第1章
昼下がり。
小猫族の少年カルニャは、黒髪を風になびかせ、青い瞳を太陽にきらめからせながら、自身の生まれ育つ小猫族の村ニャィ・リトカの中央通りを歩いていた。
中央通りは店屋が立ち並んでいる為、石畳でできた道は人々で賑わっている。
ニャィ・リトカは、村の入り口前の広場からまっすぐ中央通りを経て住宅地に繋がる。地形柄、高低差があるため坂道や階段が多く、奥の住宅地ほど高地となっており、村の各所から広場が見えた。
「よう、カルニャ」
ふと、窓辺にうずくまったのレッドタビーの猫が低い声で鳴いた。
「ダミュスさん!今日は獣姿なんですね。」
カルニャはさらりと返す。
獣人種は人間種と比べて、ヒト型に獣の耳や尾があるのが特徴だが、獣人種は獣姿になれるのも特徴のひとつだ。
「あぁ、今日みたいな日和のいい日は、獣姿でひと眠りするに……ってなァ?そういう話じゃねぇんだよ。今日、ミャンナの店に活きがいいのが入ったからよォ。顔出してやってくれや」
そう言いながらダミュスはジロリとカルニャを睨む……ように見えた。
しかし、かといってカルニャは特に動じない。この人…猫は強面なだけで、別に睨んだわけでないことをカルニャはよく知っていた。
「ちょうどよかった!帰りに夕飯の魚を買ってくるよう言われてるんだよ。でも、ミャンナの事が気になるなら一緒にお店やればいいのに……」
「チッ、うるせェ。あの店はもうミャンナに譲ったんだよ」
フンっとダミュスはそっぽを向く。
彼もまた、ミャンナという娘を心配する1匹の親猫なのであった。
カルニャはダミュスと別れた後、村入り口の広場にやって来た。
通称:大広場は、円状になっており、ちょうど外周に店屋や露店が立ち並び、真ん中が石畳の広場になっている。
カルニャは、屋根の幕が暗紅色と白のストライプの露店に声をかけた。
「こんにちは、ミャンナ」
屋台内で屈みながら作業をしていた少女の猫耳がピクリと反応する。すぐに作業中の手を止めて顔を上げた。
「カル! いらっしゃいませ! 」
そう元気よく挨拶する少女の表情に、満面の笑顔が咲き誇る。
ミャンナと呼ばれた少女は、カルニャの幼馴染。
栗毛にペリドットのような翠の瞳で、可憐な仕草や笑顔が愛らしく、温かく穏やかな性格もあって、"春"そのもののような少女であった。
「良い魚が入ったって聞いたよ。見せてもらってもいいかな? 」
「またパパね……。来てくれてありがとう! そっちの木桶の中よ」
ミャンナは、店横に配置された大きな木桶へカルニャを促す。
木桶は深さ1mはあり、10歳程の子供が入れそうな大きさをしている。中には、水が張られ、大小の魚が泳いでいた。
「うわぁ……本当に美味しそうだ!どれにしようかな…」
カルニャは後ろに手を組みながら、木桶を覗き込むとペロリと舌なめずりをした。
瞳はキラキラとして、もう頭の中は今夜の夕飯の事でいっぱいな様子である。
「やぁ。カル。ミャンナ」
不意に落ち着いた声が二人にかかった。
「エミュ! 」
カルニャが笑って振り向く。
現れたのは、カルニャを"カル"と愛称で呼び、また"エミュ"と愛称で呼ばれる少女だった。
少女は灰色の髪に金眼をしており、本名をエミュルフと言う。
カルニャと軽く挨拶をかわすと、エミュルフはミャンナに声をかけた。
「ミャンナ。こんにちは。香草はある? 」
「香草は無いわ。明日取りに行く予定だから」
ミャンナは、先程の春のようか雰囲気から打って変わり、エミュルフから視線を外して、ピシャリと氷のような声色で返した。
三人の間に冷たい空気が流れる。
そんな二人の様子を困り顔のカルニャが横目で見る。
口は挟まないものの、思うところがある様子だ。
実のところ、ミャンナの対応は冷たいものではあるが、ニャィ・リトカにおけるエミュルフへの対応としてはマシなものであった。
エミュルフは元来の"小猫族らしかぬさ"から、村中から迫害をされている。エミュルフを遠ざけ、言葉を交わさぬ者が圧倒的に多い。あるいは、言葉や暴力で彼女を傷つける者もいる。その中で、幼い頃から友好を築いているのがカルニャと、かろうじてコミュニケーションをとるミャンナだ。
ニャィ・リトカには朗らかな時間が流れているものの、閉鎖的で異質な者を嫌う面があることには変わりない。
また、エミュルフ自体が、昔に"村はずれに住み着いた流浪の老夫婦が連れて来た子供"という不明瞭な出自であることも、エミュルフが疎遠にされることを助長させていた。
そんなことを考えながら………エミュルフへの申し訳無さと、ミャンナの歩み寄ろうとする優しさに感謝し、カルニャは頭を悩ませている。