える。ファイは目の前で『盾の法』を破壊しようとするつる植物に、涼しい顔でとどめをさした。
「今、我が前に不浄の敵あり。されば聖なる炎にて天刑とし、業ある者に報いを!!」
杖で大きく三角形を描く。ファイが放った『業火の法』は荒れ狂う炎となってつる植物を覆いつくした。
耳をつんざくほどの大絶叫が広がる。のたうち回るつる植物がしだいに形を崩しはじめ、ついに完全に燃えつきた。
ラムダから、教養学科生から、歓喜の雄たけびがあがる。しかしファイはにこりともせず、オーメン教官を見据えていた。
新しく生まれなくなったとはいえ、魔物はまだ残っている。そしてつるの檻もそのままだった。
あのつる植物が牢獄を作り上げていたのではなかったのだ。ではいったい何が――とまどうリリーたちの前で、オーメン教官の足元の地面がボコボコと盛り上がり、太い根がいくつも這い上がってきた。
足が茎と一体化する。オーメン教官自身がこの檻の根本だったのだ。さらに教官の背中からつるがのび、蕾がつき、花が開く。
終わらない。眼前でボタボタと落ちた種から出現する魔物たちに絶望感が募り、教養学科生たちがへたり込んでいく。リリーも力が抜けそうになった。
ラムダとオルト、シータとソールも肩で息をしながら防御壁へと戻ってくる。
「ファイ、どうするんだ?」
いつの間にか、ファイがこじ開けた頭上の大穴も塞がれている。すでに人でなくなりつつあるオーメン教官を見るファイの青い瞳はしかし、まだ強い光をたたえていた。
父はまだあきらめていないのだと、リリーは気づいた。
「シータ、ラムダ、あと少しだけ時間稼ぎを頼む。これで最後にする」
「わかった。悪いが、補助の術をかけてくれるか。長時間集中の肉体労働はさすがにこたえる」
ラムダが苦笑う。法術で無理やり体の能力をあげると今感じている疲労は一時的に取り除かれるが、そのぶん反動は大きくなる。きっと明日はみんな動けなくなるだろう。
「俺もまだ戦えます」
「俺も」
オルトとソールも手を挙げる。ファイは「できるだけ早くすませる」と言って、周囲に杖を振るった。
「力と戦の支援者にして荒ぶる炎の神レオニス。王の眷属たる我と我に与する者たちに覇者の祝福を!」
まず攻撃力を上昇させる『勇みの法』を、次に素早さが上がる『早駆けの法』を唱える。
「迅雷の統括者たる風の神カーフ。王の眷属たる我と我に与する者たちに閃電の翼を!」
赤と青の輝きが絡み合いながら、防御壁の中の人間に溶け込んでいく。首を左右に倒して鳴らしてから、ラムダは腕をぐるぐる回した。
「よーし、軽くなった」
「もうひと踏ん張りするわよ」
シータも一度剣を斜めに振る。オルトとソールも顔色がよくなっていた。
「みんなは魔物を倒してくれ。あれは僕が片付ける。つると根の攻撃にだけは気をつけて」
「なめられたものね。私は『業火の法』では消せないわよ」
オーメン教官が嘲りの笑みを浮かべる。
「準備はいいな? 出るぞっ」
ラムダの合図に、四人が同時に地を蹴る。防御壁を包囲していた魔物たちが我先にと食いついてきたが、四人はためらいなく己の武器で屠っていく。途中でのびてくるつるや根を器用にかわしながら、たった一振り、一突きで魔物を打ち滅ぼしていく四人の技に、リリーの胸は高鳴った。
(みんな、すごい……)
それでも種は次から次に落ちては魔物に変じていく。彼らの体力がもつうちに決着がついてほしい。そう思ってリリーが見上げた父は、すっと息を吸い込んだ。
「悠久なる時元にて千の星、万の星の運命を決めし全能の王」
オーメン教官がびくりと身をすくませた。
「お前……」
「かの星は大地の星なれど、かげりし道に迷い落ち、黄の輝きをくもらせん」
「嫌……やめて。やめなさい!」
オーメン教官が杖を振る。黒い鎖がファイを貫こうと飛んでくる。さらに上空から鳥の姿の魔物が羽を散らして急降下してきた。
複数の方向から同時に責められ、防御壁がきしみ、透明な部分にひびが入りはじめた。ルテウスが顔をしかめてさらに杖を突きだし、踏ん張る。
一度上昇した魔物たちが再び襲来する。おそらくあと数回しかもたない。
「大気を司りし風の神カーフ。我は請う、我に仇なすものどもに疾風の爪牙を!!」
リリーの放った風が魔物たちをまとめてなぎ払う。運よく逃れた一匹がリリーに狙いを変えて向かってきた。
ここから出なければ、ルテウスの『盾の法』に守られて安全なのに。それなのにリリーの後ろにいたトープは、爛々とした目で斜め上から突撃してくる魔物の標的が自分だと思い込んだらしい。
「うわああああっ」
(え……?)
