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バレンタイン当て馬ステークス⁉

作者: 虎太郎


 2月14日。天気は快晴。馬場は昨日の大雨で稍重。


 成績優秀、運動神経抜群、美しい顔立ち、学校の王子様、若王子紀史。


 の親友、岸悠馬。質実剛健で武骨な男子高校生。柔道部のエース。


 学校の王子様である若王子より人気は劣るもの、悠馬にはガチ恋勢の女子生徒が多くいる。


 1番人気、2年3組、九重マリ。学年3代美女のひとりで女子柔道部のエース。顔立ちや髪形はボーイッシュだが、体つきは女性らしく、男女問わずファンが多い。悠馬とはエース同士気が合うらしく、よく話している姿を見かける。


 2番人気、2年2組、八束澪。園芸部所属の素朴な雰囲気の女子生徒で、一部の男子生徒から熱狂的な人気がある。悠馬とは幼馴染らしい。忘れたと言う教科書を悠馬に借りに来る。しかし、多分それは嘘。


 3番人気、3年4組、市井穂乃花。スタイル抜群の派手なギャル。特におっぱいが大きい。3か月前、彼女は若王子に告白し、振られた。その時泣いていた自分にハンカチをくれた悠馬に恋をしたと、周りに言いふらしている。あと、おっぱいが大きい。



 そして8番人気、2年1組、藍川三葉。成績も顔もスタイルも非凡。唯一誇れる点と言えば1年の時も同じクラスで、この2月悠馬の隣の席になったことくらいだ。欠かさず朝の挨拶と帰りのあいさつをしている。

 上位人気に対し、勝てる要素は圧倒的に少ない。


 しかし、私、藍川三葉はこの岸悠馬バレンタイン特別ステークスに賭けている。

 勝ちきれなくても、記憶に残る勝負を仕掛けるのだ。


×   ×   ×


 2月14日、朝。

 私の作戦は”大逃げ”。朝一番にチョコを手渡し「一番最初にチョコをあげた子」という称号を手に入れるのだ。それに”逃げ”は記憶に残りやすい。


 教室の自席で、入り口を睨みつける。


 廊下の奥から若王子の声と女子生徒の声が聞こえてくる。悠馬はいつも、幼馴染の若王子と登校している。

 来る!


「おはよう、岸くーー」

「あぁ、おはよう市井」


 教室に入ってきた悠馬の手には、かわいらしいラッピングのチョコレートがあった。


(で、出遅れた……)


 やはり、昇降口で待っておくべきだったか。しかし、悠馬と若王子が登校してくるタイミングはまちまちだ。それなら自席で待つのが確実と踏んだ。若王子の熱狂的なファンのおこぼれにあずかる可能性を失念していた。本命の可能性も捨て切れない。


(それなら次は、授業の間の10分間丸々使って、記憶に残るよう……)


×   ×   ×


 その後の休み時間も横槍が入り、悠馬に上手くチョコレートを渡すことは叶わなかった。

 だんだんと質量を増していく、悠馬の机にかかっている紙袋が忌々しかった。

 悠馬は甘いものが好きだ。告白はともかくチョコはどんどん受け取るだろう。


 最後のチャンスは帰る間際。


(これじゃ、何の記憶も残らないよ……)


 悠馬は部活やその後でもたくさんのチョコをもらうだろう。

 結局、馬群にもまれて沈んでいくのだ。


(……このタイミングなら、本命じゃなくて義理の方渡すか)


 三葉は本気のガトーショコラと、友達に配る義理のチョコレートクッキーを用意していた。


(もう、さらっと渡して、終わりにしよう)


 教師が何を言っていたか、聞いていなかったのでわからないが、終礼が終わった。

 三葉は急いで、教科書をリュックに詰め込み、帰宅の準備をしていた悠馬に話しかける。

 思いっきり笑みを作り、クッキーを押し付けた。

 

「岸君、これ良かったら貰ってくれる? い、いつもの感謝で」

「……ありがとう」

「じゃ、部活がんばってね」


 立ち去ろうとした三葉の手を悠馬がつかんだ。


「ふぇ?」

「これ、今食べていい?」

「い、いいけど、部活は?」

「今日休み。みんな、浮かれてて部活になんないって先生が」

「そうなんだ……」


 悠馬は「ここじゃ、アレだから」と空き教室に三葉を連れて行った。


(ドキドキしてきた。……え、てかなんで?)


 適当な椅子に腰かけた悠馬が、三葉の作ったクッキーをぼそぼそと食べはじめる。


「うまい」

「ありがとう」

「甘さ控えめなんだな」

「だって岸くん、甘いものは好きだけど、甘ったるいものは好きじゃないでしょ?」

「……うん」


 悠馬はあっという間に全てのクッキーを食べきった。

 三葉は気まずくなって、身じろぐ。すると、傍に置いていた手提げかばんが崩れた。

 ガサガサッと音を立て、中から本気ガトーショコラが顔を出す。


(やば!)


 三葉は急いでこぼれたものを回収する。悠馬も手伝おうとしてしゃがみんだが、本気ガトーショコラを発見し、ぴたっと動きを止めた。


「それ、誰にあげるの?」

「え、いや、じ、自分用で、間違って持ってきちゃった、的な?」

「……おいしそうだからさ、貰ってもいい?」

「え! う、うん」

「ありがとう」


 悠馬は雑にラッピングをはがし、ガトーショコラにかぶりつく。


(おっきい口。ヤバい。すごい。うれしい)


「うまい」


 悠馬はそう言うと、無言でもぐもぐガトーショコラを食べきった。三葉は無言でその唇を見つめる。

 

 三葉は、ちゃんと「ありがとう」と「うまい」と言ってくれる悠馬が好きだった。男らしい顔立ちも、筋肉質な体もタイプだった。

 好きが全部詰まった男が、自分の作ったガトーショコラを食べている。


「これ、本当は自分用じゃなくて本命だよな?」

「い、いや。自分用です」


 三葉の声は裏返った。声が明らかに嘘だと言っている。それに自分用にしては、綺麗にラッピングしてあったことは、悠馬も気づいているだろ。

 悠馬はジト目で三葉を眺めている。


「本命渡せなかったならさ、俺にちょうだいよ。……もう食べちゃったけど」

「うん? 食べてもらってよかったよ」

「……そうじゃなくて、今からでも本命にしてくれないかってことなんだけど」

「ん? それって」


 悠馬は普段通りの表情だった。しかし耳が真っ赤に染まっている。

 三葉をじっと見つめるその目には、真剣な熱が乗っている。


「うん。あ、あげます。本命」


(さ、差し切って、今、ゴール?)



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