7.「一途というのですよ、これは」
爽やかな風が教会の果樹園を通って、瑞々しい果実が落ちる。
それに目もくれず、私はサウロの手元に夢中だ。
なぜならば私の推しであるサウロが、私に魔術の教本を読んでくれているから。
「火と水の魔術がぶつかり合ったとき、それらの魔術はどうなるでしょう」
私は腕組みをする。
「う~ん。水の魔術が勝つんじゃない?」
「どうして?」
「だって火は水があれば消えるもの」
胸を張って答える私に、サウロが微笑む。
「そうとは限らないんじゃないかな」
「え、なぜ?」
「魔術師の力量によるから」
「そっか。じゃあ、火が勝つこともありえるのね」
「うん。でもきっと、すごく難しいけどね」
「どのくらい?」
「う~ん、たくさん?」
「ねえ、答えはなんて書いてあるのかしら」
聖女になって四年。
治癒魔法で果樹園の老木を活性化し、実った果物で冬を乗り越え、市場に卸したりして資金を増やすことに成功した。おかげで衣服を買えたり、孤児院の修繕ができた。
大司教ラモン様の根回しもあって、国からの援助も増え書物も手に入った。
七歳になった私とサウロは、読み書きが出来るようになった。
難しい単語や文字はまだ覚えられない私だったけど、サウロは日に日に語学力が上がっていき、いまでは教会にある難しい本まで読み始めている。
さすがは私の推し。まだ七歳なのにこの優秀さ。誰かに自慢したくて仕方ない。
「びいは、火、水、風、土だったら、どの魔術師になりたい?」
魔術師は貴重だ。魔力を持って生まれる人間は少ない。素質がある者ならば、十歳までにその兆候が出るそうだ。ひとりにつき一種類の力が基本らしい。
「う~ん」
私は聖女だ。神聖魔法をつかうので精霊魔術は使えない。だけど聖女であることはまだサウロにも秘密にしている。
「まだわからないけど、サウロはどの魔術が使いたいの?」
「僕は水か、風の魔術師になりたいな。いつか王立魔術研究所でみんなの役に立つ魔術を開発するんだ」
空を仰いで目を輝かせるサウロ。ああ。かわいい。
「サウロならきっとなれるわ。私、いっぱい応援する!」
「ありがとう」
サウロの笑顔が燦々と降り注ぐ喜び。夏の太陽にも勝る、私の太陽。
この笑顔を護るためならいくらでも聖女になってやるってモンよ。
「ここにいましたか、ビアンカ、サウロ」
シスター・エリーが果樹用の籠をもってやってきた。
手伝いますと、サウロが言って本を閉じる。私も立ち上がってさっき落ちたリンゴを拾った。
「ありがとうサウロ。ああ、ビアンカはラモン様がお呼びよ。すぐに教会に行って頂戴」
「は~い。サウロ、またあとでね」
「ぁ、びい」
「ン?」
何か忘れ物でもしたかしら?
「あ、いや、なんでもないよ。あとでね」
「うん……? うん」
サウロが微妙な表情で手を振るのがちょっと気になったけど、私はその場を後にした。
教会の正面玄関に行くと、ラモン様が鬱々とした表情で太陽を睨んでいるのが見えた。
「ラモン様、またお城に行くのですか?」
「ええ。こう何度も呼び出されるのは困りものです。――留守は頼みます。くれぐれも無茶な修行をしないように」
「はい。……あの、お仕事が上手くいっていないのですか」
「ええ。このところ貴族の力が増すばかりで臨時の議会を何度も開く始末です。私も国王もいい迷惑です……と、子どもはそのようなことを気にしなくて良いのですよ、ビアンカ」
「でも顔色が良くないです。ラモン様、しゃがんで下さい」
「何ですか?」
私はラモン様のほほに手を添えて、癒しの光を使った。
よし、目の下の隈がとれた。
「気休めですけど……」
「とんでもない。とても楽になりました」
「なら、これで貴族の横暴も止められますねっ」
「ビアンカは手厳しい」
「あら、大司教様だって」
「おや。心当たりがありませんが」
「シスターから聞きました。私を唆す輩がいないか、見張るよう言ったそうですね」
ラモン様の眉がピクリとする。
「ご心配なく、ラモン様。私は魔王を倒すこと以外には興味がありませんから」
「……それは、私たちの将来についても興味がないと言うことですか」
「はい。ですから、ラモン様もご自身の夢を見失わないで下さいね。まずは今日の国政臨時招集を乗り切って、聖職貴族代表としての意地を見せちゃって下さい!」
私は力こぶを作って見せた。
「貴女という子は本当に手厳しい。しかし私は諦めませんよ。あなたにその気がなくとも他者の気がなくなるわけでは、ありませんから」
むーん。そうきたか。もう何度もお断りしているのに、手強い。
「大司教様は頑固です」
「一途というのですよ、これは」
すごい告白。ラモン推しだったらイチコロね。
「いってらっしゃいませ、ラモン様」
私が口元に優しさだけを込めて言うと、ラモン様はどこか物憂げに笑んで、王宮へと向かって行った。