8.これが本当の、
昼食後、私は日課である修行をはじめた。
身を守るために五歳からはじめた剣術の修行は、ラモン様が紹介してくれた指南役の方とマンツーマンでやっている。
ただ、師匠はセレイユ王国の第二都市・ヘナルシアの領地に住む牧師様なので、月に数回しかお会いできない。しかも地元の教会の行事が重なって、次にお会いできるのは一ヶ月後になるらしく、私はそれまでひとりで修行する事になってしまった。
孤児院の屋根によじ登って、素振りをはじめる。
足場の悪いところで特訓するためと、高所に慣れるためだ。
身体強化の魔法もだいぶ板に付いてきて、大人の女性くらいの力なら出せるようになった。
もっともっと強くなって、聖騎士くらいの身体能力が欲しい。でないと魔族と戦うなんて無理だ。そのためには、基礎体力の向上が不可欠。
課題はまだまだたくさんなのだ。
「ひとりだと素振りするだけで終わっちゃうなぁ……」
汗を拭いて、屋根に大の字になる。
もちろん素振りも大事なのは分かってる。でも相手が居ないとモチベーションが上手く上がらない。
聖痕を使っての修行は、孤児院の子達では相手にならないし、教会の守衛さん相手だと、もし勝ってしまったら変な噂が立つかもしれない。
ふと、シスターが私を呼んでいるのが聞こえたので、東の庭を見た。
そして眩暈が襲う。
「やば、また下見ちゃった……」
これが一番の課題なのよね。
過去の転落事故のせいか、私は軽度の高所恐怖症だった。
特に下を見るとダメで、天翼で空は飛べても、下を見たら眩暈がして上手く飛べなくなってしまう。
そうだ。時間が空いたことだし今日は天翼の修行をしよう。
いっそ下なんか気にならなくなるくらいの高さまで飛んだら大丈夫かもしれないし。
私は早速、天翼を出して舞い上がった。
ずっと天上だけに注力し、一気に雲の上まで昇っていく。
「うわあ。きもちいい」
太陽が近い。空気がおいしい。
もし雲がベッドだったら、いくらでもお昼寝ができそう。
天翼が顕現している間は、人に私の姿は見えなくなるらしいので、見つかることもない。
人が働く時間に惰眠をむさぼれるなんて背徳――。
「これが本当の堕ちる聖女よね」
なんて呟いて、下界をみた。
セレイユ王国中央都市・セレイユ。
土地のど真ん中を占拠するのは、私たちが『教会』と言って親しんでいる『アレイザ大聖堂』。
そしてその北側に聳えるのが、この国のシンボルである『エマニエル城』だ。
童話「眠れる森の美女」に登場したユッセ城のように複雑な建築で、美しい庭園がいくつもある。
城の背後を守る北の高山『飛翔岳』と、西の森『緑の迷宮』。南の大通りは、第二都市・ヘルナシアへと続いている。
こんなにしっかりと国の全貌を見るのは、前世のゲームでマップ表示を見たとき以来だわ。
私、思ったより結構高く飛んだのね~。
鳥だってほら、あんなに小さくて――ちいさく……?
――え。
た、#た@%か&%いぃぃッ※⁉
ぐらぁ、と視界が歪む。
私の馬鹿! あんなに下を見ないって決めてたのに!
「きぃいいやぁぁああああああ~~~~‼」
気が動転した私は、思わず天翼を解除してしまい、それはもう見事に落ちていった。
これが本当の落ちる聖女……なんて言ってる場合か!
直滑降で真っ逆さまな私は、無我夢中で天翼を再顕現させた。
地面は目と鼻の先。
ショックで、久々に意識を失った。