(4)
昼休み、一人で昼食をとったリリーは学院内を散歩していた。午後の美術の時間は、天気がよいので好きな場所で絵を描いていいと教官に言われている。何を題材にしようかと周囲を見回していると、こちらを見ながらひそひそ話をしている女生徒たちが目についた。
昨日ソールと一緒に帰ったことが噂になっていて、朝からリリーはソール目当ての女の子たちから、直接あるいは間接的にののしられていた。それはもちろん教養学科生たちも知っていて、トープがますます張りついてくるようになった。
お昼はどうにかトープから逃げて自由になったけれど、美術のときにはまた捕まるだろう。
(法塔を描こうかな……)
リリーはスカートのポケットに入れている青い袋に軽く触れた。
昨日ソールに過去の出来事を話してから、不思議なことに風の法へのわだかまりは幾分軽くなっていた。それでもまだ礼拝堂へ行く勇気はないので、まずはすべての法術が集まる法塔から――と思った刹那、足元が揺れていることにリリーは気づいた。
「え、何? 地震?」
近くにいた生徒たちも不安そうにあたりを見やる。やがて大きな縦揺れが起きた。
悲鳴があがる。立っていられなくて、リリーは尻もちをついた。
学院内の木々にとまっていた鳥たちがいっせいに羽ばたき去っていく。少し遅れて、新たに空へ舞い上がる黒い物が複数見えた。
「うわああっ、助けてくれえ!」
後ろから教養学科生たちが走ってくる。彼らを追いかけているものを目にして、リリーは驚惑した。
四つ足の動物なのだが、どれもこれも真っ黒で影のようだ。
「逃げろ、魔物だ!!」
武闘学科生が叫ぶ。それからは武器や杖を手に立ち向かっていく生徒と逃げ惑う生徒が入り乱れ、学院内は混乱状態に陥った。
偶然外にいた教官たちが生徒を誘導しようと声を張り上げている。しかし教養学科の教官は戦うすべがなく、魔物に襲われていく。
(なぜ学院に魔物がいるの?)
本来、学院は守りがかたい安全な場所のはず。魔物が入ってくることはあり得ないのに。
「待て、そっちはだめだ。魔物が入り口をふさいでる」
他の生徒とともに中央棟の出入り口を目指していたリリーの腕を引っ張ったのは、ルテウスだった。まもなく、先に向かっていた集団が泣きわめきながら戻ってきた。
「奴ら、思った以上に知恵がある。建物に逃げ込めないように交代で見張ってるんだ」
ルテウスが毒づく間にも、助けを求める声が響いては消えていく。
「大地の女神の礼拝堂は無事だ! 入り口を先生が死守してくれてるっ」
上空を飛び回って誘導していた風の法専攻生からの情報に、生徒たちが我先にと駆けだす。リリーもルテウスと一緒に後に続いた。
「きゃあっ」
すぐ後ろから聞こえた悲鳴にふり返ると、マイカが転んでいた。友達はみんな一瞬足をとめたものの、待たずにリリーの横を過ぎていく。
「た、助けて……」
後方に魔物が迫っている。マイカが涙目でリリーに手をのばした。
「無理だ。一回生じゃ間に合わない」
マイカのほうへ足を踏み出そうとしたリリーをルテウスがとめる。まだ法術を学び始めたばかりの一回生では、威力が弱いか発動に時間がかかる。しかし周りには上級生も武闘学科生もいない。
「あいつはさんざんお前の悪口を言ってたんだから、助ける義理なんてないだろ。行くぞ」
ルテウスに促されて一度前を向いたものの、倒れているマイカと母の姿がリリーの脳裏で重なった。
あのときは『治癒の法』が必要だった。でも今は?
今ならまだ間に合う。
リリーは覚悟を決めると、くるりときびすを返した。
「馬鹿、やめろっ」
ルテウスに腕をつかまれたが振り払い、リリーは声を張り上げた。
「大気を司りし風の神カーフ。旋風の砦にてかの者の包護を!!」
杖は持っていないため、指で宙に大きく風の紋章を描く。青く輝いた紋章から生まれた風の渦がマイカを包み込み、今しも襲いかかろうとしていた魔物をはじき、切り裂いた。
リリーはマイカに走り寄ると、手を貸して立たせた。呆然としているルテウスのほうへ連れて行こうとして、はっとする。脇から魔物が一匹飛び出してきてリリーに牙をむいた。
ザシュッ!