ドンッと前に突き飛ばされる。防御壁の外へ押し出されたリリーは、地面に手をついた。
父の詠唱がとまる。リリーが見上げた目の前に、魔物の爪が降りかかる。
瞠目したままかたまったリリーの背後から、ヒュッと小石が飛んできた。連続で魔物の顔に命中し、ひるませる。
「リリー!!」
左手で杖を構えたまま、ルテウスが右手をめいいっぱいのばしてくる。フォルマが何度も魔物に石を投げつける中、リリーは足をもつれさせながら腰を上げ、ルテウスの手を取った。
ぐいと引っ張られる。リリーの体が防御壁に戻ると同時に、追いかけてきた魔物に炎の球がぶつけられ、その大きな体躯を燃やした。
「されば神々の中の神クルキスの名において、悪しき闇を打ち払い、かの星の聖なる真実を照らし戻さん」
中断していた『退邪の法』を完成させたファイが、杖で空中に正方形と星を描く。天空神クルキスの紋章は虹色に輝くと、回転しながらオーメン教官を飲み込んだ。
「ぎゃああああっ!!」
オーメン教官からのびていたつるや根がちぎれ、消滅していく。虹色の光はさらに範囲を広げてつるの牢獄を砕いた。
きらきらした七色の粒が雪のように舞い落ちてくる。光り輝く粒をリリーがてのひらに受けたとき、シータが最後の一匹を打ち払った。
檻の外側から何とか中に入ろうと奮闘していたらしい教官たちが、走ってくる。そして倒れているオーメン教官を見つけて駆け寄ると、「学院長に報告を」と伝令を飛ばす。
「みんな、無事か!?」
剣専攻担当のウォルナット副教官の叫び声が聞こえたとたん、教養学科生たちがわあわあと泣きだした。ある者は気絶し、ある者は座り込んでいる。そんな中、戦っていた四人がリリーたちのもとへ帰ってきた。
「お疲れ様」
「みんな、よく頑張ったな」
シータとラムダにねぎらわれ、リリーたちは顔を見あわせて笑った。全員で肩を抱き合い、喜びをかみしめる。
「ソール、大丈夫か?」
槍専攻教官のピュールが駆け寄り、多少服は破れているものの元気な息子の姿を確認する。ピュールはそばに立つシータをふり返った。
「すまん、世話になったな」
「大活躍だったわよ。さすがピュールの子ね」
「ああ、自慢の息子だ」
父にほめられ照れたのか、ソールがそっと目をそばめる。やがて学院長や風の法担当のニトル・ロードン教官も現れた。
聞こえてくる話から、大地の女神の礼拝堂付近以外にも魔物を生む花の鉢が置かれていて、学院長たちはそちらの殲滅と生徒の救助に追われていたとわかった。武闘学科生と神法学科生を動員して指示を飛ばす中、リリーの逃げ込んだ大地の女神の礼拝堂が大きなつる植物に覆われるのを空から目撃していたロードン教官が、ファイに使いを飛ばして緊急事態を伝えたらしい。
保護者四人はひとまず報告と情報共有のために学院長とともに去り、リリーたち七人も中央棟に戻ることになった。
「僕、ルテウスの気持ちがちょっとわかったかも」
オルトが倒した魔物の数をソールに確認している後ろで、レオンがため息をついた。
「『嵐の法』って、たしか風の法で三番目に習うやつでしょ? それでなくても風の法は上達に時間がかかるって言われているのに、一回生のこの時期に、あの早さと威力で発動させるって、いろいろおかしすぎて、もうどこから突っ込めばいいかわからないよ」
「でも、ここまでしか覚えていないから」
「ここまでしかって、お前、俺たちに喧嘩売ってんのか?」
ルテウスがリリーをじろりとにらむ。
「まあ、あのお父さんを見たら納得だけどね。いくつ法術を使ったと思う? 風、炎、天空……たぶん水と大地も使えるんでしょ? 見た目は風の神法士なのに、あんなにどかどかいろんな法術を連発されたら、びっくりを通り越して笑っちゃうよ」
「リリーのお母さんもすごかったよね。お父さんたちから話は聞いてたけど、格好よかったわ」
セピアも会話に入ってくる。
「うん、女性初の代表とか総代表とかって言われてたから、いかつい女の人を想像してたんだけど、あんなに小柄でかわいいとは思わなかった」
レオンが笑う。
リリーはずっとにぎりしめていた青い袋を胸に押し当てた。あんなに怖かった紋章石が、今はとても心強く、また誇りに感じる。
自分は今まで、たくさんのことから逃げてきた。黙って見守る父と母の気持ちからも、周囲の期待やなぐさめからも――学ぶのが楽しかった風の法からも目をそむけてきた。
本当に嫌いなのは風の法ではなくて、自分自身だったのに。
でも今日、一人一人がもてる最大限の力を振るっているのを見て、自分も役に立ちたいと思った。
どんな敵を前にしても屈しない父のように……どれだけの数に囲まれてもあきらめない母のように、なりたい。
てのひらに触れた虹色の光のかけらを思い起こしながら、リリーは薄赤く染まりはじめた空をあおいだ。