投げられた槍が魔物を貫く。駆けてきたのはソールだ。
「急ぐぞ」
蒸発しながら消えていく黒い魔物に見向きもせず、ソールがリリーをせかす。リリーはうなずいて、ルテウスと合流した。
やがて黄色く四角い紋章が乗っている屋根が見えてきた。大地の女神の礼拝堂だ。
左手の図書館の裏から現れた魔物をソールが一突きで倒したとき、頭上で不快な鳴き声が響いた。
少し大きな魔物が数羽、旋回している。魔物はソールではなく、武器を持っていないリリーたちを狙って飛来してきた。
「リリー!!」
背後から届いたのはセピアの声だ。リリーがふり向くと同時に、追いついたオルトが剣で魔物をたたき切る。
さらにまだ上空にいた魔物に、炎をまとった矢が刺さった。大地の女神の礼拝堂の入り口で、フォルマが弓を振り上げている。
「こっちよ、早く!」
フォルマの隣にはレオンもいる。火矢は二人の連携攻撃だったのだ。
地面に落ちてバタバタともがいていた魔物にとどめをさしたソールとオルトに守られながら、リリーたちはそのまま大地の女神の礼拝堂に向かった。
花壇に植えられた植物の実が落ちるたびに魔物が生まれている。災いの発生場所はここだったらしく、オーメン教官が『盾の法』で花壇の周りに壁を作り、これ以上魔物が出てこないよう封じ込めていた。
「すごいねえ、勢ぞろいだ」
ようやく礼拝堂までたどり着いたリリーたちに、のんきな調子でレオンが笑う。肩で息をしながらセピアが言った。
「私たちは最初、中央棟にいたのよ。そこでリリーを捜してたんだけど、オルトってば急に外に走っていくんだもの」
「窓際にいたソールが先に飛び出していったんだよ。何かと思ったら、リリーとルテウスが中央棟から離れていくのが見えてさ。まったく、なんでそんなにリリーを見つけるのが早いんだ」
オルトが苦々しげにソールをにらむ。
「えー、なになに? ソールってもしかして、リリー追っかけ隊の第一人者?」
「たまたま目についただけだ。変な呼び方はよせ」
からかうレオンに、ソールが嘆息しながら手で額を押さえる。
とにかく中に入ろうとフォルマが扉を開く。そこへ「待ってくれえっ」と情けない叫び声が追いかけてきた。重たい体を転がす勢いで逃げてきたのはトープだ。
「どけ、僕が先だ」
トープが荒い呼吸のまま、レオンを突き飛ばす。その灰緑色の瞳がリリーをとらえた。
「あっ、リリーじゃないか。こんなところで会えるなんて、やっぱり僕たちの運命は結ばれているんだね」
満面の笑みでリリーに近づこうとしたトープを、「とっとと入りなよ」とレオンが蹴り込む。つまずいて倒れたトープをわざと踏んで入っていくレオンに、フォルマがやれやれと肩をすくめた。
フォルマに続き、リリーがトープをよけて歩く。その後ろから、ルテウスが不機嫌そうな声音でささやいた。
「お前、『砦の法』が使えるのか。しかもあの早さで……どこまでも腹立つ奴だな」
リリーはくるりとルテウスをかえりみた。
「ルテウス、教えてくれてありがとう。あのまま中央棟の出入り口に行ってたら危なかったわ」
リリーの反応が予想外だったのか、ルテウスは目をしばたたいてから、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
先に礼拝堂に避難していたのは全員教養学科生だった。マイカを置き去りにした友達もいて、リリーの横にいたマイカが複雑な表情を浮かべる。
「さあ、もう閉じるわよ」
最後に礼拝堂に入ってきたオーメン教官が扉を閉めたとたん、再び地震が起きた。生徒たちがしゃがみこみ、互いにしがみつく。後ろによろめいたリリーはソールの胸に後頭部をぶつけた。リリーを片手で支えるソールは、大揺れにもびくともしていない。
礼拝堂がミシミシときしむ。地震はまもなくおさまったが、誰もが息を殺す中、オルトが窓を指さした。
「何だ、あれ――」
まるで巨大な植物に取り込まれたかのように、礼拝堂のいくつかある窓の外を大きなつるが這っているのが見えたとき、不意につるの一つが窓を割り、リリー目がけて伸びてきた。ソールが素早くリリーを後ろにかばい、つるに槍を振るう。リリーを捕まえそこねたつるが引いていくと同時に、別の窓を割って侵入したつるが再びリリーに襲いかかった。
「こいつら、リリーを狙ってるのか!?」
今度はオルトがつるを両断する。ソールが窓のない祭壇のほうへリリーを誘導していくと、巻き添えを食いたくない他の生徒たちがわっと散った。次々に窓が割れ、そのたびに触手が伸びてくるが、絡めとったのがリリーでないとわかるとつるはすぐに生徒を解放し、リリーを探してうごめく。
「要害を司りし大地の女神サルム。我と我に与する者たちに盤石の大盾を!!」
暴れ回るつるのせいで、長椅子が粉々に打ち砕かれていく中、祭壇の前でリリーを背に、ルテウスが杖で宙に大きな四角を描く。少しの間を置いて、足元から黄色く輝く土の壁が膝丈まで突きあがり、その上に積み重なるように透明な壁が広がった。
オルトとソールも後退する。ルテウスが発動させた『盾の法』が何度もつるをはじき返すのを見て、レオンが口笛を吹いた。
「もう範囲法を習得しているんだね。さすがルテウスだ」
リリーもほっと息をついたとき、今度は壁を突き破ってきたつるが、端のほうでかたまっていたマイカの友達三人をまとめて縛りあげた。
「いやあああっ」
「助けて!」
泣きわめく三人に、オルトが驚惑のさまでつぶやく。
「なんで……標的はリリーじゃないのか?」
「本当に欲しいのはリリーよ」
うふふふと艶やかに笑いながら、扉の近くにいたオーメン教官が一歩前に出た。
「この花はね、あなたに対する恨みつらみ、たくさんの負の感情を吸い上げて大きくなったの」
窓から這ってきたつるの一つが、オーメン教官の脇に伸びてくる。オーメン教官はつるを愛しそうになでた。
「でも邪魔者が多いから、力をつけるためにもっと栄養を補給したいみたい。毎日毎日あなたへの不満を漏らしていたこの子たちや、あなたの後ろのマイカ」
バリッと音がして、ルテウスの『盾の法』からはみ出していたマイカがつるに巻き上げられた。
「そして――あなた」
オーメン教官がルテウスを指さす。蒼白したルテウスに、天井をぶち破ったつるが伸びた。
頭上までは囲っていなかったため、ルテウスがいっそうこわばる。そこへ至近距離から放たれた矢がつるに突き刺さった。つるは暴れながらもなおルテウスを狙ったが、フォルマの次の矢が命中すると、ヒュッと引いていった。
「他にもあなたに悪意をいだく子が大勢いるの。リリー、あなた本当に素敵だわ。こんなにたくさんの嫌悪を一身に浴びるなんて……アルファード様がご所望になるのも当然ね」
アルファード――暗黒神の名に、礼拝堂内が恐怖に凍りついた。
学院の教官に暗黒神の信者がいたこと、暗黒神に目をつけられた少女がいることに、生徒たちは惑乱した。出してくれと扉をたたくが、複数人で押しても扉は開かない。
「ルテウス、あなたまさかわざとリリーを礼拝堂におびき寄せたの?」
セピアの詰問に、ルテウスは「違う」とかぶりを振った。しかしいつもの強気な姿勢はない。自分のしでかしたことにおびえたように視線をさまよわせ、最後にリリーと目があうと、びくりと身をすくませた。
「なんでリリーなんだ」
オルトの問いかけに、オーメン教官はリリーを見た。暗赤色の瞳が喜々としたさまで輝いている。
「あなたの両親がアルファード様と結んだ絆が、あなたにも受け継がれているからよ」
「リリーの両親って暗黒神の信者だったの!?」
目をみはるフォルマに、オルトが怒鳴り返した。
「そんなわけあるか! もしそうなら、こんな面倒臭いやり方なんかせずにさっさと差し出しているだろうがっ」
(お父さんとお母さんが……)
暗黒神とつながっていた?
「リリー!!」
視界がぐらりとする。くずおれそうになったリリーをセピアが抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから。リリーのお父さんとお母さんが自分から暗黒神を崇拝するなんて、絶対にないわ」
リリーは返事ができなかった。もう何を信じればいいのかわからない。
いつも落ち着いていて、いろんなことを丁寧に教えてくれる優しい父。
毎日笑顔を絶やさない、明るい母。
そんな二人が暗黒神と関わっていたなんて。
「ここにいる全員が助かる方法はただ一つ。リリーを捧げること」
オーメン教官が人差し指を立てる。告げられた唯一の手段に緊張が走る。逃げようとしていた教養学科生たちの視線がリリーに集まった。
「俺、は……」
うつむいたルテウスの、にぎったこぶしが震えている。
「リリーが憎いんでしょう? 嫌いなんでしょう?」
オーメン教官が歌うように皆を誘う。
「リリーがいなければ、あなたたちの苦しみは消えるわ」
じり、と一人が動いた。それが合図となったかのように、生徒たちがゆらゆらとリリーのほうへ歩きだす。ソールとオルトがリリーを背に隠し、前へ出た。
「馬鹿なことを考えるな。暗黒神が見逃すなんて、そんな生ぬるいまねをするはずがないだろうっ」
「そうよ、リリーがどうなっても、あなたたちが助かるかどうかなんてわからないわ」
オルトとセピアの説得にも、誰も足をとめない。つるに捕縛されているマイカの友達も、ぎらぎらしたまなざしをリリーに向けている。そしてマイカはぎゅっと目を閉じていた。
「止まって!」
迫りくる生徒たちの足元にフォルマが矢を放つ。足止めはしかし一瞬でしかなかった。
「あらあら、だめよ。武闘学科生と神法学科生は、自分の専攻で他の生徒を攻撃してはいけないのよ」
フォルマに続こうと杖を構えたレオンに、オーメン教官が注意する。
「くそっ……」
生徒たちの包囲がだんだんせばまってくる。彼らに剣先を向けながらも、武器を持たない相手に斬りかかるわけにはいかず、オルトは歯噛みした。
「さあ、リリー。こちらへいらっしゃい。あなたさえ身を捧げれば、あなたの仲間も他の生徒も助かるの。外で暴れている獣たちもおとなしくなるわ」
リリーは自分を守るオルトたちをぼんやり見回した。
(本当に……?)
自分がオーメン教官に従えば、みんなは助かるのか。
「リリー、あいつの言うことなんか聞くな。俺たちが絶対に守るから」
オルトの言葉も遠く聞こえる。
(無理だよ……)
だって、オルトたちは教養学科生に手出しできない。
(……もう、いい)
もう二度と、自分のために誰かが傷つくのを見たくない。
誰も救えなくて、嘆くことしかできないのは、嫌だ。
「リリー?」
セピアの抱擁をそっと押し返す。ふらりと、リリーは踏み出した。
自分さえ、消えてしまえば――
「ダメだ」
腕をぐっとつかまれる。ひきとめたのは、ルテウスだった。
「行くな、リリー」
顔を上げたルテウスは、黄色い瞳でまっすぐにリリーを見据えた。
「ああ、そうだよ。俺はここに来るたびに不満を吐き出してた。なんで俺に応じたんだって、大地の女神に文句も言った。キュグニー先生の娘なのに教養学科に入ったお前が、理解できなかった」
リリーの腕をつかむ力が強くなる。
「でも、俺はお前を犠牲にしたかったわけじゃない。花壇にあんなものが植えられていたなんて知らなかったんだ」
一度オーメン教官をにらみつけてから、ルテウスはリリーに叫んだ。
「お前がここで暗黒神の手に落ちたら、俺は一生後悔する。これ以上、俺をみじめにさせないでくれ!」
リリーは薄緑色の目を見開いた。ルテウスのさまざまな感情が流れ込んでくる。痛み、苦しみ、羨望、嫉妬――その先に、風があった。眼前で広がる青い法衣の後ろ姿。
ふり返る青銀の髪の神法士にすがりつく幼いルテウスの手が、自分のものと重なる。泣きじゃくる自分に応える静かで温かい声。
“――もう大丈夫だよ“
(お父さん……)
立ちつくすリリーの肩を誰かがたたいた。視線を投げたリリーに、フォルマはにやりと笑って教養学科生たちを見た。
「規律違反なんてクソ食らえよ。やられる前にやる。容赦はしないわ」
「えー。僕は規則は守るよ。でもほら、まだ制御がへたな一回生だから、何が起きても不思議はないよねえ」
レオンが鼻歌でも歌いそうな調子で杖の先をくるくる回し、オルトたちをかえりみた。
「それで、リリー追っかけ隊はどうするのー?」
「リリーを守るに決まってるでしょ。大事な幼馴染なんだから」
「絶対にあいつの好きにはさせない」
断言するセピアとオルトの隣で、「異論はない」とソールもうなずく。
「名称は否定しないんだ?」
レオンはくくっと笑った。
「リリーに危害を加える奴は遠慮なく叩き潰す」
オルトが片手に剣、片手をこぶしに変えて構える。フォルマがその横に並んだ。
「大けがした人だけは私が『治癒の法』をかけてあげるわ。加減ができないから、かなり痛いと思うけど」
セピアが杖を掲げる。ソールはつるの急襲に備え、リリーの護衛についた。
「さーて、この境界線を越えてくる勇気のある人はいるのかな?」
まずレオンが教養学科生とオルトたちの間に炎の柱を作り出す。眼前に立ちのぼる炎に教養学科生たちはひるんで後ずさり、互いを見合った。誰が最初に行くか、小声でもめている。
「さっさと行きなさいっ」
オーメン教官の叱責とともに、両側の窓からつるが突っ込んでくる。女生徒たちは悲鳴をあげて座り込み、男子生徒は追い立てられて炎の壁を飛び越えた。もはや他に方法はないとばかりに決死の容相で突撃する教養学科生たちを、オルトとフォルマが殴っては蹴り、蹴っては殴りとどんどんのしていく。途中壁を突き破ってきたつるはルテウスの『盾の法』がはじき、またソールがきっちり押し返した。
「どこまでも抵抗するつもりなのね」
オーメン教官は憎々しげに唇をゆがめると、杖を持っていないほうの手をすっと挙げた。
「きゃあああっ」
「痛いっ、やめてえっ!」
つるがマイカたちをさらにしめつけた。ギシギシという音がマイカたちの骨を砕きかけているように聞こえ、リリーは思わず一歩進んだ。
「出るな、リリー」
「でもっ」
止めるルテウスに言い返そうとしたリリーの目の前で、斜め前方から飛んできたつるがルテウスの防御壁に衝突する。『盾の法』の効果も徐々に薄れはじめている。
「リリーはあなたたちを見捨てるそうよ。かわいそうな子たち」
オーメン教官が嘲笑する。
「レオン、あのつるを燃やせるか?」
オルトの問いに、レオンが悔しそうにうなった。
「マイカのほうなら何とか……でも三人をまとめて縛っているほうは大きすぎて、一度では難しいかも」
リリーはポケットから青い袋を引っ張り出し、胸の前でぎゅっとにぎりしめた。
(怖い……でも……)
ソールが言っていた。リリーの母は、仲間であろうとなかろうと、助けるために一生懸命だった。危機に陥っても絶対に逃げなかったと。
(私……私は……)
そうありたい。
今、みんなが自分を守って戦っている。それならば、自分も――誰かの役に立ちたい。
一度唇を引き結んでから、リリーはだんだん顔色がなくなっていく三人をまっすぐに見た。
「私がやる。レオン、マイカをお願い」
「リリー!?」
オルトとセピアが目をみはる。ソールたちもリリーをふり返った。
「了解」
レオンが好戦的な笑みを口の端に浮かべ、マイカへと視線を移す。リリーとレオンは同時に唱えた。
「大気を司りし風の神カーフ。我は請う、我に仇なすものに疾風の爪牙を!!」
「光と熱を司りし炎の神レオニス。我は請う、我に仇なすものに灼熱の刃を!!」
リリーが指で右肩上がりの『Z』を、レオンが杖で三角形を宙に大きく描く。二つの紋章は同時に輝くと、それぞれの標的へ爪と刃を振るった。
レオンの放った炎がつるを焼き、マイカが床に落ちる。それよりさらに鋭く激しい大きな風が分厚いつるを粉々に切り裂き、三人を解放した。
あまりの破壊力に、オルトたちが呆然としたさまでかたまっている。七年ぶりに唱えたリリー本人も驚いて声が出ない中、ルテウスが特大のため息をついた。
「『嵐の法』まで使えるのかよ……ったく、勘弁してくれ」
そのとき、青白く輝く半透明の鳥が礼拝堂の扉をすり抜けて中に入ってきた。続けて扉が勢いよく開く。それぞれの武器を手に、セピアの両親とリリーの母が飛び込んできた。